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黒崎浩二は嘘をつく -幼馴染を守るため、異常なる0組で異能力バトルな世界を生きる-  作者: 望月朔
≪第三章≫黒崎浩二の過去と未来(和解編)
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【2】会えないことと会わないこと

   ***

 

 俺の0組編入を祝う歓迎会は、日を跨ぐぎりぎりの時間まで続いた。

 初めのうちは一ノ瀬姉妹の働くカフェ『アーミテージ』でのんびり話をしていたはずなのに、主に界斗と導夜、それから白百合の三人のトーク内容が下ネタ方面に偏り始めたあたりで、会の流れがおかしくなった。


「ごめんね……この三人が集まったら、最後にはいつもこうなっちゃうんだよね……」


 と、半ば諦めきった調子で霜月が囁きかけてくる。

 そして、そんな彼女の念慮など知らぬ三人はやがて、ここでは騒げないからということでカフェを後にし、俺達はこの姦しいトリオに引き摺られ、夜の街へと繰り出した。


 界斗の行きつけだというゲーセンに入って、学生らしくわーきゃーとはしゃぎまくって。

 意外と霜月がこういったゲームが得意なことがわかって。案の定、界斗と白百合はゲームが下手くそで。


 途中からやってきた篠森と繰主の二人に馬鹿三人組があらゆるゲームで勝負を挑んで、ことごとく打ちのめされていて。

 かたき討ちは任せた! と、強引にゲームに参加させられて、これまた篠森にボコボコにされて。


「チェスの時もそうでしたが、黒崎さんはあまりゲームの類は強くないのですわね。ふふ、お可愛らしいこと」


 なんて、わかりやすい挑発に乗って、再挑戦しては叩きのめされて。


 バイトの終わった一ノ瀬姉妹と合流した後は、みんなでファミレスに行って夕食を食べて。

 そして、そのままの流れで何故か、一度拒んだはずのカラオケに行くことになってしまって。


 俺の聞くに堪えないレベルの音痴が露見し、黒崎浩二にはマイクを握らせてはならないという謎の禁忌が生まれたり。

 篠森と繰主は想像通りの美声で――というか、なんか0組の連中はみんな歌が上手くて、ちょっと嫉妬したり。


 流行りのポピュラー音楽を踊り付きで歌う蛍、テンポの早いロックを熱唱する界斗。

 ここまでは予想通りであったが、白百合が実は演歌好きだと知った時には、ちょっと意外な一面だなと思ったり。


 いつの間にか俺の歓迎会は、若さに身を任せて限界まで遊び倒す会に変わっていた。


 歌って、騒いで、笑って、はしゃいで。

 帰宅する頃にはもう、俺達は搾りかすも出ないほどに疲れ切っていた。


 ああ、なんだか変な気分だ。

 こんな風に、誰かとへとへとになるまで遊んだのは、生まれて初めてのことだった。


 それはとても楽しくて、夢のような時間で。

 過去も未来も現在も、全部全部忘れてしまうことが出来るくらいに。


 あるいは本当に、全て忘れていたのかもしれない。

 少なくとも今の瞬間だけは、何を意識することもなく、何を心配することもなく、ただただ遊ぶことだけを楽しめていたから。


 思い返せば、この十五年間で明確に優華と離れたことは、一度だってありはしなかった。


 もちろん、ずっと行動を共にしていたわけではない。けれども、いつだって心のどこかには、優華の存在があった。

 物理的な距離ではなく、心理的な距離として、優華はいつだって俺の隣にいたのだ。


 優華が隣にいない、初めての一日。だからこそ俺は、あんなにもはしゃぐことが出来たのかもしれない。

 かっこつけることも忘れて、大人のふりをすることも忘れて、子供のように、普通の高校生のように――枷が外れてしまったように。


 0組の仲間と別れ、それぞれがそれぞれの帰路に就く。

 祭の後のように火照った体を夜風で冷ましながら、曇り空を眺めて歩く暗い夜道。今日一日の思い出を振り返り、時折小さな笑いが漏れてしまうのを堪えながら、俺は一人、学生寮の前まで帰ってきた。


 ふと廊下の向こう側にて、階段を上る少女の影が目に留まる。

 見慣れた後ろ姿――見間違えようのない、幼馴染の姿。


 まだほんの二日しか離れていないのに、なんだかとても懐かしい気持ちになって。

 そして同時に、心臓の奥がぎゅっと締め付けられたように、重く痛んだ。


 優華と離れて、初めて気付いたこと。

 自分がどれだけ、かっこつけて生きていたのかを。自分がどれだけ、優華を中心に生きていたのかを。



 

 自分がどれだけ、優華を好きであったのかを。



 

 伝えたかった。この喜びを、この悲しみを。

 けれども、そんな機会は二度と訪れない。この気持ちを伝えることは、決して許されはしない。


 優華と離れたことで得られた感情を、誰よりも最初に優華に伝えたい。

 そんな相反する思いを――ジレンマを抱えながら、俺は声をかけられぬままに、部屋の扉を開くのであった。

 



   ***

 



 それからの数日間は、何事もなく過ぎ去っていった。

 普通に授業を受けて、休み時間には友人と会話をして、取り立てて語るまでもない平凡な放課後を過ごし、無為な一日を終えて帰宅する。


 俺と優華が離れ離れになったところで世界には何の影響も及ぼさないと。

 あるいは、俺と優華が離別すれば問題が発生することなどないのだと、そう言わんばかりに平穏な日々が続いていた。


 そんなある日の放課後。

 もう優華の帰りを待つこともなくなったので、ここ数日はまっすぐ家に帰っていたのだが、今日は導夜からの遊びの誘いを受け、『ホーム』にてもはや定番となったチェスを打っていた。


「珍しいな、導夜から遊びの誘いをかけてくるだなんて」


「今日は特に用事もなかったからね。折角だし、ちょっと浩二くんとお話ししたいなと思って」


「俺はこの通り暇人だから構わないが、話なら昼飯の時間とかにもしてるじゃねーか」


「あっはは、それもそうだね。まあほら、今日はいつもと違って、二人きりでのお話しをしたかったってわけさ」


 現在、『ホーム』には俺と導夜しかいなかった。

 てっきり、篠森はいるものかと思っていたが、会議室にいるのはチェス盤を挟んで向かい合う男二人のみ。


「むさ苦しいことこの上ないって思っているかい?」


「別に。俺からしてみれば、同室する人間の性別の差なんて些細なものだ」


 誰かと同じ部屋で向かい合うこと自体、滅多にないことだったから。

 それが男だろうが女だろうが、緊張の度合いはそう大差なかった。


「ところで、浩二くんは部活動には入らないのかい? 界斗くんから軽音部のお誘いを受けていたようだが」


 さわやかな笑みでサムズアップをしながら、俺達と一緒にバンドマン目指そうぜ! と言ってきた界斗の姿が思い浮かぶ。


「界斗には申し訳ないが、丁重に断らせてもらったよ。元より、あまり部活に入る気はなかったんだ」


「そうかい。まあ僕も無所属なのだし、意見が出来る立場ではないんだけどね」


「導夜はどうして部活に入らねえんだ?」


「おおよそ君と同じような理由だよ。なんとなく、部活に入る気にはなれないだけさ」


 とりとめのない会話と紅茶を嗜みながら、順繰りの駒を動かす。

 元世界ランカーの篠森ほどではないにしても、導夜も導夜でまたなかなかの実力の持ち主であった。


「……ねえ、浩二くん。昨日眠姫ちゃんに、あのことについて教えていただけませんかって聞かれたんだ」


「あの事?」


「君の過去についてだよ。現状、ちゃんと君の口から語られているのは僕だけなんでね。眠姫ちゃんはあくまでも、字面の上の情報しか知らないから」


 もしくは、あえて表面上の知識のみで詮索を止めていたから。


 ひと月前、屋上に呼び出されたときの語りを思いだす。

 篠森は俺達が誘拐されたことを知っていても、俺が助かった術を――俺が人を殺した事実を知らなかった。


「眠姫ちゃんが僕に尋ねてきたって事は、きっと君にはもう許可を取っているんだと思うけど、一応確認しておこうと思って。眠姫ちゃんに、君の過去を教えてもいいかな?」


「ああ、構わねえよ。むしろ、お前の口から語ってくれるほうがありがたい」


 ――いつか、私にも教えていただけますでしょうか。

 一週間前に雛壇学園を訪問した際、篠森には話すと言っていたからな。


「……一つ、聞いてもいいかい?」


「なんだ?」


「みんなは気をつかって触れないようにしているみたいだけど……それなりに時間も経ったことだし、そろそろ聞いてもいいよね?」


「……言ってみろ」


「ここ数日、優華ちゃんと会ってないよね? いや、君はわざと優華ちゃんのことを避けているね」


「よく観察してるもんだな」


「観察なんてしなくても、一目でわかるさ。それくらいに、今の君達の関係は不自然だ」


 ……不自然、か。

 たしかに、傍から見ればそう見えるものなのだろう。


 前兆も前触れもありはしなかった。

 積もり積もった感情が、崩落しただけのことで。


「百歩譲って、0組と+3組とで別れたことはいいとしよう。進路選択に違いが出ることはそう珍しくないからね。だけど、だからといってそれから一度も会おうとしないのは、いくらなんでもおかしい。道理に合わない。君と優華ちゃんの間に、いったい何があったんだい?」


「……別に、何もありはしねーよ。ただたまたま、会う機会がないだけだ」


「会う機会がないんじゃなくて、意図的に会うことを避けているんじゃないのかい?」


 導夜の黒い眼がじっと俺を見据える。

 深淵を覗き込んでいるかような錯覚を起こす、漆黒の瞳が。


 この男を前にすると、聞かれてもいないことを話してしまいそうになる。

 人を誘い込むある種の引力――篠森の色香とはまた異なる魅力が、翡翠導夜にはあるのだろう。


 けれども、優華と会わない理由だけは、話したくなかったから――話してしまえば、どうしようもなくなってしまうと思ったから、絶対に口にするわけにはいかなかった。


「…………」


「…………」


 沈黙が流れる。

 お互い、視線を外そうとしない。


 そうした見つめ合いが、どれだけの時間続いただろう。

 数分か、あるいはたったの数秒か。我慢比べで先に折れたのは、導夜の方であった。


「……まあ、いいさ。チェックメイト、君の負けだよ」


「あっ…………」


 気が付けば、俺のキングは敵の駒に包囲され、手詰まりな状況になっていた。


「会話に集中しすぎていたみたいだね、隙だらけだったよ」


 そう言って導夜は冷めきった紅茶を飲み干し、それから真剣な面持ちで続ける。


「それが君の判断だっていうなら、僕がとやかく言う権利はない。けど、一つだけ、知っておいてほしい。会えないことと会わないことは、天と地ほどの差があるって事を。後悔するその前に――あえなくなってしまうその前に、言いたいことは言っておくべきだということをね。君はまだ、優華ちゃんと会えるのだから」


 それはまるで、己の経験談であるかのような――何かに後悔しているかのような、悔恨に満ちた声色で。

 そんな重々しい一言に、俺はただ「ああ……」と、煮え切らない呟きを返すことしか出来なかった。


「あっはは。とまあ、真剣な話はこれくらいにして、もう一戦やるかい? 今度は妨害なしで正々堂々と。なんなら、なんでも一つ言うことを聞く権利をかける?」


「……お前、篠森から聞いてたのか」


「ふふっ、恥じることはないさ。その昔、僕も同じ手口でしてやられた同士だからね」


 導夜なりのジョークで場の空気を戻してくれたといったところか。

 せっかくの心遣いだ、誘いに乗ってやるとしよう。それに、負けたままで帰るのは癪だからな。


 そう思い、首を縦に振って駒を並べ直そうとしたところで、トントントン、とノックの音が耳に届く。

 それから間をあけず「失礼いたしますわね」と、篠森が扉を開いて部屋に入ってきた。


「なんだ、篠森か。まだ学校にいたんだな」


「あら、私が学校に残っていることに不都合がございまして?」


「いや、そこまでひねくれたことは言ってねーよ。珍しく『ホーム』にいなかったから、もう帰ったのかと思ってただけだ」


「そうでしたか。少し、お客様とお話ししていたものでして」


「……お客様?」


「ええ、お客様ですわ。黒崎さんのお友達の」


「俺の……?」


「どうぞ、お入りくださいませ」


 本来は執事である繰主が行うドアマンとしての役割を、お姫様である篠森がこなす。

 そうして道を譲られ、扉の影から現れたのは、0組という異常な連中とはまるで無縁そうな二人――1年+3組の生徒であり俺の数少ない友人達、時宮綴と夢野栞であった。


 廃屋の一室がこんな豪奢に改造されていることに驚いてか。あるいは常時ドレスという変人に案内されたことに動揺してか。

 慣れない環境に萎縮し、視線を右往左往させる二人の姿に、俺は優華を見かけたあの時と同じ、ほんのりとした懐かしい気持ちにさせられた。


「僕は席を外した方がいいのかな?」


「……いや、俺が席を外すよ。綴と夢野も、俺だけに用があるんだろ?」


 そう問いかけると、二人は顔を見合わせて、それから同時に頷いてみせた。


「それじゃあ、行こうぜ」


 このまま帰ることになるだろうと思い、ソファーの隅に追いやっていた鞄を手にし、帰宅準備を済ませて席を立つ。

 先に二人を部屋の外に出し、俺も続いて退出しようとしたところで、すれ違いざま、篠森に二人に気付かれない角度から裾を引かれた。


「お二人の話、ちゃんと聞いてあげてくださいね」


「……ああ、わかってるよ」


 +組と0組――普通と異常の垣根を越えて、わざわざ会いに来てくれたのだ。

 その思いを無下にするなんて、出来るわけがなかった。


 たとえそれが、束の間の平穏を壊すことになったとしても。


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