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黒崎浩二は嘘をつく -幼馴染を守るため、異常なる0組で異能力バトルな世界を生きる-  作者: 望月朔
≪第三章≫黒崎浩二の過去と未来(和解編)
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【10】正しく生きられなかった者たち

   ***

  

 今回の誘拐依頼は、行動がいくつかの段階に分けられていた。


 第一段階は、ターゲットを捕らえて逃げ出すこと。その次の段階は、ターゲットと共に廃倉庫に身を隠すこと。

 そして、必ず追いかけてくるターゲットの友人を、廃倉庫にて迎撃することであった。


 『夜の先見(エリアルキャプチャー)』位置を認識する能力。

 女子三人組のうちの一人――七草亜美ななくさあみは、認識した人間と自分の位置関係を把握出来る能力者である。

 これにより、どれだけ巧妙に隠れたとしても、能力によって必ず発見されてしまうのだそうだ。


 だからこそ、あえてこの場所で待ち伏せることで、こちらに有利な条件下で戦えるようにする。

 籠城戦。単純ではあるが、それ故に、敵からしてみれば攻略の難しい、正面からの突破を強いられることになる。

 考え方自体は、転校生討伐戦の際にチーム『フラグメンツ』が――導夜がとった作戦と同じであった。


「それでは、私は広間にて準備をしてまいります。黒崎浩二さんは、ターゲットの見張りをお願いいたします」


「ああ、了解した」


「それと、私はこの目隠しの関係上、メールなどの文面を確認出来ません。ですので、何か用件がございましたら、電話にてお願いいたします」


 目隠し。てっきり周囲の景色ならば透かして見える程度の、サングラスのようなものだと勝手に思っていたのだが、どうも本当に見えていないらしい。

 出会った時から気になってはいたのだが、この機会に尋ねておくべきだろうか。


「……デリケートな問題なら答えなくてもいいんだが、その目隠しは取ることは出来ないのか?」


「いえ、怪我や失明などではございませんよ。これはあくまでも趣味の範疇ですので、取ること自体は可能ではありますが……なるべく取りたくはないものでして」


「……ちなみに、どうして?」


「目で直接見るには、この世界はあまりにも(けが)れすぎておりますので」


「……そうかい」


 世界が(けが)れている。その考え方自体はわからない話でもなかったが、そんな世界を見たくないからといって目を塞いでしまうというのは、いささか倒錯的な気がしなくもない。

 日常生活においても、かなりの不便を強いられることになるだろうし。


 理由なき異常。わかりやすい異常。

 そんな天秤を度外視した価値観こそ、-組たるゆえんなのかもしれないが。


 そして同時に気がつく。

 そんな常識を度外視した行動に出るほどに――(けが)れた世界が嫌いだからこそ、風上は清純な白百合に憧れたのだろう。


 暗闇の中で、一筋の光に希望を見いだした。

 それはきっと、俺が優華に抱いた感情と同じように。


 風上がこの場からいなくなったことで、部屋には俺と笹瀬だけが残される形になる。

 廃倉庫の奥に備えられた一室。いくつかの事務机やスチール製の書庫が放棄されているところから見るに、元々は事務室か何かであったと思われる部屋。

 廃倉庫の構造上、一カ所しかない入り口である広間――コンテナ室を通り抜けなければたどり着けない部屋であるこの事務室は、ターゲットを隠しておくにはもってこいの場所であった。


「……あなたが、今回の強襲者さんですか」


「なんだ、起きていたのか」


 いつからかはわからないが、笹瀬はすでに『死亡』から目を覚ましていたらしい。

 じゃらじゃらと、背中に回され、手錠につながれた両腕を動かし、寝ころんだ体を上体のみ起こしていた。


「こんな手錠まで用意して、今回の強襲者さんは本物なのですね」


「今回のって、まるで前回があったかのような言い方だな」


「前回どころじゃないですよ。前々回も、その前も――もう、数えるのも面倒になるくらいには、襲われていますから」


 風上の話が思い出される。

 能力を強化する能力。本人が使うことを拒んでいるが故に、強引な手段を使ってでも、能力を使わせようとする連中は多いということを。


「ですが、あなた達のような本物に襲われることは稀ですね。大概は本物ではない、普通の生徒さんが襲ってくるだけですから」


 襲われている当の本人は、それをまるで人事のように淡々と述べる。


「そんな面倒事の火種になるくらいなら、いっそのこと能力を使ってやればいいじゃねーか。それともなんだ、その能力にはなんらかのデメリットでもあるのか?」


「デメリットはありません。強いていうならば、私の身体に負担がかかるから、一日に一度の使用が限界なことくらいです。ですが、問題なのはそんなことじゃないのですよ。一度でも強化された能力を経験してしまえば、もう二度と、強化なしの能力では満足出来なくなってしまうから。強化されていない能力を、認められなくなるから」


「……次もまた強化してもらえばいいと、そうやって味を占めるってわけか」


「昔、一度だけそういうことがあったんです。その人の役に立てるならと思って、能力を強化してあげて、何度も何度も強化してあげて、その結果……」


「そいつは能力の強化なしでは、何も出来なくなっちまったと」


 それはさながら、薬物依存のような話。けれども、あり得ない話ではない。

 能力にそこまで執着していない人間や、強化されるまでもない強力な能力を持っている人間にはわからない、中途半端に力を得てしまったが故に起こる苦悩。


 依存性。強くなった自分に酔いしれ、強化された能力に依存してしまい、強化されていない状態を――ありのままの自分を、受け入れられなくなってしまうのだ。

 一時の全能感で満足出来るほど、人の心は強く出来ていないのだから。


「私はもう、本当に必要な時にしか、能力を使わないと決めたのです。本当に必要な人が、本当に必要としている時だけしか使わないと」


「……そうか。だが残念なことに、お前の心意気はわかったが、それを叶えてやれるほど、俺は人が良くないんでな」


「ええ、そうでしょうね……けど、もういいんです」


「なんだ、諦めたのか?」


「そうですね。諦めたというよりは、もう疲れてしまったのでしょう。誰かに守られることに――誰かに迷惑をかけてしまうことに」


「…………」


 本当に、どこまでも他人事のように――どこまでも無関係であるように、自分から自分を切り離して、彼女は平坦な声で言葉を紡ぐ。


「ねえ、強襲者さん。少しだけ、お話をしませんか? どうせこれが、私にとっての最後の日常となるのですから」


 最後の日常。笹瀬はこの状況を――この誘拐された現状を、日常であると言い切った。

 日常の延長線上でしかないと、言い切った。


 それがどれだけ異常なことかなど、欠片も自覚せぬままに。


「……構わねえよ。どのみち俺は、ここで待ってることが仕事だ」


 ストックホルン症候群とは違うだろう。それを例に挙げるなら、あまりにも時間が早すぎる。

 いうなれば単なる好奇心であろう。そしてそれは、俺も同じだった。


 聞きたくなった。なんとなく、興味を持った。

 この女の思想に、この女の抱える思いに。


「私は今まで、色々な人に守られて生きてきました。亜美さん。はずみさん。箒さん。そして――幼馴染の和也さん。私の人生は、一度してしまった失敗を二度としないために、誰かに守られながら生きていくだけのものでした」


 和也さん――藤堂和也。

 あの場にいた、唯一の男子生徒の名前で、笹瀬幸の幼馴染。


「特に和也さんは、私が小さい頃からずっと守ってくれていました。守ってもらって、守られるだけで、私は何も返すことが出来なくて。いつからでしょうね、私が和也さんに守られることに――――」


 ――――彼の傍にいることに、疲れを感じるようになったのは。


「和也さんはとてもいい人です。頭は少し悪いですが、運動も出来て、人当たりもよくて、私なんかにも優しくしてくれる。私が襲われたときは、いつだって助けてくれる。当たり前のように、私の傍にいてくれる」


「……幼馴染だから。昔からの縁だから。幼馴染でなかったら、きっと出会う事すらなかっただろうに」


「え…………?」


 唖然とした顔で俺を見つめる。

 その先は言わずともわかったから、無意識のうちに続く言葉を奪ってしまった。


「……先回りされてしまいましたね。ええ、その通りです。そして、いつしか私は彼に思いを寄せるようになり――そして同時に、彼の傍にいることに胸を痛めるようになりました」


 彼女は言葉を紡ぐ。

 この時ばかりは他人事のようにではなく、自分の事として――自分の過ちとして心情を語る。


「私を助けてくれる彼が好きでした。そう思うと同時に、好きになる資格なんてないと心が叫びました。彼にとっての私は、幼馴染であり、腐れ縁であり、そして――ただの重荷でしかない。私がいなければ、彼にも別の人生があった。私なんかに時間を割くことのない――それこそ、亜美さんやはずみさん、箒さんといったかわいい三人の方と過ごす、幸せな人生が。それを、私が壊してしまっている。現在進行形で、私は彼らに迷惑をかけている。一度それに気づいてしまったら、もう昔のようには戻れませんでした。私は、助けられているくせに感謝も言えないような、面倒な女に成り下がるだけでした」


 だからもう、やめることにした。

 誰かの傍にいることを。誰かに思いを寄せることを。


「私にとって和也さんの存在は、眩しすぎたんです。その眩しさを傍で見続けることに、私の目は疲れてしまったのでしょう。現に私はあなたにさらわれたこの現状を、心地よく思っているのですから。あなたにとっては不愉快な話かもしれませんが、なんとなく同族の臭いを感じるのです。あなたも私と同じ、人といることに疲れた目をしているような気が」


 同族の臭い。

 それは、雛壇学園副会長――雛並薗のような同一とは違う、どちらかといえば0組の連中に近い臭い。


 理由のある異常性。

 人として大切な何かが、決定的に欠けている。


 存在するだけで周りに迷惑をかける人間。何をせずとも周りを狂わせる人間。

 傍にいるものの眩しさに、無償の愛に、優しさに、疲れてしまった人間。


 共感しなかったと言えば嘘になるだろう。

 辿ってきた道は違えど、たどりついた結論はあまりに同一すぎて。


 一緒にいることに、疲れてしまった。彼の――彼女の人生に、自分という存在を関わらせたくなかった。

 だったらいっそのこと消えてしまうのが一番だと、そう思ってしまったのだ――――そう願ってしまったのだ。


「……日の当たらない暗闇は、さぞ心地がよいだろうな」


「ええ、本当に。薄暗い、少し湿ったこの空気が、今はこんなにも心地がよいです」


「けど、このままずっと薄暗い部屋に引きこもってることは出来ない。いつかは現実と――何もかもを捨て去った後の虚無と、向かい合わなくてはならない」


「それはあなたの経験談ですかね? ですが、その点に関しては、私とあなたは違います。あなたにはまだ未来があっても、私にはもう未来はない。ここから先の私の人生に、選択の自由などないのですから」


 そう言って、乾いた笑みを漏らす笹瀬。

 その表情は彼女の後腐れのない言葉とは裏腹に、後悔でいっぱいといった様子であった。


「……ねえ、強襲者さん。私は、どうするのが正解だったんですかね? どうやって生きるのが、正しかったのですかね?」


「それがわかれば、誰も苦労することなんてないだろうよ」


「そうですね。それがわからなかったから、私は失敗したのでした」


 正しい生き方。そんなものが都合のよいものがはたして存在するのか、それすらもわからない。

 けれども、たしかにわかっていることが一つだけある。


 俺達は、間違って生きてきたから、正しく生きられなかったから、こんな末路を辿っているのだ。


「…………ん?」


 単調な機械音が部屋の中で木霊する。俺のスマートフォンが、誰かからの着信を知らせていた。

 ポケットから取り出して、画面を確認する。表示されていたのは、この場にはいない-組の相談役――人知千里の名前であった。


「どうかしたのか?」


『目隠しさんより伝言です。ターゲットの友人が、廃倉庫に到達した模様ですね』


「……ああ。どうやら、始まったみたいだな」


 壁の向こう側から、何かが爆ぜたような音が聞こえてくる。

 それが敵の能力なのか、あるいは風上の能力なのかはわからない。が、そんなことはどうでもよかった。


 大事なのは、連中が到着したという事実。

 それから、


『それと、これは今入った情報なのですが、三人を囮にされ、一人に抜けられたとのことです』


「了解した。……わざわざお前を介さずとも、直接連絡してくれればいいのに」


『彼は番号を打ち込めませんからね。あらかじめ登録している決められた人間にしか、電話をかけられないのです』


「ああ、そりゃあそうか」


 目隠しをしていては、画面を見るも何もないわけで。

 やっぱり、日常生活に支障をきたしているではないか。


「――――強襲者さん、一つだけお願いがあります」


 通話を切り、スマートフォンをポケットにしまったところで、笹瀬が唇を青くしながら声をかけてくる。


「なんだ、言ってみろ」


「もしここに和也さんがきたら……ほんの少しだけでいいので、話をさせてもらえませんか……?」


「……それは、ここからの展開次第だな」


 バン! と、大きな物音と共に、扉が開け放たれる。

 ――――そして、

 



「笹瀬を……返してもらいにきたぞ……!!」



 

 額に流れる汗を拭い、息を荒くしながら抜け出した一人の男――藤堂和也はそう叫んだ。


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