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黒崎浩二は嘘をつく -幼馴染を守るため、異常なる0組で異能力バトルな世界を生きる-  作者: 望月朔
≪第三章≫黒崎浩二の過去と未来(和解編)
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【4】クラスマイナスの相談役

   ***

 

 翌日の放課後。

 昨日より一時限遅く訪れたその時間。綴と夢野の二人より、正式にアポイントメントが取れたことを伝えられた俺は、紹介された1年-2組の相談役――人知千里との面会に向かっていた。


 +組、-組、そして0組。

 それぞれの教室は異なる棟に設置されているが、各棟は渡り廊下でつながれているため、いちいち靴に履き替えて外に出る必要はなく、上履きのまま自由に行き来が出来る様になっている。


 しかし、関所がないからといって、必ずしも人の行き来が盛んになるかといえば、そういうわけでもなくて。

 むしろその逆、普通と異常と不適合を繋ぐ渡り廊下は、よほどのことがなければ利用されることのない――寄り付くことすら避けられる、一種の緩衝地帯と化していた。


 間違えて迷い込む余地のない、無意識のうちに生じた縄張り意識の発露。ルールとして明記されて居なくとも、暗黙の了解として誰も近寄ろうとしない。

 それ故に、この渡り廊下を利用して棟を跨ぐという行為そのものが、明確な要件を持って来訪しているという意思を示す手段となっていた。


 綴と夢野は、この渡り廊下を渡って0組を訪れた。

 そして俺もまた、この渡り廊下を渡って-組に向かう。


 日中の学校とは思えないくらいに静まり返った、不気味なほどに人の見えない緩衝地帯。

 誰かが通行人を監視しているわけでもないのに、何故だか大勢の人間から見つめられているような――見定められているような圧力を感じる空間であった。


 周囲に気を配りながら慎重に歩き、-組の集められた棟に足を踏み入れる。

 綴より事前に聞いていた情報によれば、人知が拠点としている相談室は四階にあるそうだ。渡り廊下はそれぞれの棟の二階で繋がっているから、ここから二つ階を上がる必要があった。


 ひとまずは階段を探そうと思い、棟の内部に侵入して探索を始め――ものの一分も経たぬ間に驚愕させられる。


 先日、雛壇学園を探索した際に抱いたものと同じ、本来あるべきものが存在しないことへの違和感。

 -組の棟には、人の気配をまるで感じられなかった。


 ――教室のある階が異なるから?

  いや、だとしても、せめて声とか、物音とか、人が活動している証くらいは感じ取れそうなものなのに、それすらも見つからない。


 -組というクラスの存在そのものを疑ってしまいたくなるほどに、生活感のまるでない空間であった。


「……-組ってのは、生徒が誰もいないクラスなのか?」


 


「いいえ、ちゃんと生徒は在籍していますよ。少なくとも、0組の生徒数よりは多いです」



 

 何気なくつぶやいた独り言に、返ってくるはずのない答えが柱の影から飛んでくる。

 歩み寄り、柱の向こう側を覗き込むと、小柄な一人の女子生徒が物珍しそうな目で俺を観察していた。


 知らない少女。

 しかし、彼女の名前だけはなんとなく予想がついた。


「お前が、人知千里か?」


「ご名答。1年-2組学級委員長にして符号学園の影の相談役、人知千里とは我々《わたし》のことですね」


 そう言って相談役は感情のない眼のまま口角を引き上げ、人のよさそうな笑みを作ってみせた。

 



   ***



 

 1年0組の学級委員長である篠森が利用している姿を目にしたことがなかったため存在を知らなかったが、なんでも、各学年の+組、-組、0組にはそれぞれ、生徒会室ならぬ学級委員長というものが用意されているらしい。

 彼女――人知千里が相談室として利用しているのもその一つ、1年-組に用意された学級委員長室であった。


「我々《わたし》以外に学級委員長はあと二人いるのですが、二人ともここには来ませんので。実質的に我々《わたし》の部屋ということになってますね」


 自分の部屋。

 初め、それはあくまでも比喩的な表現であると思っていたが、彼女に案内され、実際に学級委員長室の内装を目の当たりにした所で、それが決してたとえ話ではなかったことを知る。


 部屋の隅に寄せられたシングルベッド、多機能な学習用の机にキャスター付きのワークチェア。隣には、小難しそうな学術書からライトノベルまでが雑多に並べられた、幅の広い本棚が置かれていて。

 反対側の壁を見ると、そこには冷蔵庫や電子レンジなど必要最低限の生活家電があって、流石にガスコンロなどの火を使うものは存在しなかったが、かわりにIHのような調理器具はきちんと備えられていた。


「……お前、ここに住んでるのか?」


「ええ、まあ。毎日遅くまで寝ていても遅刻せずに済むので、結構楽ちんなんですよ」


 そりゃあ学校に住んでいるのだから、遅刻なんてするわけもないだろう。


「なんでまた、そんなことを……」


「そりゃあもちろん、楽をしたいからですよ」


「…………そう」


 それ以外に理由がありますかと言わんばかりに、目を丸くさせて唇をすぼめる人知。


 これは道中に会話を交わしてわかったことだが、彼女は瞳には一切の感情を宿らせないまま表情豊かに話すという、珍しいタイプの少女であった。

 一ノ瀬姉妹の性格を足して二で割らなかったみたいな感じだろうか?


「学校に住むなんて、そんなのありなのか?」


「ありですよ。ちゃんと、生徒会の許可も得てますから。それに知りません? うちの生徒会長も我々《わたし》と同じように、学校で寝泊まりしているのですよ?」


 知らなかった。

 まあ、生徒会長と関わる機会すらなかったのだから、ある意味当然のことではあったが。


「それもなんだ、楽だからとかそういう理由なのか?」


「いえ、あの方はちゃんとセキュリティ上の問題とか、正当な理由の下で泊まり込みをしているようです」


 宿直が必要なレベルってどんな機密情報を扱っているのかと、その辺りの事情について詳しく知りたくなったが、これ以上の深い話は今度篠森にでもしてもらうことにしよう。

 今日の本題はそこじゃない。世間話をするために、こんな辺境の地を訪ねたわけではないのだ。


「どうぞ、お座りください。今、お茶を用意しますね」


 彼女の私室と化した教室。

 しかし、相談役としての仕事場――相談室としての機能はかろうじて残されていた。


 ファミレスで見かけるような一本足の机を挟み、向かい合う俺と人知。

 彼女が用意してくれたお茶は、百均で買えそうな安物の湯呑みに注がれた緑茶であった。


 『ホーム』で紅茶を出されることに慣れてしまっていたからか、なんとなく渋いチョイスだなと思った。


「そういえば、あなたはプラスの男子の紹介で我々《わたし》の相談室に辿り着いたのでしたね」


「プラスの男子……ああ、綴のことか」


「おそらくその人です。名前を覚えるのは、あまり得意ではないものでして……適当に、記号化して覚えさせてもらってます」


「へえ……」


 まあ、わからなくもない話ではある。

 俺も、今でこそ人の名前を覚えられるようになったが、昔は何度教えられようともまるで覚えられなかったからな。


「しかし、事前に少し情報を貰ってはいましたが……彼の言っていた通り、いい感じに目が死んでいる男の子ですね。我々《わたし》好みの汚濁感です」


「余計なお世話だ。つーか、お前にだけは言われたくねーよ」


 瞳に光を宿さないまま表情を変えられると、こっちもどう対応していいのかわからなくなる。


 というか、どんな数奇な運命をたどれば、綴がこんな-組の女子と知り合うなんて結果に至るのだろうか。

 昨日、この面会を提案されたときから疑問に思っていたことだったので、ことのついでに問いかけてみることにした。


「人知は、綴とはどこで出会ったんだ?」


「千里でいいですよ。我々《わたし》を知る人には、そう呼んでもらうようにしていますので」


 千里。そういえば綴も、この女子のことを下の名前にさん付けで呼んでいた。


「それじゃあ……千里は綴とどこで知り合ったんだ?」


「どこでと聞かれれば、符号学園中等部ですね。知り合った原因――経緯についてを聞いているのならば、守秘義務につき回答を控えさせてもらいます」


「それはつまり、俺と同じように相談者として知りあったってわけか」


「おおよそその通りですよ。というよりも、プラスとマイナスが知りあう理由なんて、それ以外にないですから」


 +組と-組。

 そして、その枠を外れた0組。


 高等部から入学した俺は、符号学園特有のクラス制度の本質を詳しくは知らない。

 入学時は、ただ漠然と0組がやべー奴らの集まりだってことくらいしか知らなくて、一ヶ月が経った今も、依頼制度を通してようやく0組の役割を知り始めたくらいである。


「本質なんて、そんな大層なものはありませんよ。ただ単純に、社会に適合しているか、適合していないか、そのどちらでもないか。その程度の差で選別されているってだけです」


「そのどちらでもないっていうのは、0組のことか」


「That’s right. あなた達0組は、我々-組から見てもやはり特別で――異常ですから。適合とかそれ以前に、社会という普遍的な尺度で測れるような存在ではないというのが、0組の評価です」


 相対的な尺度で推し量れない存在。

 それこそ、行き過ぎた大層な評価だと思わなくもなったが、それが外側から見た生徒達からの、客観的な0組の評価なのだろう。


 しかし、


「それは0組だけじゃなくて、お前達-組も同じなんじゃないのか?」


 あえて同族に扱うならば、0組も-組も同じ社会不適合者であって。

 +組との隔たりはもちろんあるとしても、0組と-組との間に大きな隔たりがあるようには思えなかった。


 けれども千里は――――


「いいえ、大違いです。大いに異なります。我々はあなた達のように、高尚でもなければ孤高でもありませんから」


 俺の意見を、真正面から切り捨てる。


「先ほどの泊まりの話。もしかしたら-組には、我々《わたし》以外にも符号学園に住み込んでいる人はいるかもしれません。ですが、半数の生徒は普通に帰宅しますし、残り半数の生徒は――そもそも、学校にすら来やしないのです」


「……それは、不登校って意味でとらえていいのか」


「まあ、そんなところです。-組には、登校義務がないのですよ。そのかわり、通信制の授業を受ける必要はありますが」


 聞いたことがあるかもしれない。

 学校に通うのではなく、自宅で授業を受ける。-組では、そういった特別な授業形態を選択することが出来ると。


 そう言われると、-棟の廊下が静まり返っていたことにも理由が付く。

 生徒の数が少なければ、それだけ生活感が薄れるのは当たり前であった。


「特殊なクラス編成の存在を知る外部の学園からは、0組は-組に強くて、-組は+組に強くて、+組は0組に強いだなんて、そんな三つ巴みたいな言い方をされることはありますね。ですが、実際は三つ巴どころか、始めから勝負にすらなっていないのですよ。だって、一番強いのは普通に適合出来る人達で、一番弱いのは普通に適合出来ない人達。そんなことはわかりきった事実でしょう?」


 普通で平凡な+。異常で異形な0。負荷で絶望な-。

 順列など、初めから決まっているのだと。


「すなわち、-組とはそういった場所なのです。学校に行けるのに、学校に行かない。学校に来ないのではなく、学校に来たくない人達の集まり。社会不適合者。あなた達0組のように、異常だから故に適合出来なかったのではなくて、ただ普通に、なんの理由もなく、社会に適合出来なかった人達。それが-組なのですよ」


 あるいは、誘拐事件が存在しなかった場合の俺。人を殺さなかった場合の俺。

 人を殺したが故に、社会に適合出来なくなってしまったのではなくて、元々社会に適合出来なかった性格が、人を殺したことで顕在化しただけであったから。


 そういう意味では、俺は最も彼女らに近いようでいて、最も彼女らから遠い存在であった。

 俺の普通には――異常には、理由があったから。


「-組に物語なんてありません。語る悩みを持てるのは、社会に適合して――社会を適合させて生きるあなた達、+組と0組の特権なのです。だから我々《わたし》に出来ることは、そんなあなた達のぜいたくな悩みを聞くことくらい。悩まない-組がゆえに、我々《わたし》は他人の悩みを蒐集しているのです」


 悩みの蒐集家。だからこその相談役。

 足りないものを――欠けている不適合性を埋め合わせるように、彼女は会話を蒐集する。


 彼女の話から、俺はほんの一部ではあるが、-組という存在を知ることが出来た。


「……少し、話がそれてしまいましたね。ですが、今の雑談で多少は緊張もほぐれたでしょうかね?」


「……ああ、そうだな。話しやすい気分にはなったよ」


「それはなによりですね」


 身の上話――とは少し違うけど、こうして意味のあるようでない会話を交わすことで、本題に入りやすい雰囲気を作り出す。

 なるほど、相談役を自称するだけのことはあると、心の中で少しだけ感嘆させられた。


「さて、それでは相談役の仕事を始めるといたしましょう。改めまして、ようこそ我々《わたし》の相談室へ。あなたの悩み、我々《わたし》に集めさせてくださいな」


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