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黒崎浩二は嘘をつく -幼馴染を守るため、異常なる0組で異能力バトルな世界を生きる-  作者: 望月朔
≪第二章≫黒崎浩二の過去と未来(決別編)
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【18】失敗と失格

   ***




「――――――――黒崎さん!!」




「――――っつ!?」


 ほとんど絶叫に近い呼びかけと共に力強く身体を揺すられ、知覚が一気に現実へと引き戻された。


 真っ暗な部屋の中から、明かりのついた応接間へと世界が移り変わる。

 うすらぼやけた視界の真ん中では、篠森が息を切らして血相を変えながら俺の肩を強く握りしめていた。


「黒崎さん! (わたくし)の目をよく見てください!」


 こちらの意識が帰還したことを察すると同時に、篠森は肩を掴んでいた両手で頭を挟みこんで力任せに視線を交差させる。


「大丈夫です、黒崎さんが心配することは何もありませんわ。(わたくし)がそれを保証しましょう」


 真剣な眼差しと共に告げられた一言――そのたった一言を聞いただけで、靄のかかっていた思考に清涼な風が流れ込み、錯乱していた心が少しだけ平静を取り戻す。


 『永眠童話(コールドスリーパー)』の一つ、言葉を信じこませる能力。

 彼女の持つ一種の催眠術に近い能力が功を奏したおかげで、たとえそれが根拠のない言葉であったとしても、精神を落ち着かせる安定剤としての効果を得ることが出来た。


「……すまない、助かった」


「いいえ、気にしないでください。体調の方は平気ですか?」


「ああ、もう落ち着いたよ」


 額を流れる冷や汗を拭い取り、大きく深呼吸をして息を整える。

 狂乱から救い上げてくれた篠森に礼を告げ、それから俺は改めて雛波に向き直った。


「お前、俺に何をしやがった」


「あらあら、どうかしたのかしら? いくら寝覚めの悪い夢を見たからって、女の子のせいにするのはよくないと思うけどなー」


 これみがよりに意地の悪い笑みを浮かべた彼女を、腹の内に煮えたぎる逆上を抑え込みながら睨みつける。


「別に、特別なことはしていないわよ。わたし(・・・)の気持ちになって思ったことを口にしただけで――私の言葉につられて、勝手にトラウマのスイッチを踏んだのは黒崎くんの方。ただちょっとばかり、昔を思い出すお手伝いはさせてもらったけどね」


 二つ目のドーナツを一口含んで、彼女は唇をそっと撫でるように――小さな舌を挑発的に覗かせてみせる。


「『凍る夢(シンパシスト)』記憶に触れる能力。あるいは、洗脳といった方がわかりやすいかしら? もっとも、他人を傀儡に出来るほどの強い力はなくて、せいぜい思い出しやすい記憶の順列を入れ替える程度が精一杯だけど――トリガー一つで悪夢を呼び起こせるのは、唯一の強みかもしれないわね」


 記憶に触れる――思い出を想起させる能力。

 忘れたい傷痕を、忘れられない苦痛を、強制的に呼び起こす。


「だから、本当に手助けをしただけ。私はわたし(・・・)のトラウマを知らないし、わたし(・・・)が大切なその子の顔もわからないわ。けど、それでも、私はわたし(・・・)の全てを理解出来る――共感出来る。だって私達は、同一なのだから」


 同一な存在――鏡合わせの私とわたし(・・・)


 ここを訪ねる前の俺だったら、井の中で焼きが回った女の痴れ言として一蹴することも出来た。

 けれども、彼女を見てしまい、知ってしまい――共感出来てしまった今の俺は、不服を申し立てるだけの論などとうに失われてしまっていた。


 雛波には、初めからそう見えていたのだろう。俺という人間を通して――自分自身の面影が。

 だから彼女は無理を押して、生徒会長に頼み込み私用で俺を招き入れたのだ。


 鏡の中の自分に見られていると気付いたような、そんな違和感しかない間違いだらけの着地点。

 だからこそ、俺は彼女を信頼出来なかったのだろう。


 ならばこの拒絶反応は、当然の帰結といえた。なにせ、目の前にいるのは自分なのだから。

 自分という人間ほど、信じられないものはない。


「お前は、ただそれを話したいがために――お前が俺であることを確認するだけのために、俺達をここに呼びやがったのが」


「そういうこと。わたし(・・・)だって、鏡に映っている己が自我をもって動いているのを見つけたら、ちょっとは声も掛けたくなるものでしょ?」


「君子危うきに近寄らず、触らぬ神に祟りなし。あいにく、俺は自律する知らない自分なんて気味の悪いものとは、距離を置いて見なかったふりをするタイプの人間なんでな。お前の話なんざ、欠片も理解出来やしねえよ」


「そう。嘘つきなのね、そっちのわたし(・・・)は」


「正直に生きられるほど、楽しい人生を送れてはいないもんでね」


「ええ、全くその通りね」


 そうして彼女は愉しそうに笑い、俺はつまらなそうにも笑わなかった。


 本当に、ただの興味本位でしかなかったのだ。

 気まぐれを起こし、鏡に向かって『お前は誰だ?』って言ってみただけの、その程度の軽い気持ち。


 こっちからしてみれば、いい迷惑でしかなかった。


「……篠森、帰ろう。この女の用件はもう済んだらしいからな」


 差し出された紅茶には、最後まで手を付けなかった。

 忌々しい鏡から目線を外し、ソファーを立ち上がって交渉の席を外す。


「あら、もしかして怒らせちゃった? そんなに毛嫌いしなくても、おんなじ自分同士もっと仲良くしましょうよ」


「黙れ。自分と仲良く出来ない事なんざ、自分が一番わかっているだろ」


「ええ、そうね。私達が一番わかっていたわね」


 本当に、反吐が出る思いだ。

 その心情を汲み取ったような面も――実際に理解されているという事実も、何もかもが不愉快である。


 世界で一番嫌いな人間なんて――自分なんて、一人いれば十分だった。


「さようなら、もう二度と会うことのないわたし(・・・)


 去り際に投げつけられた別れの挨拶に、返す言葉などありはしない。

 二度と出会うことのない、一度とだって出会っていない自分。


 心の折れた己の末路を見せられるというのは、存外苦痛なものであった。


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