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黒崎浩二は嘘をつく -幼馴染を守るため、異常なる0組で異能力バトルな世界を生きる-  作者: 望月朔
≪第二章≫黒崎浩二の過去と未来(決別編)
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【エピローグ】黒崎浩二は噓をつく

≪エピローグ≫


 生徒会長より直々に送迎されながら雛壇学園を後にした俺達は、依頼制度の元締め――符号学園生徒会の役員への報告を行うため、辿った道程を引き返し符号学園へと戻ってきていた。


「報告は(わたくし)の方で済ませておきますわ。それほど時間はかからないと思いますが、この後に少し用事もありますので、黒崎さんはお先にお帰りいただいて構いませんよ」


「……そうか。それじゃあ、後は任せた」


「はい。それでは、お疲れ様でした」


 昇降口の前で別れを告げ、生徒会室のある別棟へと向かう篠森の背中を見届ける。

 夕方の校舎に一人取り残された俺は、一度足を通した靴から再び上履きに履き替えて、なにとなしに静まり返った校内へと立ち入ってみた。


 別に、忘れ物をしたわけではない。

 ただ、先に帰っていいと許可を出されはしたものの、このまま真っ直ぐ家に帰りたいとは思えず、理由なく寄り道がしたい気分であったというだけの話。


 漠然と町を一望出来る場所で風に当たりたくなった俺は、気の赴くままに階段を上がって、当たり前のように立ち入り禁止の扉を開き屋上まで足を運ぶ。

 フェンスの隙間から外の景色を眺めると、西の空は傾いた太陽の光で夕焼けに染まっており、昼と夜の境界線が曖昧なコントラストとなって世界を淡く彩色していた。


 昔から、この時間帯の空が好きだった。昼の喧噪と夜の静寂が入り交じったような、なにもかもがあやふやであるが故に美しく思える薄紫の輝きが。

 そういえば小さい頃、優華の部屋で肩を並べて二人仲良く夕陽が沈むのを眺めていたこともあったっけ。


 どうして太陽はいつも同じところに沈むの?

 って、いつもの優華らしい好奇心に答えながら、放心するように見届けた日の入りの一時。


 他のなにからも干渉されることのない――ただ隣に座る少女のことだけを考えていればいい、二人だけの世界。

 そんな平穏な日常が俺にもあったのだということを、今更になって思い出した。


「あ、やっぱり浩二だったんだ」


 誰もいないはずの屋上で、聞こえるはずのない声が名前を呼ぶ。

 入口の方を振り返ると、いつものスクールバックと一緒にラケットのケースを肩にかけた、最愛の幼馴染の姿がそこにあった。


「優華……部活帰りか?」


「うん、そうだよー」


「どうしてこんなところに?」


「部活の片づけを終わらせてた時に、浩二が校舎のほうに歩いていくのを見かけたから。友達も、男子が屋上に上がっていったのを見たよって教えてくれたから、まだいるかなーって思って来てみたんだ。浩二も何か用事?」


「ああ、ちょっとな」


 優華は当然のように俺の右隣へ並んで、手に持った荷物を床に置く。

 夕焼けが綺麗だねーと、スカートの裾を押さえながら無邪気に微笑みかけてくる。


 五月初めにしては少し冷たいそよ風が、彼女の長髪を撫でて宙になびかせる。

 制汗剤の混じった柑橘系の甘い匂いが、ほのかに鼻腔をくすぐった。


「そういえば、昔こうやって日が沈むのを見てたことがあったよね。たしか……浩二が私の家に泊まりに来てたときだっけ?」


「……そんなこともあったな」


 それは、俺がほんの数分前に懐かしんでいた記憶と、全く同じ郷愁の思い出。


 吹けば飛んでしまう程に些細な心覚えであっても、共有した時間を覚えていてくれている。

 きっと優華は特に深く考えずに話したのだろうけど、俺にとっては涙腺が緩んでしまうくらいに嬉しい一言であった。


「こうしてまた一緒に空を眺めてると、なんだか子供の頃に戻ったみたいだね」


「見ている高さは全然違うけどな」


「うん。あの時は二階の窓からで、今は学校の屋上からで……私達、大きくなったんだね。大きくなって、いろいろなことがあったんだね……」


 ふと何気なく首を右へと振り向かせた時、優華がじっと俺の横顔を見つめていたことに気付く。

 彼女の左手が無意識のうちに伸ばされ、吊り下がる制服の袖をギュッと摘んでいた。


「ねえ、浩二。あの頃から、いろんなことがあって、変わったこともたくさんあるけど……私達の関係は、いつまでも変わらないでいられるよね……?」


 夕暮れの光を取り込んで無垢に煌めく双眸が、俺の濁った眼球をまっすぐに射抜く。

 大きな瞳が瞬きの奥で、かすかに不安の炎を揺らがせている。


 真剣な声色が、単なる確認作業でないことを示していた。


 変わらない、変わらずにいたい、同じであり続けたいという憂いが、彼女の心をかき乱す。

 それはきっと、少女を縛る呪いであり――先送りの度にかけられた煮え切らない嘘の顛末で。


 ――――駄目だった。

 もう、見てはいられなかった。


 心臓が荒縄で締め付けられたように痛み、胃の底が急速に冷えていくのを感じる。

 その痛みが――その感情が、決定打となった。


 受動ではなく能動。変わってしまう前に、変えなければならないと。

 もうこれ以上は続けられないと、そう思ってしまったのだ。


「……優華、編入についての話なんだが」


「編入って、0組に入る話だよね。もしかして、どうするか決まったの?」


「ああ、決めたよ。俺は――――0組に入ることにするよ」


 1年+3組から1年0組に編入する。

 それが今日の研修を――そして、この一ヶ月の経験を通して選んだ俺の答えであった。


「そっか……うん、私もなんとなくだけど、浩二は0組に入るんじゃないかなって思ってた。うん、いいと思う! それじゃあこれからは、二人で0組として頑張っていこっか!」


 優華が満足げに首を頷かせて、それから笑顔で、楽しそうに、当たり前のように――同じクラスに編入することを決める。

 自身の道を歪ませているのが、目の前の男だということを疑いもせずに。


 選択の余地を奪ってしまった。

 俺と同じ進路を歩むことを、強要させてしまった。


 きっと優華は強いられたなどと考えず、心の底から傍にいることを喜んでくれている。

 だからこそ、なおのこと心が強く痛むのだ。


「……いや、そうはならないんだ」


 だって俺は、そんな優華の純情を否定しなければならないのだから。


「優華、お前は+3組に残るべきだ」


「……どうして?」


「優華なら0組に入らなくても、あの異常な連中とも友達であり続けられるだろう。優華は今のまま+3組のクラスメイトと一緒にいるほうが、俺は合っているんじゃないかって思うんだ」


「それは、0組のみんなとはこれからも友達でいられるだろうけど……」


 組み上げていたパズルを返されるような――日常が瓦解する予感を察してか、優華の喋りが焦りを帯びて早口になる。


「でもそれは、0組に入っても同じことで……編入したからって、+3組の子と友達でなくなっちゃうわけじゃないから、だから私は、別に……」


「――――優華。俺達はもう、別々になった方がいいと思うんだ」


 回りくどい言い方はやめにした。

 言い訳なんてしてはいけない。直接的に言わなくてはならない。


 だって俺は、決断したのだから。

 否定すると、決めたのだから。


「なんで……なんで、浩二と離ればなれにならなきゃいけないの?」


 許容しきれない困惑が深い悲しみに溶け込み、零れ落ちるのを必死に堪えた涙混じりの震え声が、笑えない冗談であることを求めてくる。

 理由――そんなものは、一つしかなかった。


 暗く冷たい部屋の中で、この手を血に染めたあの日――彼女の笑顔を守るために生まれてきたのだと気付いたあの日から、俺はずっとこの瞬間を迎えるために生きてきたのだから。

 優華と決別を擦るその時のために、俺は今日までの六年間を捧げてきたのだから。


 本当は初めからわかっていた。

 幼馴染という奇跡だけで成り立った関係など長くは持たないことも、傍にいる時間が長引くほどに優華を苦しませてしまうことも。


 理解していて、それでも俺は彼女の隣を離れられなかった。

 こんな俺にも目を向けてくれる彼女の優しさに、甘え続けてしまっていた。


 その結果が、九か月前に迎えた無様な失敗の末路であった。


 自分さえいなければ、優華はもっと幸せな人生を歩むことが出来ただろう。

 自分と関わることなんてなければ、優華はもっと楽しい日々を過ごすことが出来ただろう。


 鏡越しに跳ね返された自虐は――雛波薗の言葉は、俺達の誤ちを残酷なまでに突き上げていた。


 だけど、俺はまだ取り返しがつく。九か月前の苦境とは違って、今の優華は自分の足で立っている。

 依存を――共依存を、捨て去っている。


 もとより、俺の助けなんていらなかったのだ。

 彼女の自由を雁字搦めに縛りつけておきながら、笑顔を守るなどと履き違えた迷惑な重荷となっていただけ。


 だから今日、その重責から解放してやるのだ。


 依存していたのは俺の方だった。

 だからこれ以上、感じる必要のない罪悪感で優華が駄目になってしまうその前に――――




 ――――黒崎浩二は嘘をつく。


 俺の人生に、君の存在は必要ない。




「もう、お前とは一緒にいたくないんだ」


 多くを語る意味はなかった。多くを語りたくはない気分だった。

 虚像で塗り固めたメッキが剥がれるその前に――恥知らずの心が弱音を漏らしてしまうその前に、嘘を貫き通さなければならなかったから。


「え、あ……私、なにか気に障るようなこと……しちゃったかな……?」


「……何もしてない。優華は、何もしちゃいない。ただ俺が、お前と一緒にいることが嫌になっちまった……それだけの話だ」


 明確な原因は提示せず、ただただ理不尽なだけの身勝手な理由を叩きつけて、否定の意と示すことすら諦めさせる。

 徹頭徹尾、説得の余地を潰していく。


 ああ、嫌だ。こんな大事な時にだって、策略と欺瞞を平気で垂れ流せてしまう。

 どうしようもなく最低で――救いようもないクズ野郎だ。


「…………」


「…………」


 返す言葉さえ奪われた優華は、垂れ下がった両手をじっと見下ろしたまま刺激や音への反応をなくしてしまう。


 乾いた夕風と共に流れる気まずい沈黙。

 いつものような居心地のよい静寂ではなく、ただただ重苦しいだけの温度を失った無音。


 自分から押し潰されそうな空気を作っておいて情けない話だが、先に心が折れてしまったのは俺の方であった。

 喉が引き攣り、眼球が急速に乾いていく。心臓が再び痛みを訴えだし、どうしようもないくらいに居た堪れなくなった俺は、擦れた声で一言だけを絞り出して、そのまま逃げるようにこの場を去ろうとしたその時――――


「――――浩二」


 最愛の幼馴染が、そっと俺の名前を呼んだ


「……うん、そうだよね。考えてみれば、浩二が私と一緒にいたくないのは当然のことだもん。気付けなくてごめんね……浩二が私のためにどれだけ無理をしていたのかも、どれだけ苦しい思いをしていたのかも


「…………」


 否定したかった。苦しみを感じたことなんて一度もありはしないと、励ましてあげたかった。

 けど、今更になってそんな都合のいい慰めを吐く資格などあるはずもなかったから。


「浩二、私は+3組に残るよ」


「……ああ」


「これからはもう、会うことも少なくなっちゃうんだね……」


「……そうだな」


「浩二にはいつも迷惑ばかりかけちゃってたね。私のせいで、辛い思いをさせちゃって――本当にごめんなさい。そして、苦しい気持ちに耐えてまで私と一緒に居てくれて――本当にありがとう」


 柔和に下がった瞳の目尻から、一筋の雫が伝って落ちる。

 それでも優華は言葉を止めようとせず、決して視線を外そうともしない。


「浩二にとっての私は、きっと面倒なだけの厄介者だったのかもしれない……けど、私にとっての浩二は、かけがえのない大切な人だったから。だからきっと、浩二なら私がいなくても……ううん、私なんていない方がずっと楽しい人生を送れると思う。だって、こんなにも私に……私みたいな足手まといにも、優しくしてくれたんだもん! みんなきっと、すぐに浩二の優しさに気付いてくれるよ! だから、だから…………!!」


 たとえ拭いきれないほどの涙が頬を濡らそうとも、()せ返る息の緒に声を震わそうとも――――優華は最後のひと時まで笑顔を崩すことなく、守りたかった姿を保ったまま別れを告げた。






「――――だから浩二は、幸せになってね」






 足元に置いていた手荷物を拾い上げ、優華はがむしゃらに屋上から駆け出していく。

 走り去るその背中にかけられる言葉は見つからず、小さな幼馴染の影が扉の向こう側に消えていったと同時に、俺は背中から地面に崩れ落ちてしまった。


「…………これで、よかったんだ」


 あの日の失敗を繰り返すことはなく、優華は俺に依存しようとはしなかった。


 彼女は、離ればなれになることを受け入れてくれた。

 別れの形としては最悪だったかもしれないけど、これで嫌われることが出来たのなら最善といえよう。


 優華は優しいから、ほんの少しの間は引き摺ってくれるかもしれない。

 けれど、やがてはきっと俺のことなど綺麗さっぱり忘れてくれて、彼女は新しい人生を歩み出すことであろう。


 たくさんの人に愛される、幸福に満ちた正解を。


「……だから、これで正しかったんだよな」


 正しかった。間違いなどありはしなかった。

 最善であったと、最良であったと、そうやって言いくるめるように心を納得させて、俺もまた屋上を離れようと両腕に力を込める。


 しかし、脳が発する命令とは裏腹に四肢はまるで反応を示してはくれなくて、代わりに何故だか視界がどんどんとぼやけてくる。

 生温かいなにかが耳にまで届いて、そこでようやく自分が涙を流していることに気が付いた。


 最後に泣いたのなんて、いつ以来のことであろう。

 とっくの昔に忘れてしまったと――地獄の釜の内で捨て去ったものだと思っていた、人間のような感情。


「……これで、よかったんだ」


 無感動な情緒を無理矢理に言語化し、何度も何度も今を肯定する。

 そうやって嘘を口にしてでも自分を騙していなければ、穴の開いた心臓から噴き出る呵責に気管を潰されてしまいそうだったから。


 色褪せた屋上のアスファルトが、身体に帯びた熱を冷酷に奪い去っていく。

 いつの間にか太陽は西の空へと沈み、淡い黄昏は霧散して夜闇の帳が天を覆っている。


 そういえば、今日は新月だったか。

 暗雲垂れこめる胸中の鬱積を少しでも晴らそうと、仰向けに倒れた頭を天上の園へと向ける。


 新月。それは、星空観測に最も適した夜。

 光り輝く一番星が、今の俺には見つからなかった。




【≪第二章≫黒崎浩二の過去と未来(決別編) 終】


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