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黒崎浩二は嘘をつく -幼馴染を守るため、異常なる0組で異能力バトルな世界を生きる-  作者: 望月朔
≪第三章≫黒崎浩二の過去と未来(和解編)
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【1】歓迎の0組

≪1≫


 思えば、長いようで短い一ヶ月だった。


 五月の初旬、月曜日。

 四月に入学してきたばかりだという新参者は、たったの一ヶ月で1年+3組を離れ、異質にして異端にして異様にして異常なクラス――1年0組に編入することとなった。


 符号学園の対応は、予想していたよりもはるかに迅速なものであった。

 土曜日に編入する旨を伝えたら、日曜日には既に手続きが完了しており、月曜日からはもう0組の生徒に。

 休日まで事務作業に追われる職場環境を気の毒に思いながらも、そんな裏方の努力もあって、俺は週明けからすぐに1年0組の生徒として通うこととなった。


 いつもより早めの時間に登校して、職員室にて注意事項を伝えられる。

 +組とも-組とも異なる、0組のルール。


 服装の自由が認められていること。他の学級に比べて、欠席に対するペナルティが少ないこと。

 ただし、出席日収や成績が足りていない場合は、他の学級と同じように補修があるということ。


 要するに、他の生徒達よりも自由な活動が認められているということ。

 取り立てていうほどの特別さもない、ありきたりなルールであった。


 それらの説明を聞き終え、俺はようやく0組の教室に向かうこととなる。

 そういえば、0組の拠点である『ホーム』には何度もお邪魔したことがあったが、教室の方に行ったことは一度もなかったな。


 +組、-組、0組は、それぞれが別々の棟に分かれるように教室が配置されている。

 +組は本校舎の棟に、-組と0組はそれぞれ別の棟に教室があるため、よほどの特別な用事がない限りは訪れることもないのである。


 それもまた隔離というか、各々の組を特別視させる構造をわざと形成しているのだろう。

 画面の向こう側の存在。会えないようにすることで、偶像としての――異常を異常たらしめる要素を作り上げる。


 偶然の出会いを排除するそのやり方が、今の俺には都合がよかった。


「……ここが0組か」


 階段を二階分上った先、目の前の教室。1年+3組と同じ三階に、1年0組の教室はある。

 ガラガラと、けたたましい音を立てながら引き戸を開くと、もう既に揃っていた八人分の視線が、一斉に俺の方へと注がれた。


「…………あ、えっと」


 入室してから気付いた。そういえば、こいつらは俺が0組の生徒になったことを知っているのだろうか?

 もし知っているのであれば話は早いが、知らないのだとすれば、まずはその説明から始めるべきなのだろうか?


 第一声に何を放つべきなのかがわからなくなり、次に続く言葉を言い淀んでしまう。

 すると、近くの机に腰かけていた蛍が「おはよ! ようやく来たわね、くろっきー!」と、人懐っこい笑みを浮かべながらこちらに歩み寄ってきた。


「聞いたわよ、0組の生徒になったんだって? これでくろっきーも晴れて、私達異常の仲間入りね!」


「……なんだ、知ってたのか」


 篠森か、あるいは導夜の情報網か。

 二択の回答は、話が早くて助かる前者の方であったようだ。


「つーか、異常の仲間入りって言われると、あんまりいいイメージがしないんだが」


「仕方ないわ。だって、事実なんだもの。諦めてくろっきーも、レッツエンジョイアブノーマルライフ!」


 相変わらずテンションの高い姉である。まあ事実として、0組での生活を一番楽しんでいるのは、こいつなのかもしれないな。

 ばしばしと、背中を二回ほど叩く古典的な歓迎をしてくれる蛍を一度落ち着かせ、それから俺の席はどこにあるかを尋ねる。


「特に席の場所とかは決まってないわ。適当に、好きな場所に座って大丈夫よ」


 好きな場所と言われ、パッと教室を見回してみる。

 生徒数八人……いや、俺を入れたら九人だが、たった一人なんて誤差の範囲内だろう。なにせ、1年0組の教室には机が四十脚近くあったのだから。


 人数は他のクラスの四分の一くらいしかないのに、机はなぜか他のクラスと遜色ない脚数が並べられている。

 こんなに必要なのかと思わなくもなかったが、学園の方針なのだろうと適当な理由で納得しておくことにした。たぶん、大した理由なんてないのだろうし。


「おう、浩二。迷ってるならこことかどうよ?」


 選り取り見取りの座席選択。

 とりあえず後ろの方にでも座ろうかと思っていたところで、界斗に呼び止められ、席を勧められる。


 前列から二番目の窓際、界斗の隣の席。

 特にこだわりもなかったので、おすすめに従ってその席に決めた。


「わりかしみんな、真面目に前の席に座ってるんだな」


「席が近い方が、何かと便利だからな。わかんねーとこ教えてもらったりとか」


「なるほど」


 机の横のフックに荷物をかけながら窓の外に目をやると、ちょうどこの位置からテニスコートが見えた。

 無意識のうちに幼馴染の姿を探してしまうが、優華はおろか人っ子一人見つけることが出来なかった。まあこの時間だ、もう朝練も終わっているのだろう。


 当然のことながら、優華が俺の席に寄ってきて、おはよー! と声をかけてくれることなどない。

 俺は0組で、あいつは+3組で。離れ離れにしたのは、俺の方なのだから。


「結局、編入することに決めたのですわね」


 椅子を引いて席に着いたところで、目の前に立っていた篠森が話しかけてくる。


「研修を経て、気に入っていただけたということでしょうか?」


「それもあるし、あとはまあ……色々と総合的に考えてだな」


「……優華さんは、来なかったのですね」


 篠森の瞳に、深い哀愁が浮かびあがる。

 知っていたのか。あるいは、予測していたのか。


 優華に編入状が届いていたこと。そして、それを優華が拒んだことを。

 あるいは、優華が拒んだのではなく、俺が拒ませたのだということまでを察しているのか。


「……あいつはこのまま、3組に残ることを選んだみたいだ」


「そうでしたか……それは少し、残念です。優華さんも来てくだされば、きっともっと、賑やかな空気になりましたでしょうに」


「そうだな……これからも、あいつとは仲良くしてやってほしい」


「それはもちろん、当然のことですわ」


「…………ありがとう」


 そして、俺達の会話が不可解に途切れる。

 彼女がいったいどこまでを知っているのかはわからない。が、さすがに何かがあったことくらいは、勘付いていることだろう。


 それくらいに不自然で、それくらいに不可解なことくらいは、俺だって理解していたから。


 静寂。沈黙。

 そんな気まずくなった空気を察してか、隣に座っていた界斗が一つ咳払いをし、会話に割って入ってきた。


「よし、浩二! なにがともあれ、お前は今日から0組の一員だ。つーことで、今日の放課後はお前の編入記念歓迎会としゃれ込もうぜ!」


「……歓迎会?」


「おうよ! ま、どでかいケーキ用意したりとか、大掛かりなパーティーみたいなことは出来ねーから、実質遊びに行くだけみたいなもんだけどよ」


 歓迎会なんて言葉、生まれて初めて聞いた気がする。

 ましてやこの生涯で、俺が歓迎される側になる日が来るだなんて、思ってもいなかった。


 気をつかってくれてか、あるいはそういった催し物をするのが好きなのか。

 なんにせよ、その心遣いはありがたいものであった。


「どうする? とりあえずカラオケでも行くか?」


「あー、いや……すまん、歓迎会自体はめちゃくちゃ嬉しいんだが、カラオケだけは勘弁してくれ」


「なんだ、歌うのはあまり好きじゃねーのか?」


「……大体そんなところだ」


 好きか嫌いかで問われれば、どちらでもないといったくらいだが。

 単純に、優華がマイクを取り上げるほどの音痴だから。理由はそれに尽きた。


「じゃあさ、私達のカフェに来てよ! 私と雫、今日はバイトでお店にいるし!」


「カフェ『アーミテージ』か……おう、いいんじゃねーか?」


 横から入ってきた蛍のおすすめに、界斗が肯定の意を示す。


「くろっきーおねがーい! お店まで来てくれたら、いっぱいサービスするから……ね?」


 まあ、あのカフェなら悪くないだろう。特に拒む意味もない。

 誘う口調と手つきのキャバクラの類を連想させるわざとらしさは少し気になったが、そこについては平常運転ということでスルーさせてもらった。


「俺はそれで構わねえよ」


「やったー! ありがとー、くろっきー!」


 パッと表情に花開かせた蛍が、喜びの勢い余ってか俺に抱きついて来ようとする。 が、横にいた雫が鋭いチョップをかまし、慣れた手つきで姉の暴走を収めていた。


「あそこなら飯もうまいし、雰囲気も悪くないしな。よし、そんじゃあ歓迎会の場所は決まったとして、お前ら二人はバイトだから……こおりは来るよな?」


「うん。もちろん、いくよ……!」


 界斗の隣で話を聞いていたこおりが、こくこくと頷いて見せる。


「おっけー。他四人で、来れる人はいるか?」


 その呼びかけに、白百合と導夜の二人が手を上げる。

 篠森と繰主の二人はどうしても外せない用事があるらしく、その用事が終わり次第遅れて合流することになった。


「忙しいなら、無理に来ようとしなくてもいいんだぞ」


「あら、寂しいことをおっしゃりますのね。新しい仲間が出来たのです。私達にも、歓迎させてくださいな」


 そう言って篠森は、淑やかな笑みを浮かべる。

 ふと周りを見渡すと、ここにいる全員が笑顔で俺を見つめていた。


「…………珍しいこともあるもんだな」


 思えば、誰かに受け入れられるというのは、優華以外では初めてのことかもしれない。

 そんな小さな幸せに少しの感慨深さと、それからこの感動を共有出来て、誰よりも喜んでくれたであろう幼馴染が――優華が隣にいないことに、大きな寂しさを感じた。


「ふふっ、それでは改めまして。来るものは拒み、去るものは決して逃がさない。そんな地獄のような、監獄のような、異常なる0組へようこそ。歓迎いたしますわ、黒崎さん」


 そんな彼女達らしい照れ隠しの言葉と共に、俺の1年0組としての新生活は始まったのであった。


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