【10】未証人
≪7≫
雛壇学園生徒会――私が書記を務める我が校の生徒会は、その学園の名前になぞってか役員の職がひな人形に例えられている。
生徒会長はお内裏様で、副会長はお雛様。
そして私達のような名前付き――書記、会計、総務の役員は合わせて三人官女と呼ばれていた。
書記担当は私――春雨途。能力名は『陥穽の法則』穴をあける能力。
総務担当は穂麻谷あられ。能力名は『場内決闘』見かけ上の状態を同一にする能力。
そして、三人官女の最後の一人、会計担当は不知火桃子。能力名は『未証人』。
その効果は――気付かれなくなること。
能力発動中は、そこにいる誰もが彼女の存在に気付けなくなる。
姿は見えているのに、足音も聞こえているのに、何故だか彼女を認識することが出来ない。
己の存在を認識の外に置く――それが彼女の能力であった。
「……終わった、かな」
どさりと、男子生徒が倒れる音を聞いて、私は閉ざしていた瞼を開く。
死んだふりならぬ、『死亡』したふり――外の世界とは違って、『超常特区』では狸寝入りをするだけで『死亡』を偽装することが出来るのだから、それを使わない手はなかった。
もっとも、それだけお手頃に出来てしまうが故に、本当に『死亡』しているのかを確認するのもまた、この都市における戦いの定石ではあるのだけど。
「頭が切れる男の子ではあったけど、ここにきてまだ日が浅かったのかしらね」
「――――きっと、この怖そうな人でも騙せるくらい、途の死んだふりが上手だったんだよ」
ゆらりと、瞬きの前後で景色が揺らぎ、何もいなかったはずの空間にショートヘアの少女が現れる。
『未証人』を解除して姿を見せた桃子は、彼の足元に転がったナイフを拾いながら、私に向けて小さくピースサインを送っていた。
「いぇい。作戦成功だね」
「そうね……お疲れさま、桃子」
相変わらず、何の気配もない場所から登場するものだから、わかってはいても心臓がどきりと跳ね上がる。
「途の作戦通り、これで二人とも『死亡』させられたね。ただ今更だけど、このやり方はセーフだったのかな?」
事を済ませてしまった後で気にしても遅い話だが、桃子は今回の殺し方――暗殺という手段がルール違反にならないかを気にして、不安げに問いかけてくる。
「心配無用よ。ちゃんと生徒手帳を確認してもらって、それから『死亡』させてるもの。不意打ちではあるけど、ルール違反にはならないわ」
「そっか、途がそう言うなら大丈夫だね。僕の能力は、役に立ったかな?」
「ええ、もちろん。桃子の能力がうまく嵌ったおかげで、私達は無事に勝利することが出来たのだから、十分役に立ったわよ」
「えへへ……なら、よかったな」
愛用の小刀をポケットにしまいながら、桃子が照れくさそうに頬を掻く。
そう、彼女は本当にうまくやってくれた。0組のお客様方にルール説明を行うため、どうしても私とあられの二人は表立って対面する必要があった。
けど、桃子だけは――最後の一人である彼女だけは、その制約に縛られなくて済む。
説明を聞き終えた二人の前に、わざわざ気付かれない能力の優位性を捨てて姿を見せる必要はない。
だから、私とあられが説明役兼おとり役を引き受け、私達を倒して油断した隙を突いて桃子が0組を仕留める。
それこそが、私の考えた対0組戦用作戦のシナリオであった。
一時は私の能力が黒崎くんにコピーされちゃったり、あられとお姫様が裸で降ってきたりとで、どうなることかと思ったけど、最後にはしっかりと各個撃破で二人を倒すことが出来て本当によかった。
三人官女の参謀担当として、こうして作戦がうまくいった瞬間が一番報われた気持ちになれる。
今回は二人ともよく頑張ってくれた。
特にあられなんか、すっぽんぽんになってもなお戦い抜いてくれたみたいだし。
いや、もしかしたら絶世の美少女を前にテンション上がっちゃって、自分から勝手に水着を脱ぎ捨てたのかもしれないけど。
あの子、能力のためとか言いながら進んで脱いでる節もあるし。
まあ、いずれにせよ、一泡吹かせることも出来ずに負けた参謀に代わって、奮戦してくれた二人のことはちゃんと労ってあげなければ。
「けどその前に、まずは生徒会長に報告を――――」
催眠術の残滓がまだ抜けきっていないらしく、未だ手足が動かせない私はスマートフォンを取り出すことも出来ない。
だから、三人の中で唯一動ける桃子に、頼りきりで申し訳ないけどと連絡をお願いしようとしたところで――その段階になって、ようやく私は変化に気が付いた。
――――『死亡』したはずの黒崎くんの死体が、彼女の足元から消えていることに。
「桃子、後ろ!!」
勝利の余韻に浸っていたせいで、注意力が散漫としていた。
心臓に刃物を突き立てられ、確かに『死亡』させたはずの身体が勢いよく跳ね上がり、油断した桃子のがら空きな背中に襲いかかる。
私が声をかけた時にはもう、彼の手に握られたナイフは少女の背中と捉えていた。
そして――――
「悪いが、ここで一度死んでおけ」
――――その一言が終わる頃には、桃子の体は地面へと崩れ落ちてしまっていた。
***
死ぬっていうのは、なんとも言い難い妙な感覚だ。
思い返せば、あの転校生討伐戦の渦中においても、俺は奇跡的に命を落とすことは――『死亡』することはなかった。
だから、眼下に伏す少女の刺した一撃は、正真正銘この都市に来てから初めての『死亡』であった。
「なんで……あなたはちゃんと、桃子の手で殺されていたはず……!」
「ああ、殺されたよ。こんな俺でも一応は人間だからな、心臓を刺されたら簡単に死んじまうさ。『デッドシステム』に従い、俺はちゃんと『死亡』して――そして、ちゃんと蘇ったんだよ」
もちろんのこと、『狂言回し』には己を不死にする効果などないし、『偽装』のレパートリーに死の淵から蘇る能力があるわけでもない。
けれども、この『超常特区』という限定的な空間に限ってならば、俺は疑似的に蘇ることが――『死亡』をなかったことにすることが出来た。
『超常特区』における『死亡』とは、外の世界における死とは大きく意味合いが異なる。
『デッドシステム』による強制的な睡眠――それが、この都市においての死であり、『死亡』という状態である。
だから俺は、その強制的な睡眠をなかったことにした。
自身に精神に働きかけ、ほんの些細な刺激であっても即座に目を覚ませるように嘘をつくことで、眠りに落ちる意識を無理矢理に覚醒させるという荒業を――『狂言回し』の催眠を利用した裏技中の裏技で、俺は蘇りを可能としたのであった。
「蘇りだなんて……そんなの、ありなの……?」
「ありとかなしとかの問題じゃない。お前も俺も、死んだふりが得意だった――それだけの話だ」
『死亡』を無効化し、戦いが終わったと勘違いをした彼女達の不意を突いて、三人目の生徒会役員――会計担当の不知火を『死亡』させる。
背中を刺された瞬間は敗北の二文字が脳裏をよぎったが、土壇場の死んだふりがうまく働いたことで再度形勢を取り戻すことが出来た。
そして――問題は、ここから先の展開だ。