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黒崎浩二は嘘をつく -幼馴染を守るため、異常なる0組で異能力バトルな世界を生きる-  作者: 望月朔
≪第三章≫黒崎浩二の過去と未来(和解編)
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【3】何も知らないなりに

   ***

 

 俺が+3組に属していたのは、長く見積もっても一ヶ月程度の期間であった。

 そしてその間、俺に出来た友人らしい友人といえば、入学初日に話かけてきてくれた綴と夢野の二人だけであった。


 環境を一新させたことにより、嫌われ者や殺人鬼のレッテルは剥がれていたが、人付き合いが悪かったことがいじめの発端となったことからもわかる通り、俺という人間は根本的に人と関わることが苦手だ。

 そして、そんな人間嫌いな性格が転校初日の大立ち回りと合わさり、俺は入学二日目にして新たに、なんとなく距離を置いておきたい危険人物という属性が付与されたのであった。


 そんな知り合い程度に止めておきたいと評価される人間に対して、最後まで――0組に編入してもなお、友達を名乗ってくれる優しい二人は今、爆発寸前のピリピリとした緊張感を纏わせ、深刻な面持ちで俺の前に座っている。


 向かい合う場所は、『ホーム』からそう離れていない中庭の一角。

 どうやら二人はわざわざ部活を抜け出してまで、俺に会いに来てくれたらしい。それは普段の制服ではない、赤い縫い目の入った体操服を着ていることから窺うことが出来た。


「……久しぶりだね、浩二くん」


 会話の口火を切ったのは、綴の方だった。


「ああ、一週間ぶりか?」


「そうだね。浩二くん、いつの間に0組に行っちゃったから。どうせなら、教えてくれればよかったのに」


「悪かったな。編入自体が急なことだったんで、ごたごたしてたんだよ」


「……それは、優華ちゃんにも言えないくらい?」


 今の今まで黙っていた夢野が、話に割りこんでくる。

 彼女の口調にいつもの陽気さはまるでなく、その声色は一言でわかるほどに苛立っていた。


 普段なら夢野の方から話し始めるのに、今日は綴から話し始めた。

 多分、意図的に抑え込まれていたのだろう。そしてそれが今、臨界点を超えた。


「いや、優華には先に伝えておいたよ」


「じゃあなんで、優華ちゃんは0組に行かなかったの」


「あいつは、お前ら+3組の友達と一緒にいることを選んだみたいだな。ああ、だからといって、0組の奴らと友達じゃなくなったってわけじゃ――――」


「そうじゃないでしょ」


 とぼけた言い回しが気に障ったのか、続く言葉を強引に遮って夢野は叫ぶ。


「わかってるでしょ、そういうことが聞きたいんじゃないのよ。どうして優華ちゃんは、黒崎くんと同じクラスにならなかったのかって聞いてるの」


「……別に、幼馴染が一緒のクラスである必要はないだろ」


「それ、優華ちゃんにも同じことを言ったんじゃないでしょうね……!」


「…………」


 何も言えない。何を言えばいいのかがわからない。

 返す言葉が見つからずに黙っていると、夢野は俺の答えを待たずにどんどんと言葉を続ける。


「優華ちゃん、最近ちょっと笑顔が減ったのよ」


 無言。


「私たちの前では、笑顔を絶やさないようにしてくれてる。けどね……時々、何かを思い出したかのように、すごく寂しそうな顔をするの」


 無言。


「なにかあったの? って聞いても、なんでもないよって気をつかってくれる。いつもみたいに笑って、楽しそうにお話しして、元気いっぱいの優華ちゃんを見せてくれる」


 無言。


「でもそれは本当に、表面上だけの話。心の内側はボロボロになって、それでも気丈に振る舞おうとするから……あんな優華ちゃん、見てられないから……!」


 無言。


「このままじゃ、優華ちゃんが壊れちゃう。我慢して我慢して我慢して我慢して、でもいつかは我慢できなくなって、壊れちゃって……それなのに、それなのに!!」


 ここまで言っても何も言い返そうとしない俺の不甲斐なさに限界を感じてか、逆上した夢野が目を見開きながら立ち上がり、両腕で俺に掴みかかってくる。


「黒崎くんはどうして……どうしてそんなに冷静でいられるの!? 優華ちゃんは黒崎くんにとって大切な存在じゃなかったの!? 悪い連中の間に入って、体を張って守ってあげるくらい、大事な人じゃなかったの!? 黒崎くんは…………優華ちゃんのこと、なんとも思ってなかったっていうの!?」


「やめろ、栞!」


 頭に血を上らせた夢野の肩を掴み、無理矢理引き剥がして制止する綴。


「言い過ぎだ。今のはただの暴言でしかない」


 その言葉に彼女は、はっと表情を青ざめさせる。

 それからばつが悪そうに目を俯かせながら、「ごめんなさい……」と謝って席に戻る。


 夢野栞は怒れない。どれだけ俺の煮え切らない態度に憤っても、彼女は絶対に怒れない。

 だって、彼女はわかっているから。自分が二人のことを――俺と優華の関係性を、何も知らないと。何も知らない人間が、知ったような口をきいてはならない話であることを。


 この様子だと、きっと優華の方もまた、何も言っていないのだろう。


 優華は口を閉ざし、俺もまた黙秘を貫く。だから彼女は怒れない。

 彼女は賢くて、優しい人間だから。無責任に罪を押し付けて、責任を問いただすことなど出来ない。


 何も教えようとしないのは――狡い人間なのは、俺の方だというのに。


「……謝らなくていい。全部、お前の言う通りだよ。俺はきっと……あいつのことなんて、なんとも思っていなかったんだ」


 何かを思うには、感情が積み重なりすぎていた。

 純粋なままでいるには、二人を縛りつけるものが、貶めるものが、あまりにも重くなりすぎていた。


 だから、俺達の間には何もなかったのだ。


 距離を置いて、存在を消して、何もなかったことにした。

 それが一番、彼女の幸せのためだと思ったから。


「……そんなことはない。少なくとも、僕から見た浩二くんは、いつだって優華ちゃんのことを大切にしていたよ」


「……そうか」


 俺の行いに耐えきれなくなった夢野とは対照的に、綴はどこまでも冷静さを保っていた。

 きっとそれが、今日の彼の役割だったのだろう。


 冷静に、怒りを殺して、俺と対話をする。

 普通と異常の境界に踏み込んでまで、俺に何かを伝えるために。


「浩二くん。今日、僕たちが君を訪ねたのは、一つだけお願いしたいことがあるからなんだ」


「……お願い?」


 よもやこいつらの口から優華と仲直りしてほしいだなんて、そんなありきたりで理不尽なたわごとが告げられるわけではあるまい。

 案の定、綴の持ちだしたお願いの内容は、そんなわかりやすいものではなかった。


千里ちさとさんに会ってほしいんだ」


「千里さん? 誰だそいつ?」


人知千里ひとしりちさとさん。僕の知り合いの女の子なんだけど……えっと、その人は1年-2組の生徒で、相談役って呼ばれている人なんだ」


「……それ、本気で言ってるのか?」


 相談役。

 肩書きからなんとなく綴の目的は読めたが、俺が驚いたのはその点について出はなかった。


 -組。0組と同様、符号学園特有のクラス編成によって生み出された産物。

 ある意味では、異常なる0組よりも社会に不適合な連中の集合体である。


 そんな-組の一人と、無害そうな綴が知り合いであること。そして、そんな連中を俺に紹介しようとしていること。

 その二つに、驚きを隠すことが出来なかった。


「-組の生徒だなんて、どこで知り合ったんだ」


「中等部の頃に、ちょっと色々あってね。本当に、知り合いってくらいの関係だけど」


 中等部。俺がまだこの都市に来る前の話か。


「へえ……それで、なんでわざわざ-組の人間を、俺に紹介しようとするんだ?」


「……僕達に出来ることは、それくらいしかないと思ったからだよ」


 綴は視線を地面に落として、寂しそうに呟いた。


「きっと僕達では、二人のことを知ることが出来ない。たとえ知ることが出来たとしても、きっと何もしてあげられない。だって僕達は、特別じゃないから――何も出来ない、無力な凡人でしかないから」


 特別じゃないから。


 俺は自分のことを、特別だと思ったことなど一度もない。

 何も出来ない、何の価値もない、平均以下の人間。


 けれども、二人には俺の姿が特別に見える。

 それはきっと、俺が普通にも平均にもなれない――――異常な人間だからなのだろう。


「けど、あの人なら――-組のあの人なら、僕達に出来ない事をやってくれるかもしれない。浩二くんの助けになってくれるかもしれないって、そう思ったんだ」


 異常なる人間を、理解出来ないと判断した。それでも、何か出来ることはないかと模索した。

 その結果が、このお願い事なのだ。


「僕達は、浩二くんと葉月さんに仲直りしてほしいとは言わない。そりゃあもちろん、そうなってくれたら嬉しいけど……そんな無責任なことは言えないから。けど、もしもほんの少しでも、浩二くんに迷いが……心残りがあるのだとしたら、あの人に会ってほしい。会って、話をしてみてほしい。それが僕達からの……浩二くんの友達だった二人からの、最後のお願いなんだ」


 綴が不安そうに俺を見る。

 夢野が悲しそうに俺を見る。


 符号学園で初めて出来た友達。+組の唯一の友達。

 そして、友達だった二人。


 何も言わずに、自分の都合でいなくなった、身勝手でどうしようもない俺を、それでも心配してくれる二人。

 こんな有様になって、初めて気付くことが出来た。


 0組のみんな。そして、綴と夢野――二人の大切な友達。

 こんなにも多くの人達に仲間だと言ってもらえたのは、生まれて初めてのことだった。


「……わかった。会いに行くよ」


「本当に……!?」


「友達からの頼みなんて言われたら、聞かないわけにはいかないだろ?」


 口にしてからきまりが悪くなり、俺は席を立って二人から目線を外した。


「それで、今から会いに行けばいいのか?」


「いや……会いに行くのは明日がいいかな。千里さんに、答えを伝えに行かなくちゃいけないから」


「ああ、わかったよ」


「ありがとう……それじゃあ、僕達はもう行くね」


 人知千里に報告し、それから抜け出している部活に戻る。

 後の予定が詰まっているからか、あるいは俺に気をつかってか。


「……俺はお前達を、今でも友達だと思ってるよ」


 頼みごとを終え、この場を立ち去ろうとする二人の背中に、届かないくらいの小さな声で、俺は思いを呟く。


「……またいつか、みんなで遊びに行きましょ」


 その言葉が聞こえてか、それとも最初から別れの言葉として決めていたのか。

 背中越しに告げられた栞の言葉は、脳裏に染みついて消えてくれそうになかった。

 



   ***


 


「……ありがとう、綴」


 中庭を離れる途中で、栞が僕にそんなことを呟いた。


「どういたしまして。栞がお礼を言うだなんて、珍しいこともあるものだね」


「なによ、ちょっとは本気で感謝してたのに」


 栞が頬を膨らませて、僕の脇腹を強めに小突く。


「あっはは、冗談だよ。僕の方こそ……言いたいことを言ってくれてありがとう、栞」


「それを褒められても、気恥ずかしいだけよ。最後まで、絶対に怒らないようにしようって、そう決めてたのに……」


「……やっぱり、本心は隠しきれるものじゃないね」


 本心。本望。

 本音を言うならば、僕は二人に仲直りをしてもらいたかった。


 二人の間に、何があったのかはわからない。

 些細な喧嘩から事がこじれたのかもしれないし、十五年もの長い年月の間で積み重なった何かが爆発したのかもしれない。

 一筋縄ではいかない以上かもしれないし、一度顔を合わせてしまえば解決する単純な話かもしれない。


 ただ、それが何であれども、たとえどんな辛く苦しい何かを抱えているのだとしても、それでも彼らは一緒にいた方がいいと思ったから。

 感情論で、押し付けで、勝手な我が儘だけど、僕は二人が一緒に笑い合っている姿をもう一度見たいと願ったから。


 だから、僕達は動くことにした。

 何も知らないなりに、何も出来ないなりに。


「……ねえ、綴。私ね、今だけは自分が凡人でしかない事を、悔しく思うわ。自分の生き方に後悔したことはないけど、それでも今だけは思っちゃうの。あの人みたいに……篠森さんみたいな人であれたら、私も、二人の気持ちを理解出来たんじゃないかって」


「……そうだね」


 篠森さん。篠森眠姫さん。

 今の浩二くんのクラスメイトで、僕達を彼のところまで案内してくれた、1年0組の学級委員長。


 あの人との接点は、0組の人達が根城にしているというビルまでの移動中、ほんの少し会話を交わしただけだったけど。

 それだけで――たった少しの会話だけで、あの人が僕達とはまるで違う次元に住んでいることを痛感させられた。


 葉月さんの現状、黒崎くんの現状。そして、僕達がやろうとしていること。

 それらを聞いてあの人は、ただ一言、僕達にこう告げたんだ。

 

 ――――ありがとうございます。あとは、(わたくし)達にお任せください。

 

 自分達の手で、なんとかしてみせる。

 それはある種の傲慢な一言であり、しかしてそんな風に自信をもって断言することなんて、凡人でしかない僕達には絶対に出来ない事で。


 僕達はただ頭を下げて、篠森さんにお願いすることしか出来なかった。


 確固たる意志を持ち、揺らぐことのない芯を胸に抱える。

 それがあの人達の世界で、あの人達の価値観で。


 僕達は今日、異常なる0組の片鱗に触れた。

 毅然とした、超然とした雰囲気を、篠森さんから感じ取った。


 そしてそれは、今日の浩二くんからも同じように。


「…………浩二くん」


 彼は何も変わっていない。これまでの彼も、今日の彼も、同じ黒崎浩二という友人の一面性でしかない。

 頭ではそう理解しているはずなのに、心は彼の特別さを許容しきれていなくて。


 一週間前まで楽しく話していたはずの友人が、今はすごく遠い存在のように思えた。


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