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黒崎浩二は嘘をつく -幼馴染を守るため、異常なる0組で異能力バトルな世界を生きる-  作者: 望月朔
≪第二章≫黒崎浩二の過去と未来(決別編)
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【0-5】つかの間の平穏の話

≪過去5≫


 年端も行かぬ子供の身にして、たった一人での生活を余儀なくされた小学四年生の夏。

 一通りの家事は父親から教わっていたけれど――今思えば、それもまたあの人が消える予兆だったのかもしれない――知識として持っていることと、それを実践するのとでは訳が違うもので。


 慣れない一人暮らしは、想像以上の苦労を伴うものだった。

 けれど、優華や彼女の母親――遊佐(ゆさ)さんの力を借りることで、俺の生活は少しずつ元の軌道へと戻っていった。


 そして夏の終わりと共に新学期を迎えれば、再び小学校に通う日々が始まる。

 いじめは相変わらず続いていたけど、みんなもまるで反応を示さない俺に飽きてきたのか、無視やからかいといったいたずら程度まで収まってきていた。


 少しずつではあるが、戻りつつある日常。

 そして、少しだけ変わった俺の心――優華への想い。


 母親が亡くなってから半年。

 あの時、俺が初めて自覚した感情――彼女への恋心は、あの日からずっと、一度だっておくびにも出さず心の奥底に秘めたままとしていた。


 伝える予定も、今のところはなかった。

 そもそも、優華が俺と一緒にいてくれること自体、幼馴染という要素がもたらしてくれた奇跡だというのに――偶然の連続で破綻することのなかった関係を壊してまで、これ以上の繋がりを得たいとは思えなかったから。


 かけがえのない彼女を失うことを恐れて、これ以上の幸せを求めず停滞を望んだ。

 このままずっと、一緒にいられたらいいなって――始まりは、そんな子供らしい純粋な恋心だった。


 ところで、この頃になると優華も低学年の頃の旺盛な好奇心は落ち着きを見せ、かわりに年相応の女の子らしい、少しだけ背伸びをした大人っぽい会話を好むようになった。


 小学生の頃は、男子より女子の方が精神の成熟が早いとはいうが、優華の場合はまさにその通りで。

 おとなしくなった彼女の興味は四方八方に散らしていた矛先を一点に定め、ちょっぴりませた話題ばかりを気にするようになっていた。




   ***




「……ねえ! 浩二はさ、その……大きいのと小さいの、どっちが好き?」


「……? まあ、大は小を兼ねるって言うし、大きい方がいいんじゃねーの?」


「大きい方がいい……浩二は、大きい方が好き……」


「なあ、一体何の大きさの話なんだ?」


「ううん! なんでもないよ!! うん……帰ったら、お母さんに相談しないと……」


「…………?」




   ***




「ねえ、浩二。キスって、どんな味がするか知ってる……?」


「……なんだ、藪から棒に」


「やぶ……ぼう……? あ、あのね、○○ちゃんがキスはレモンの味がするって言ってたから、本当にそんな味がするのかなーって……浩二は、どんな味がすると思う?」


「んー……普通に考えれば、最後に食べたものの味とか?」


「それじゃあ夢がないよ!」


「夢って言われても、実際にしたことがあるわけじゃねーからわかんねーよ」


「そ、そうだよね……じゃ、じゃあさ……!!」


「……? なんだ?」


「……わ、私と……ううん、やっぱりなんでもない!!」


「お、おう……そうか……?」




   ***




 そういえば、優華がよくわからない会話を振るようになったのも、この頃からだったように思える。

 知識ばっかりが頭に入っているだけで肝心の精神は幼いままだった俺では、たまに要領を得ないままに話が終わってしまうことも多かったが――それでも、意味がわからないなりにも、彼女との会話が楽しかったことはよく覚えていた。


 母親の死、父親の失踪。

 偶然と運命の悪い巡り合わせを乗り越え、ようやく戻ってきた日常の中で願った、最愛の少女への想い。


 くだらない雑談に花を咲かせながら、二人並んで同じ帰路を辿る。そんな幸せな日々がいつまでも――いつまでも、続きますようにと。

 そんなささやかな願いを、胸に抱いたことを。


 そして――その程度の願いすら打ち砕かれてしまった日のことを、俺は今でも忘れることが出来ていなかった。




 ――――小学四年生の冬、俺達は誘拐された。




 暴力を用いて、他人を自己の支配下におく行為――厳密には、略取と表現すべきか。


 優華が何者かに口を押えられて、俺が襲い来る何者かに抵抗しようとして――硬い塊に頭を強く打たれたところまでは、辛うじて意識を保っていた。

 ただし、そこから先はまるで記憶になくて――次に目を覚ました時には、俺達は真っ暗な薄汚れた部屋に閉じ込められていた。


 鉄の扉には鍵がかかっていて押しても引いてもビクとも動かず、ひび割れたコンクリートの壁には装飾品はおろか窓の一つすら備えられていない。

 天井につるされたむき出しの電球だけが、この独房のような部屋を薄暗く照らしていた。


 これが、俺達のターニングポイントとなった事件。

 この日を境に、黒崎浩二という人間失格の人生は――最低最悪の物語は、ようやく幕を開けたのであった。


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