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黒崎浩二は嘘をつく -幼馴染を守るため、異常なる0組で異能力バトルな世界を生きる-  作者: 望月朔
≪第三章≫黒崎浩二の過去と未来(和解編)
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【12】持つべき者と持たざる者

「たしかに、お前と一緒にいて辛い時も、苦しい時もあったさ。それが原因で、喧嘩をしたこともあった。お前を、嫌いになった時もあった。けど、それ以上に俺は、お前と一緒にいて楽しかったし、嬉しいことの方がいっぱいあった。俺はお前から、たくさんの幸せをもらった。お前を――――好きになったんだ」


 その時、眼前で小さな変化が――見逃せない変化が起こる。

 彼の動かないはずの右腕が、わずかに、ほんのわずかにだが、持ちあげられていく。


「お前は自分に価値がないなんて言ったが、俺はそうは思わない。お前は傍にいるだけで、俺をこんなにも幸せな気持ちにしてくれるんだ。それだけで十分、代えがたい価値を持っていると思うよ」


「……慰めの言葉はいいよ」


「慰めなんかじゃねーよ。なによりの本心だ」


「だったらなおさら変ですよ!! だって私は和也さんを不幸にするのですよ!? 私さえいなければ、和也さんは今以上に幸せな人生を送れたのに、私のせいで……私のせいで……!!」


「もう一度言わないとわかんねーのか。俺の大好きな幼馴染を、悪く言ってんじゃねえってよ!!」


 小さな変化は、大きな変化に。

 右腕の動きは左腕、右足、左足にと全身に渡りゆき、彼の体がゆっくりと起き上がり始める。


「俺を不幸にする? ふざけんな! 勝手に人の気持ちを決めつけてんじゃねえ! 俺はお前と一緒にいて、不幸だと思ったことは一度もねえぞ!! 俺はお前といて楽しかった。いつだって、お前の傍にいるだけで、俺は幸せな気持ちでいられたんだ!」


「おい、待て……お前、どうやって……!!」


 止まらない。

 『狂言回し(イミテーション)』で確実に封じたはずの動きが――変化がなおも止まらない。


「それに、俺は俺だけが幸せになりたいって思うほど、薄情な人間でもないつもりだ。何よりも俺は、大好きなお前を――笹瀬幸という幼馴染を、幸せにしたい。俺はお前と一緒に、幸せになりたいんだ」


 まるで安定感のない動き。けれどもたしかに、彼は立ち上がる。

 動けないはずの体を動かして、彼は再び立ち上がる。


「知ってると思うが、俺はかなり粘着質で独占欲が高くて面倒な男だぜ。お前が何度いなくなろうと、絶対に見つけ出して取り戻しに行く。何があろうとも手放しはしない。だから諦めておとなしく、幸せになりやがれ!! 幸!!」


 そう叫ぶと同時に、藤堂は完全に立ち上がり、その鋭い眼差しは俺の目をしっかりと見据えていた。


「……ありえない。能力と行動は、確かに封じ……いや、違う」


 よくよく見ると、彼の体は少し浮いていた。

 空中浮遊。藤堂和也の資料を思い出し、一つの可能性に行きあたる。


 この男は一度だけ、『幻装フラクタルアッパー』によって能力を強化された経験があった。

 その時の能力は――自身に加速度を与える能力。


 加速度の増幅ではなく、0から加速度を生み出し与える。この力で自らの体に加速度を与えて持ちあげれば、あたかも自由に動いているかのように見せかけることも出来るだろう。

 しかし、


「まさかこの土壇場で、自力で能力を開花させたっていうのか……!?」


 『狂言回し(イミテーション)』の能力封じは、あくまでも暗示や催眠術の類に過ぎない。

 その瞬間に使える能力を使えないと思いこませているだけであり、その瞬間に存在しなかった能力は――自分すら知らなかった能力は、封じることが出来ない。


 理論的には能力を復活させることは可能である。

 しかし、こんな都合のいいタイミングで新しい能力に目覚めるなんて、そんなことがありえていいのか。


 しかし、現実として今、目の前でそれが起こっている。

 能力を自力で変化させた――進化させた男がいる。


 主人公。持つべきもの。

 天より授かった、成功者の運命力。


 気に入らなかった。気に食わなかった。

 まるでそれは、成功者はなるべくして成功していると、そう見せつけられているようで。

 失敗者はなるべくして失敗していると、そう思い知らされているようで。


「……お前は、どうして立ち上がるんだ。どうして立ち上がれるんだ! 状況はもう終わってる。お前の幸福論はただのエゴだ。押し付けがましい偽善でしかない。この先の救済なんて、誰も求めちゃいないだろうが!」


「かもしれねえな。けど、たとえそれが偽善だって、幸を幸せにしたいと思う気持ちは、偽りのない本心だ! 本当の幸せのために、求められていなくても、必要とされていなくても、俺は何度だって幸を助け出すんだよ!!」


「それがエゴだっつってんだろうが!!」


 自分でもおかしいと思うくらいに、怒りで度を失っていた。

 癇癪を起こした子供のように、自身の心が制御出来ない。依頼もなにも関係なく、純粋に一人の人間として――――一人の失敗者として、この男を潰してやりたくなった。


 藤堂が自身に加速度を与え、先ほどと同様にすさまじい速度で接近してくる。

 0から加速度を与えられている人間相手に、『瞳憬支配トレースキルサイト』は通用しない。だったら、別の手を使えばいいだけの話だ。


「『偽装トリックスター』!!」


 偽る能力は『落花流風エアロディレクション』。

 風上のような、長年の経験からなる精密な操作性は再現出来ないが、ただ風を起こすだけならば俺でも出来る。それはもう確認済みだ。


 突き進む藤堂を、吹き付ける風の能力で迎え撃つ。暴風に押されて失速する藤堂。

 このまま押しきれるかとも思ったが、藤堂は己の体に更なる加速度を与え、強引に押し勝とうとした。


 正々堂々と、正面から攻略しようとするその姿勢には感服させられる。

 が、そんな犬も食わない正義感など、この場において無用の産物――付け入る隙でしかなかった。


「……『再偽装リブート』」


 『落花流風エアロディレクション』を解除し、そして、能力を切り変える。

 『偽装トリックスター』は己を騙す――偽装するという性質上、同時に複数の能力を扱うことは出来ない。しかし、能力の維持時間内であれば、別の能力に切り変えることは出来た。


 唐突に風が止んだことで、藤堂は能力の制御を失い、自分の意思に関係なく体が進み始める。

 無防備になるその隙を突き、俺は迫りくる彼に向けて――――灼熱の炎を放出した。


「なっ――――!?」


 『火災旋風ブラッドブレイズ』炎を操る能力。至近距離で放つ、避けようのない熱量の暴力。

 体の自由を奪われた藤堂は後退する暇も与えられず、自ら炎の渦に飛び込んでいった。


「和也さん!!」


 隣で地面にへたり込んでいた笹瀬が叫ぶ。

 たとえ相手が主人公であろうと、炎に焼かれて死なない人間はいない。それがわかっているからこそ、彼女も絶望の悲鳴をあげたのだろう。


 殺してやった。潰してやった。

 理由のわからない高揚感に思わず雄叫びを上げそうになったところで――――ふと、何かが頬をかすめたような感触を覚えた。


「なんだ……?」


 かすめた部分に手を当てると、指先に赤々とした血が付着していた。


「血が出てる……? こんなところに、傷なんて……」


 切り傷。それも頬だけでなく、腕や額など、露出している部分に何カ所もついていて。

 おかしい。そう思いあたりを見回してみると、キラキラと煌めく何かが宙を待っていることに気付いた。

 『火災旋風ブラッドブレイズ』の炎ではない。どちらかといえばそう、これは、


「ガラスの、破片――――!?」


 そこまでを考えたところで、ようやく思考が現状に追いつく。

 慌てて天井を見上げると、そこには粉々に砕けた蛍光灯の残骸と――――背中をガラス片でずたずたに引き裂かれながら、天井を這うようにして迫る藤堂の姿があった。


 どうやって炎を避けた? 簡単な話である。

 『先陣切り(フロントランナー)』で加速度を上方向に与えた。後退が間に合わないと判断した藤堂は、天井に体を叩きつけることで炎を回避したのであった。


「くそっ……!!」


 背中に刺さるガラス片は、身を投げ打った先で蛍光灯を叩き割ったからであって。

 制服を突き破り、皮膚に到達するほどの強さで天井に身をぶつけたという証拠であって。


 痛い、なんて言葉で済まされるものではないだろう。

 あの状況で炎を回避するためには、相当な速度で上昇する必要があった。交通事故に匹敵するほどの衝撃が、全身を襲っていることだろう。


 おまけに蛍光灯の欠片が背中を抉り、打撲だけでなく切創まで負ってしまう始末。

 それでもなお、藤堂の目からは闘志が消えることはなく、上空から迫ってくる。


「うおおおおおおおお!!」


 藤堂が叫ぶ。喜怒哀楽を混ぜ合わせたような咆哮を上げて、天井から飛来してくる。

 炎の軌道修正は間に合わない。だが、風の壁を作るくらいならばまだ間に合う。


 一瞬でいい。ほんの少しでも動きを遅らせられれば、藤堂が俺をぶん殴るよりも先に、藤堂に触れることが出来る。

 『狂言回し(イミテーション)』を、叩き込んでやれる。


 そう考え、俺は再び『再偽装リブート』をし、『落花流風エアロディレクション』を発動させようとしたその時――――



 

 ――――見えない何かに足を取られ、体勢を崩してしまっていた。

 



「あっ…………」


 気付いた時にはもう遅かった。

 重心が後ろに傾き、背中から倒れ落ちていく体。

 そして、それを追撃するように迫る藤堂の拳。


 ――――負けた。この状況からではどうあがいても、勝敗をひっくり返すことは出来なかった。

 敗北を悟った俺の視界が、スローモーションとなって周りを映し出す。


 決死の表情で拳を振りかぶる藤堂。涙を流して戦いを見つめる笹瀬。

 そしてその奥――扉の向こう側から、風上が顔を覗かせていた。

 



「…………ああ、お前か」



 

 そこで全てを理解した次の瞬間、加速度の乗った重い拳に殴りつけられた俺は地面に叩き伏せられ、そのまま一寸の猶予も与えられずに、『死亡』したのであった。


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