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黒崎浩二は嘘をつく -幼馴染を守るため、異常なる0組で異能力バトルな世界を生きる-  作者: 望月朔
≪第二章≫黒崎浩二の過去と未来(決別編)
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【15】お内裏様とお雛様

「なっ――――!?」


 『陥穽の法則(ホールインワン)』穴を開ける能力。

 俺が春雨の能力を偽装出来ることまでは伝わっていなかったのか、あるいはそれを知ったうえで油断していたのか、彼の喉から漏れた吃驚はそれが己にとって予想外の事態であったことを告げていた。


 この学園の図書館が二階にあってくれて助かった。

 地に開いた大穴は棒立ちの霧梅を飲み込み、発動主である俺もまとめて床下に陥れる。


 見えない壁に阻まれているせいで相手を蹴り落とすまでは至れないが、決死の飛び込みでわずかながらも体重をかけていたおかげか、男の身体はぐらりと背中から倒れゆき、空中で疑似的にマウントを取る体勢へ移行する。

 そして、背面から落ちていくその下では――――先に一階へと降りていた篠森が、ナイフを片手に彼の撃墜を待ち構えていた。


「なるほど……!!」


 視界の端でドレスのスカートを捉えるや否や、霧梅の目が驚喜でカッと見開かれる。

 おそらくはほんの一秒にも満たない落下中の時間で、この男は篠森が身代わりになったふりをして先に『陥穽の法則(ホールインワン)』で落とされていたことに気付いたのだろう。


 ここに来るまでの間に立てた急ごしらえの策だったとはいえ、まさか即座に看破されるとは。

 想定よりもずっと回転が速く――ずっと冷静な思考に焦らされるが、落とし穴の起動に成功している以上、こちらが有利な状況でことに変わりはない。


 たとえ気付かれても、対処される前に『死亡』させればいいだけの話。

 真正面からの攻撃は不可視の壁に防がれたが、背後からの不意打ちならば通用するかもしれない。


 篠森のナイフによる刺殺、後頭部を打ちつけての落下死。

 あるいは、頭上からのしかかる俺にまで手が回らず、『狂言回し(イミテーション)』で能力を封じられるのでも構わない。


 どれか一つでも対処を誤れば、それだけで致命傷に至らせられる。

 今度はこちらがお手並み拝見だと、落下する一挙一動に意識を集中させたその時――――生徒会長の口角が、張り裂けんばかりに吊り上がった。


「……だが、甘ぇ!!」


 直後、得体の知れぬ力に腕を取られたと気付いた時には、上を取っていたはずの俺はすさまじい勢いで地面へと引き摺り落とされていた。


「しまっ――――!!」


 抵抗しようにも、しがみつく突起もない空中では踏ん張ることも出来ず、強烈な馬鹿力に為す術もなく投げ飛ばされる。

 そして、砲丸を飛ばすように弧を描いて下方に放り出された俺の身体は、最悪なことに待ち構える篠森に衝突しようとしていた。


「避けろ、篠森!!」


 警告の声を張り上げはしたものの、急激に軌道を変えた人間大の障害物を避けられるわけがなく、少女の華奢な体躯を巻き込んで諸共床に叩きつけられる。

 接地の間際に半身を滑り込ませ、なんとか彼女を下敷きにすることは防いだものの、手加減を知らない馬鹿力で転がされたせいで、全身が焼けんばかりに痛みを訴えていた。


「っつ……大丈夫か、篠森」


「こちらはなんとか……黒崎さんこそ、(わたくし)を庇って怪我などは……」


「平気だ、痛みはあるが動かない部位はない」


 不思議なことに、あれだけ思いきり転げ落ちたにしては、立ち上がることに支障がないくらいの軽傷で済んでいる。

 身を打った衝撃と肌の表面を床に擦ったせいでじくじくとした痛痒(つうよう)は残っているが、打撲や骨折などの損傷は見受けられなかった。


「……あいつは、どうなった?」


「やられ間際にナイフを投げてはみましたが、はたして功を成しているかどうか……」


 あの一瞬で投擲に切り変えられる判断力はたいしたものだが、先の反撃でそのでたらめなまでに強力な能力を知ってしまった今となると、ナイフを投げた程度では傷一つ付けられている気がしない。

 彼女の懸念した通り、俺と同条件で落下したはずの生徒会長は、篠森の機転など気付いてすらいないのではと思うほどに、平然と何食わぬ様子で直立していた。


「いやー、やられた! まさかあの初撃を回避したばかりか、そいつを隠れ蓑に奇襲までかけてくるとは。流石は0組、伊達に異常を名乗っちゃいねえな」


「お褒めいただき光栄です。しかし、こうも一方的にやられた後でお世辞をかけられましても、随分な皮肉にしか聞こえませんわね」


「おいおい、これでも本気で称賛してるんだぜ? 俺様は人に詫びねえし、世辞は言わねえ主義なんだ。あんたらは強かった。そして、俺様はそれ以上に強かった。それだけのことだよ」


 圧倒的な実力と、自負心の強さが故に相手を認められる度量の広さ。

 勝鬨を上げる霧梅の言葉に、嫌味たらしい調子は一切感じられなかった。


「……完敗ですわね」


 胸の内で、篠森が納得したように息を吐いた。


「まあそもそも、そっちが勝手に吹っかけてきた喧嘩で勝ち負けを決めるって、年上としてどうなんだとは思うがな」


「いいねえ、その絶対に崩れない強気な姿勢は好感が持てるぜ。なあお前、うちの五人囃子として生徒会で働かねえか?」


「悪いが、月一で転校してられるほど暇な人間じゃないんでな」


「そうか、残念だ」


 霧梅は大して惜しんでもなさそうに言うと、右腕を前に手招くような動作で俺達の起立を促す。


「ほら、床にぶん投げる前にカバーつけてやったんだから、立って歩くくらいは余裕だろ? ついて来い、あんたらにはもう一つ頼みたい仕事があるんだ」


「……頼みたい仕事?」


 先の一戦で満足してくれたのか、どうやらこれ以上戦いを続ける気はないらしい。


 霧梅はこちらの動きを確認する前に、くるりと背を向けてどこかへと歩き出してしまう。

 俺達は一度顔を見合わせて、それから抱きとめた篠森に手を貸しながら立ち上がり、すぐに彼の後を追うことにした。


「なあ、生徒会長さんよ。その仕事ってのはなんなんだ?」


「当初の予定通り、今からでも交流会を始めるのでしょうか?」


「いや、そいつはもう戦いの中でやったから大丈夫だろうよ。仕事ってのは、あんたらに……いや、正確にはそっちの男子、あんたに会ってもらいたい奴がいるんだ」


「篠森じゃなく、俺の方に……?」


 業務上の手続き的な慣例は全て篠森に任せておけばいいかと、後のことは人任せにしてだんまりを決め込んでしまおうと思っていただけに、直接名前で指定されて少しばかり面を食らわされる。


「会ってほしいと頼まれても、雛壇学園に知り合いがいた覚えはないんだが……」


「だろうな。あいつも、あんたに会うのは初めてだって言ってたから、お互い面識はなかったんだろうよ」


 顔も名前も知らない初対面の人間が相手となると、なおさら呼び出された理由がわからなくなる。

 生徒会の連中は俺が来ることを事前に把握していた節はなかったし、そうなるとこのバトルゲームの間に認識されたということになるはずだ。


 前を歩くこの生徒会長のように、俺達の戦いっぷりから興味を抱かれたパターンだろうか。

 けれど、そうならばわざわざ俺だけを指名する必要はないだろうし。


 もしくは、三人官女の書記――春雨の奴がなにか適当を吹き込みやがったか?


「霧梅生徒会長、その黒崎さんをお呼びした方というのはどなたなのでしょうか?」


「俺様の相方――生徒会の副会長だよ」


「副会長って、確か……」


 暗号文から逆算して名前を割り出そうとしたが、こちらが導き出すよりも前に霧梅が解答を口にする。


雛波薗(ひななみその)。俺様と同じ二年生で……なんつーか、ちょっと変な女だよ」


 この唯我独尊に変人と形容されるなんてどれだけ螺子の飛んだ女子が出てくるのかと、余計な緊張に額から嫌な汗が垂れてくた。


 霧梅の背中をついて一階から二階に上がり、俺達は再び図書室へと足を踏み入れる。

 どうやら図書室を通った先にある部屋の中で、雛波薗という先輩は俺の来訪を待っているらしい。


 内裏雛の片割れ――お内裏様とお雛様。

 もしかしたら、篠森なら何か知っているかもしれないと思いアイコンタクトで問いかけてみたが、返ってきたのは小さく首を振る否定の仕草だけであった。


(わたくし)も副会長さんのお名前は初めて伺いましたわ」


「無理もねえさ、俺様と違って相方は力があるわけでもなければ輝いてもいやしねえからな。けど、会えばきっとわかる――つーか、俺がわからされた。あいつがどうして、あんたと会うことに執心したのかがよ」


 本棚の間を抜けていくと、奥の方から質素な扉が見えてくる。

 応接間と書かれたプレートを揺らして戸を開くと、彼女は下座のソファーに腰掛けてマグカップを口元に運んでいた。


 ――刹那、俺は脳裏で春雨の残した最後の言葉を思い出した。

 なんらかの縁があるわけでもない見ず知らずのお雛様が一体何の用事かと、先行きが掴めない展開に懐疑的な感情が湧き上がりつつあったのだが――その少女の姿を目に入れると同時に、俺は頭の中を埋めていた疑問符への答えを理解する。


 いや、違うな。

 理解したのではない――――無理矢理に理解させられた(・・・・・・・)のだ。


「おい、連れてきてやったぞ」


「ん。ありがとう、颯くん」


 ――私はあなたを知っている気がする。

 ――もっと身近な、まるで昨日も会っていたかのように。


 その言葉に――その既視感に、今だったら答えを示すことが出来る。

 春雨の感じたデジャヴの正体を――少女が俺に重ね見る、歪んだ隣人の錯覚を。


 彼女は両手に抱えていたマグカップをソーサーに置き、スカートの裾を押さえながら立ち上がって恭しく一礼をする。


「はじめまして、篠森眠姫さん。そして――はじめまして、鏡の外のわたし(・・・)


 幼げながらも妖艶な雰囲気を醸し出す彼女と、俺はこの学園で初めて邂逅した。

 しかして俺はその少女の姿を、生まれた時から知っているような気がしてならなかった。


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