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黒崎浩二は嘘をつく -幼馴染を守るため、異常なる0組で異能力バトルな世界を生きる-  作者: 望月朔
≪第二章≫黒崎浩二の過去と未来(決別編)
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【11】無明の星に華を咲かす

「……春雨途、一つ取引をしないか」


「取引……? この期に及んで、まだ私に何かやらせる気?」


「生存者は俺とお前の二人だけ。一対一で対等な交渉をするために、こっちの女子には眠ってもらったんだ……話くらいは聞いてもらうぞ」


「身動きの取れない女の子を相手に対等だなんて、黒崎くんもなかなかにサディストな価値観をしてるのね」


「だったら、これでどうだ?」


 壁にもたれかかる春雨の前に歩み寄り、顔の前で一度手拍子を打つ。

 直後、彼女も身に起きた変化に気付いたようで、自由を取り戻した手足を確かめるように動かすと、もの問いたげに俺を見上げた。


「……能力は使えないけど、動きは出来る。どういう風の吹き回し?」


「なに、お前には少しばかり力仕事をして貰いたいんでな。その細腕でも、女の身体一つくらいなら運べるだろ?」


「お姫様を背負って、どこかに案内しろってことかしら?」


「察しがよくて助かる」


 校内に足を踏み入れてからここまで歩いてきた際の雰囲気からして、ドレスを回収した帰り道に出くわしたようなルールを破った例外を除けば、おそらく今現在の雛壇学園には生徒はおろか教師の一人だって存在しない。

 ならば、本来許されざる行為――例えば、勝手に保健室のベッドを借り受けたとしても、生徒会が目をつぶりさえすれば咎められることはないであろう。


 『死亡』した篠森の目が覚めるまでの間、彼女を寝かせられ、かつ休憩出来るセーフティーゾーンを確保する。

 それが俺の目的であり、保健室は上の条件に最も適した場所であった。


「ここから保健室まではどれくらいの距離がある?」


「この校舎の一階にあるから、階段下りていけばすぐに着くわ。……まあ、案内するくらいなら構わないけど、どうして私にお姫様を運ばせようと?」


「男の俺が裸の女子を運んだとなると、また後々面倒なことになりそうだからな。不安の芽は先に摘んでおくに限る」


「ふーん。黒崎くん、意外と貞操観念が高いのね。合法的に美少女の身体を触れるチャンスだったのに」


「……いいから、さっさと案内しろ」


 わかりやすく眉をしかめて急かすと、春雨は「怒らないでよー」と軽口を叩きながら倒れた篠森の下に歩み寄り、カーテンにくるまれたまま『死亡』している身体を手慣れた動きで背に担ぎ上げた。


「見た目でわかってはいたけど、私よりも全然大きいわね」


「次余計なことほざいたら、二度とその口を開けないようにしてやる」


「きゃー、こわーい。おとなしくしてますよー」


 頭に響くような甘ったるい声を作り、まるで反省の色が見えない謝罪を口にする春雨。

 この手の人間を相手に常識を説くことの無意味さは十分理解していたけど、無駄口を叩かずに案内だけをしてくれと、再度釘を刺しておいた。


 篠森を背負った彼女に先導され、俺達は隠し部屋を後にして保健室に向かう。

 目的の休憩ポイントは本館一階の端っこ――ちょうど職員室の真正面にあるのだそうだ。


「しかし、黒崎くん強いのね。急な襲撃を受けても落ち着いているというか、場慣れしているというか……それでまだ0組の生徒じゃないなら、これまではどこで何をしていたの?」


「普通に、『超常特区(スキルテーマ)』の外で中学生をやってたよ。この都市に来たのだって、高校生になってからの話だ」


「へえー。外部から符号学園に入学して、一ヶ月経たずに0組の仲間入りと」


「可能性の話だがな。編入するかは、今日の一件を通して考えるつもりだ」


 1年0組への編入。

 いろいろと想定外な騒動に見舞われたせいで有耶無耶になりかけていたが、元をたどれば、俺は0組に編入するかどうかの判断をつけるためにこの訪問を受けたのだ。


「ふーん……向いてると思うわよ。だってあなた、見るからに0組らしい異常じゃない」


「もう何度も言われたよ。そしてお前は、俺が見るからに異常だとわかってて、あんな挑発的な言動を繰り返してたんだな」


「あら、言ったでしょ? 私、あなたみたいな頭の螺子が飛んだ人間、結構タイプなのよ」


「そりゃあどうも」


 どこまでが冗談かもわからない雑談を交わしているうちに、階段を下りきった俺達は保健室へと辿り着く。


 教師がいないのだから、当然ながら部屋の扉は施錠されている。

 しかし、扉のない教室ですら自由に移動出来る能力――『陥穽の法則(ホールインワン)』を前にしては、鍵の有無など何の障害にもなりはしなかった。


「本当に、トリック殺しのチート技だな」


 せめて出入り口の場所だけは守ろうと扉の部分に穴を開き、鍵のかかった保健室に侵入する。

 備え付けのベッドに篠森を寝かせてもらい、上から毛布をかけて身体を隠す。これで次に目を覚ましても、言い訳がしやすくなった。


「ご苦労だったな。もう一度俺が穴を開くから、そこから外に出ていってくれ。その後は、『死亡』している二人を移動させるなり自由にしろ」


 敵とはいえど、一応は篠森を運んでくれた彼女に労いの言葉をかけておく。

 後はもう、連続して『偽装(トリックスター)』を使用するための待ち時間――クールタイムが経過するのを待って、部外者を外に出せば一旦はおわりとなる。

 ベッド脇の丸椅子に腰を掛けて時間の経過を待っていると、春雨が不思議そうな目をして俺の顔を見つめてきた。


「……なんだ、まだ言うことがあるのか?」


「ねえ、黒崎くん。一つだけ、変なことを聞いてもいいかしら?」


 そう前置きをして、彼女は遠巻きにこちらを観察しながら奇妙なことを尋ねてくる。


「あなた、本当に私と会ったことはない? 本当に初対面?」


「当たり前だろ。俺がこの都市に来たのは、つい先月の事だぞ」


「そうよね……そのはずなのに、なんでだろう……私はあなたを知っている気がする。それも、顔見知りとかその程度じゃなくて、もっと身近な……まるで、昨日も会っていたかのように……」


「……? 何を言ってるんだ?」


 もしも、本当にもしもの話だが、『超常特区(スキルテーマ)』に来てから一ヶ月の間に――もしくは、彼女が『超常特区(スキルテーマ)』にいなかったくらいずっと昔に、偶然どこかで顔を見ていたという可能性は0ではない。

 けれども、だからといって、お互いが認識していないほどにおぼろげな遭遇を、まるで旧知の仲であるかのように錯覚することなどあるだろうか?


 既視感、デジャヴ――出会ったことがある気がする、そんな思い込みと勘違い。

 春雨もまた、自分で言っていることのおかしさに考えるだけ無駄だと悟ってか、俺の答えを待つこともなく、忘れて欲しいと前言を撤回した。


「変なことを言ったわね、ごめんなさい。お詫びというわけじゃないけど……一つ、あなたにいいことを教えておいてあげる」


「いいこと……?」


「私達三人官女――私と、あられと、桃子が、この先あなた達の前に立ち塞がることはないわ。一度敗北を喫したら、次からの戦闘には参加出来ないってルールがあるの。だから黒崎くんも、安心してそのボロボロの身体を休ませるといいわ」


「……気付いてやがったのか」


「体裁を取り繕ってるつもりだろうけど、そんな顔色を悪くしてたら誰だって気付くわよ。ベッドはもう一つあるわけだし、おとなしく横になっておきなさいね」


「……ああ、そうさせてもらうよ」


 入室時と同じ場所に穴を開き、手の甲で払うようにして春雨を保健室から追い出す。

 一度は俺を殺した人間のお節介とはいえ、純粋に気を遣ってくれた少女を厄介者扱いするのは少しばかり心苦しくもあったが、その思慮に応えているだけの余裕が今の俺にはなかった。


 春雨が部屋を去り、室内には俺と眠っている篠森の二人だけが残る。

 彼女の助言通り、俺もまたベッドを借りさせてもらおうと一歩足を踏み出して――――そして次の二歩目を踏み出す前に、身体は膝から崩れ落ちるようにぶっ倒れていた。


「くそっ……ちょっとばかり、無理をし過ぎたか」


 限界だった。外敵が消えたことで安心してしまったのか、わずかに緊張の糸が緩んだ瞬間、尋常じゃないほどの疲労と倦怠感に見舞われ、肉体は自力で這うことも出来ないほどに衰弱してしまう。

 蘇りの代償――『死亡』をなかったことにした埋め合わせが、ここに来て一気に襲い掛かってきたのだ。


 この都市における『死亡』――すなわち、『デッドシステム』による強制的な睡眠には、起こるべくして起こる二つの理由が存在する。


 真っ先に思い浮かぶのは、『死亡』することで一切の動きが封じられるというペナルティとしての側面。

 一時間近くに及ぶ行動不能状態をプラスに捉える人間などまずいないであろうし、この罰則があるからこそ『超常特区(スキルテーマ)』での戦闘は勝敗を決することが出来る。


 しかし、このペナルティとしての役割はあくまでも副産物でしかなかった。


 強制的な睡眠が施されるもう一つの理由。

 それは、『デッドシステム』による死の回避によって生じる肉体への負荷を最大限まで軽減させる、セーフティーとしての役割であった。


 眠らせる――すなわち、身体を自由に動かせなくすることで、修復によって生じる肉体へのフィードバックを減らす。

 それこそが、『死亡』状態を要する最もたる理由であり――そのセーフティーを強引に取り除いてしまえば、当然のことながら軽減されるはずだった負荷は全て己の肉体へと返ってくることになる。


 そして、これは前に一度、自分で自分を『死亡』させる実験をしてわかったことだが、『デッドシステム』がもたらすフィードバックは、気合や根性でどうにかできる類の生半可な負荷ではないのであった。


 痛みというよりは、苦しみに近いめまい。重い病気を患った時のような、全身を巡る気だるさと嘔吐感。

 春雨に篠森を運ばせることで、なんとか保健室まで辿り着くことは出来たが、負荷に耐え切れなくなった俺の身体は、指の一本すら動かせないほどに疲弊しきってしまっていた。


 眼前の景色が霞み始める。

 こんなところで寝てはいけないと警笛を鳴らす理性とは裏腹に、瞼はどんどんと重みを増し、睡魔は容赦なく脳の活動レベルを低下させていく。


 万力で頭蓋を締め付けられるような、激しい頭痛に襲われる。

 ざらついた鉄の味が口内を満たし、胃の奥から酸っぱいものがこみあげてくる。


 吐き出すことはなかった。

 どれだけ胸が焼けようとも、汚泥を排出する力すら残っていなかったから。


 だけど――だめだ、眠ってしまう。

 意識が、闇の底へと堕ちていく。


 眠ってはいけないのに。

 眠ることなど出来ないのに。


 神経系が疼き、研ぎ澄まされた皮膚感覚が身を裂くような痛みを想起させる。

 世界は暗がりに満ち、鉄の扉が冷たく俺を見下ろしている。


 それは、忘れることなど出来ない記憶――沈殿する自我にこびりついた悪夢が見せる、血と臓物に()えた醜穢(しゅうかい)再演(リアル)

 終わりゆく幻想は今日もまた、無明の星に華を咲かす。




 ――――少女のために、世界を壊したあの日のことを。


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