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黒崎浩二は嘘をつく -幼馴染を守るため、異常なる0組で異能力バトルな世界を生きる-  作者: 望月朔
≪第二章≫黒崎浩二の過去と未来(決別編)
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【5】ビキニと下着と交渉のテーブル

≪3≫


「…………」


「どうでしょう? 何かとっかかりのようなものは掴めましたか?」


「……だめだ、全くわからん」


 校内の見取り図を片手に歩く篠森の後ろを付いて回る間、暇つぶしに数字の羅列と向き合ってみた俺だったが、結果はまるで進展なし。

 解読のためのヒントというか、規則性を見出すためのパーツが足りていないのか、少なくとも現段階の情報量では、記された数列に意味を見出すことは難しそうであった。


「黒崎さんでも駄目となると、もしかしたら実は暗号でもなんでもないいたずらの可能性も出てきますわね」


「だとしたら、こんな面倒な事をする意味がますますわからなくなるが……」


「生徒会の方にお会いしましたら、その時に伺ってみましょう。よもや、この暗号が解けるまでお話ししてくださらない、なんてことはないでしょうしね」


「まあ、それもそうだな」


 出合い頭に押し付けられた暗号の解読は一旦横に置き、俺達は当初の目的に焦点を戻す。

 本館三階の第二会議室――確かあの黒服は、まずはその教室に向かうようと案内していたな。


 下駄箱で持参してきた上履きに履き替え、廊下の角に面した階段を上り三階へ。

 外観から見て取れたとおり、校舎内もまた一般的な学校と同じような作りをしていた。


 なんというか、中学の頃を思い出す風景だ。

 木目調のタイルもそことなく似ている気がするし。


 教室の対面――廊下の窓際には、生徒用と思われるスチール製のロッカーがずらりと列をなしている。俺が通っていた中学では全員南京錠で鍵を掛けていたが、ここのロッカーには施錠されている様子がない。

 どうやら雛壇学園は、鍵一つで神経質にならなくていいくらいには治安がいい学校であるようだ。


「ちょうど、去年の話ですね。それまではこの第三区画でも下から数えた方が早いくらいに治安の悪かったこの学校を、当時一年生の身にして新しく就任した生徒会長が、見事に改革してみせたのだそうですわ」


「へえ、そりゃあすごい」


 去年で一年生ということは、今は二年生――俺達より一つ年上の人間か。


 年上と知って、身体が強張るのを感じる。

 生徒会長という役職を考えれば、間違いなく学年が上だということは事前に理解していたのだが、やはり知らない人間――それも相手が年上となると、普段以上に緊張を隠せなかった。


「ちなみに、篠森はその生徒会長と面識はあったりするのか?」


「いえ、名前を知っているくらいで、実際にお会いするのは今日が初めてですわ。ですが、その当時、他校の中学生であった(わたくし)でも知っているくらいには、有名な方なのでしょうね」


「有名人、か……」


 相手は有名な生徒会長、隣にいるのは高名な学級委員長。

 そして俺は、転校してきたばかりの無名なペーペー。


 場違いな雰囲気が否めないけど、ここまで付いてきて緊張したので帰りますは通らないだろうし、小物は小物なりに肩を狭くして後ろを付いていくしかなかった。


「しかし……休日とはいえ、ここは静かなものですわね」


 そう言われて、ここに来るまでの道中、あの黒子以外の人間と一切すれ違っていないことに気付く。


 窓の外に目を向けても、グラウンドには人っ子一人いやしない。

 普通の学校――少なくとも符号学園なら、休日も部活動に励む生徒達で学校は活気づいているのだが、雛壇学園では休日は学校に来ることを禁じられていたりするのだろうか。


 それとも、今日の交流会に合わせて人払いをさせたとか?


「もしかしましたら、(わたくし)達の来訪に合わせて、一般生徒の方を避難させたのでしょうか」


「いや、まさかそんなわけ……」


 異常なる0組――改めてその看板の重さを思い出し、頬が僅かに引きつる。

 たかだか生徒二人の訪問に対して、災害への弥縫策みたいな処遇を下されるだなんて、そんな馬鹿げた話があるものかと一笑に付してやりたかったが、小耳に挟む0組の評判を考えると、あながちあり得ない話でもなくで笑えなかった。


 しかし――理由がなんであれ、さすがに静かすぎる気はしないだろうか?

 机や椅子を動かす物音一つ聞こえてこない廊下に、二つの靴音だけが木霊している。


 本当にここで人間が生活しているのか、それすら怪しく思えてしまうほどの静寂の中、それでも黙々と足を進めていた俺達は、ついに誰とも遭遇することなく第二会議室前まで辿り着いてしまった。


「……なあ、篠森」


「ええ、そうですね。ここには、誰も待ってはおりません」


 この距離まで近づけば、室内を確認せずともわかる。


 念のため篠森が扉を叩いてみるが、無人の教室から反応が返ってくるわけもない。

 引き戸には鍵がかかっておらず、手をかけると何の抵抗もなくその戸口を開く。


 第二会議室であるらしいその部屋には、一般的な会議室になら備えられているはずの物品が、何一つとして存在していなかった。


「見事にもぬけの殻ですわね。夜逃げでもしたのでしょうか?」


「学校の会議室から荷物を引き払って、一体誰から逃げてるんだか」


 がらんどうな教室の中心に、よくある学習机が一台ぽつんと置かれているだけ。

 椅子もなければ、ロッカーもない。黒板はあったが、チョークや黒板消しといった小道具の類は軒並み取り去られている。


 入念というか、神経質というか。

 部屋という概念から物を徹底して排除されていることで、必然的に中心の机へと視線が吸い寄せられた。


「……あの机の上、何か置いてあるな」


 昼間であっても、片側しかない窓からの採光では室内は薄暗い。


 すぐそばの壁にあったスイッチを押して教室の明かりをつけてから、罠の可能性も考慮しつつ慎重に学習机まで歩み寄る。

 机上には、校門で渡された暗号の紙と同じような、真っ白な面に機械的な文字を記しただけの紙が一枚、今度は表向きの状態で置かれていた。



『一つ。雛壇学園生徒会は、生徒会長、副会長、書記、会計、総務の五つの役職からなる。

 一つ。解釈上で例外となるものは、普遍なものとする。

 一つ。始まりから終わりまでは連なったものであるとする。ただし、始まりが始まりであるとは限らない。』



「……また、わけのわからねえ文章が出てきやがったな」


 封筒に入っていた暗号に続いて、これで二枚目。

 今度は数列ではなく文字列であったが、内容が意味不明だという点に変わりはなかった。


 一つ目の文章は、まだ理解出来る。

 この場で役員の職名を提示する趣意は不明だが、それでも文章の内容自体は読み取ることは出来る。


 残りの二つも、日本語で書いてあるだけまだ一枚目よりはマシかもしれない。

 しかし、それでも意図をはかりかねる内容が記されているだけなのでは、五十歩百歩もいいところであった。


「順当に考えますなら……暗号のヒントでしょうか?」


「おそらくは、そういうことだろうが……」




「おそらくじゃなくて、それで正解だよ」




 何の予兆もなく挟まれた三人目の声――少し低めな女子の声に、俺と篠森は同時に後ろを振り返った。


「ちゃんと二人で来てくれたんだな。感謝するよ、0組さん」


 迂闊にも扉を閉め忘れていたことで、音で気付くことの出来なかった第三者の登場。

 無防備な俺達の背中に声をかけてきた主――扉の縦枠に寄りかかって腕を組んでいたのは、一人の見知らぬ女子生徒であった。


 おそらくは雛壇学園の生徒なのであろう。

 生徒だと断定出来なかったのは、その少女が制服を着ておらず、なぜかビキニ姿だったから。


「……いや、なんでビキニ?」


 ブラジャーに似たトップスにショーツを組み合わせた、想像に難くない黒の三角ビキニ。

 百歩譲って、制服を着用していないことについては不問にするとしても――隣にもドレスを制服と称する自由なお姫様がいるし――水辺でもない、何の変哲もない校舎の中にいるにもかかわらず、さも当たり前ですといったすまし顔をして堂々とビキニで立つ少女の姿は、申し開きが出来ないほどにミスマッチな光景であった。


「おっと、自己紹介がまだだったな。あたしは雛壇学園生徒会1年、総務担当の穂麻谷(ほのまたに)あられだ。そちらさんは、符号学園1年0組代表者のお二方であってるかい?」


「ええ、(わたくし)達がそうですが……」


 雛壇学園生徒会――総務担当。

 彼女の自己紹介が偽装されたものでないのなら、目の前にいるビキニ女は俺達を招いた生徒会のメンバーということになる。


 ……大丈夫なのか、ここの生徒会?


「あえて最初にお尋ねいたしますわ。雛壇学園の制服は、いつからそこまで布面積が少なくなっていたのでしょうか?」


「あっはは、んな馬鹿なことあるわけないだろ! こいつはただ、あたしが趣味で着ているだけだよ」


「変態じゃねーか」


「変態ですわね」


「おおっと、二人揃って辛辣なことだ」


 生徒会庶務の正体は、ビキニ姿で校内を歩き回る変態淑女だった。


 単なる見せたがりの露出魔なのか、もしくは服を着ることが嫌いなタイプの人間なのか。

 どちらにせよ、なるべく関わりたくないタイプの人種であることに違いはないのだが、彼女らの組織に招待された身としては、目を背けたくとも無視するわけにもいかなかった。


「それで、変態の穂麻谷さんでしたっけ? (わたくし)達はこの教室で生徒会の方々が待っていると伺ってここまで来たのですが、この有様は一体どういうことなのでしょうか?」


 異常とは方向性が異なるとはいえ、変人への対応にはある程度の慣れがあるのか。

 未だに衝撃の抜けきらない俺とは違い、早い段階で冷静さを取り戻した篠森が、冷ややかな目線と共に問いかける。


「うーむ、確かにあたしは変態だが……こう何度も罵られていると、流石に傷つくものがあるな」


「でしたら、まともな恰好をして出直してきてはいかがでしょう」


「いや、それはあたしのポリシーに反する。あたしはこのビキニ姿を正装と決めているんだ」


 そんな恥も外聞もないポリシーなんか捨ててしまえ。

 ようやく正気を取り戻してきた俺の心がそう叫ぼうとしていたが、空気が喉を通り越す前に発言を遮られ、穂麻谷が右手をこちらに差し向けてくる。


「そういうわけで……ちょいとお姫様、あたしに合わせてもらってもいいかい?」


 口元に笑みを浮かべ、指を鳴らした次の瞬間――――




 ――――篠森のドレスが、まるで彼女の体をすり抜けたかのように、何の抵抗もなくストンと床に落ちた。




「…………は?」


「――――!?」


 篠森のドレスが、綺麗に脱げた。

 いや、ドレスだけじゃない。靴も、靴下も、髪飾りも――身に纏っていた下着以外のものが全て彼女の体から剥がれ落ち、会議室の床に散乱していた。


「よしよし、これでもうあたしを変態とは呼べないぞ? なにせ、あんたもあたしと同じ格好をしてるんだからな」


「水着と下着とでは、意味合いが異なりますわ!」


 篠森は慌てて両手で身を庇いながら、切れ長の目つきに鋭角を纏わせて抗議の言葉を喚く。

 穂麻谷が能力を使った。そこまではわかる。けれど、それ以上奥へと思考を働かせることが出来ない。


 一体何が行われたのか、理解がまるで追いついてこない。

 眼前に広がる非日常な光景が混乱を呼び、あらゆる過程に考察が及ばず、完成した結果だけが現状を語る。


 人形さながらの美しさをしたお姫様が、純白の下着のみを身に付けた姿で立っている。

 それが、俺の脳内を飛び交う情報の全てであった。


「おっと、いけないいけない。あたしとしたことが、男の子のいる前で脱がせてしまうとは。ここから先は男子禁制なんだ、そこのあんたには悪いがちょっくら退場してもらうよ」


 未だ騒乱冷めやらぬうちに、穂麻谷が次の行動に出る。

 退場――その単語が耳に届くよりも前に、眼下に生じた異変で言葉の意味を理解する。


 現象は、彼女が話を終えるよりも前から始まっていた。

 気が付いた時にはもう、足元の床がぽっかりと消滅していたのであった。


「しまっ――――!」


 落とし穴。古来より存在する、侵入者を捉えるためのシンプルな罠。

 戦いの準備も、心構えも出来ていなかった状態ではこの予期せぬ不意打ちの連続に対応出来るわけもなく、重力の腕に足を引っ張られ、俺の身体は穴の中へと落ちていく。


 三階の床が抜ければ、下に見えるのは二階の床。教室の天井の高さってのは、大体三メートルくらいだっただろうか。

 無防備に叩きつけられれば大怪我に繋がりかねない高度ではあったが、危殆に瀕したことで平和ボケしていた精神のスイッチが強引に切り変わり、着地の直前に宙で身体をひねり上げて受け身を取ることで、可能な限り衝撃を外に逃がす。


 バチンと、鈍い落下音が打ち付けた皮膚と頭に響く。

 痛みが残ってはいたものの打ちどころ自体は悪くなかったおかげか、なんとか立ち上がれるくらいにはダメージを抑えることが出来ていた。


「……ちっ、やられたか」


 天井を見上げると、今しがた抜け落ちてきた大穴は既に塞がれていた。

 ひび割れも切り傷もなく、穴が開いていたという痕跡そのものが消えている。


 落とし穴を作る能力、といったところだろうか。

 わざわざ俺だけを狙って落とされ、退路を断たれたということは――


「――目的は、俺達を分断することか」


「ザッツライト、その通り! そしてようこそ、私の部屋に」


 誰に向けたわけでもないはずの独り言に、答える明朗な声があった。


「……お前は、さっきのビキニ女子の仲間か?」


「ええ、そうよ。そしてついでに言うなら、私もあられと同じ生徒会の役員だったりして」


 机の角に腰を掛けているその少女は、穂麻谷とは違ってきちんと制服を身に纏っていた。


 明るくも落ち着きを払った声色に、上の変態とは違って常識人な雰囲気を感じ取る。

 しかし、外見からの第一印象とは裏腹に、直感が――あるいは、嘘つきとしての経験則が、妖艶な微笑に警笛を鳴らしていた。


 この分断作戦を提案したのは――俺達を罠に嵌める策を練ったのは、間違いなくこの少女だと。


「私は雛壇学園生徒会1年、書記担当の春雨途(はるさめみち)


 少女は――春雨途は、身体を前に揺らして立ち上がり、一歩前に踏み込んでくる。


「はじめまして。そして、よろしくね来訪者くん」


 最悪の形での遭遇ではあったが、ここにきてようやく俺達の前に、交渉のテーブルが用意されたのであった。


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