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黒崎浩二は嘘をつく -幼馴染を守るため、異常なる0組で異能力バトルな世界を生きる-  作者: 望月朔
≪第二章≫黒崎浩二の過去と未来(決別編)
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【1】チェスとお姫様と秘密の賭け事

≪1≫


「失礼ながら、黒崎さんにはお友達がいらっしゃらないのですか?」


「……なんか、デジャヴを感じる質問だな」


 五月初旬――転校生討伐戦からおよそ三週間が経過した。

 進学直後で浮かれていた空気もだんだんと落ち着きを見せ、授業も本格的に高校らしい内容を学び始めた今日この頃、俺は一人で0組の住処である『ホーム』を訪れていた。


 相変わらず、ここが学内だということを忘れてしまいそうなくらいに豪奢な、お姫様の趣味に染まった西洋風の部屋。

 てっきり、これだけ快適な空間を自由に出来るのだから、入り浸っている人間がもう少しいるものかと思っていたが、部屋の中には改築の主犯――篠森眠姫の姿しか見受けられなかった。


「なんだ、意味もなくここに来ちゃいけないってか?」


 売り言葉に買い言葉で返しながら鞄をソファーの上に放り、食器棚からティーカップとソーサーを取り出す。


「ふふっ、冗談ですわよ。ただ、普段は優華さんといらっしゃることの多い貴方が、お一人で訪ねてくるなんて珍しいなと思いまして」


 定位置の執務机に座っていた篠森が、インスタントの茶葉を手渡してくれる。

 お湯を注ぎ、受け取った茶葉をこして紅茶をいれた俺は、放った鞄の隣に腰を下ろした。


「……いい家具使ってんな、うちに欲しいくらいだ」


「そのソファーでしたら、うちのグループで経営してる家具屋の商品ですわね」


「なるほど、そりゃあ座り心地もいいわけだ」


 国内有数の巨大財閥――篠森財閥の誇る一品ともなれば、それはそれは質の良い素材を使ってそれ相応の金額で売っていることだろう。

 備え付けのソファー一脚でどれくらいの値段がするのかはわからないが、この疲労を一切蓄積させない程度の心地よい弾力性を帯びたふかふか感には、用がなくても『ホーム』を訪ねたくなってしまうくらいの、人を引きつけて離さない魔力があった。


 そういえば、世の中には人を駄目にするソファーなるものがあるんだっけ?

 まあ、本当にただソファーに座るためだけに来たわけではないのだけど。


「別に、特別な用事があったわけではねーよ。優華の部活が終わるまでの暇つぶしにでもと思ってな」


「ああ……そういえば、外部生の方々は今日からが部活動の開始日でしたわね」


 優華の入部した女子テニス部は、土日を含めて週に四日のペースで活動をしている。

 入学式の日にもテニスボールを打ち合っていた綴や夢野のように、中等部からの持ち上がりの内部生は四月中も活動を行っていたのだが、俺や優華のように高等部から入学した外部生は五月からが活動開始となっていたため、優華にとっては今日が初めての部活動参加なのであった。


「一緒に帰るお約束をしているのですか?」


「中学の頃からの成り行きでな。優華が部活の日は、俺が優華の終わりを待って一緒に帰ることにしてたんだ」


「さすがは幼馴染、と言っておきますわ。しかし……こうして時間を持て余すくらいでしたら、黒崎さんも部活動に入ってみてはいかがでしょうか? 暇もつぶれますし、帰宅時間も合わせられますし、一石二鳥かと思われますが」


「まあ、それはそうなんだが……」


 部活動に入るとなれば、否が応でも大勢の人間と行動を共にすることになる。

 根本的に団体行動そのものを苦手とする俺にとって、その極致ともいえる部活動への参加は出来るだけ敬遠しておきたいものであった。


「中学生の頃は、何か部活動に入っていたのですか?」


「一応、文芸部に所属してたよ」


「文芸部ですか……たしか、符号学園にも同じような部活動があったと思いますが」


「いや、別に文芸部が好きで入ったわけじゃないんだ。中学の頃は、部活に入ることが義務づけられてたんで、仕方なくやってただけで」


「あら、そういう事情がおありになられたのですね」


 それに、文芸部を選んだ理由も一年の頃に先輩が一人、三年の頃に後輩が一人ついていただけで、ほとんど集団行動をせずに済むからという怠惰な理由であって。

 あの頃の文芸部に思い入れはあっても、こっちの文芸部に入ろうという気持ちは特になかった。


「ていうか、そういうお前の方は部活に入ってるのか?」


「いいえ。まさか、高校生になっても部活を続けられるだなんて、夢にも思っておりませんでしたから」


「……悪い、そうだったな」


 見えている地雷を踏んでしまったことに気付き、素直に謝罪の言葉を告げる。


 いばら姫の呪い。そもそも、高校生まで生きていられる保証もなかった篠森にとって、部活動なんて選択肢にすら入っていなかったことだろう。

 続けられるものなんて――未来なんて、彼女にとっては奪われるだけのものでしかなかったのだから。


「謝らないでください、黒崎さん。こんな皮肉を口に出来るのも、黒崎さんに救われたおかげなのですから。それに、仮に部活に入れたとしても、(わたくし)は学級委員長ですので入らなかったと思いますわ」


「学級委員長か……」


 先ほど紅茶を入れる際にちらっと目を通した程度だが、篠森の机にはなにやら小難しいことの記された書類がそれなりに並べられていた。

 あれらも、学級委員長の仕事の一つなのだろうか。


 しかし、あの個性豊かな問題児をまとめ上げる役職とは、なんとも骨の折れそうな仕事である。

 今も手元の資料に筆を走らせながら会話を続ける彼女の姿を見ていたら、何故だか労わってやるべきなのだろうかなんて、柄でもなくねぎらいの気持ちが湧き上がってきた。


「……紅茶、お前も飲むか?」


「……珍しいこともあるものですわね。明日は槍でも降るのでしょうか」


 わざわざ筆を止め、顔をこちらに向けてまで目を丸くしてみせる篠森。

 いちいち大げさなリアクションをする奴だと、己の中の慰労心がみるみる萎んでいくのが感じられたが、その後で素直に「入れていただけますか?」とはにかんだその笑顔に免じて、紅茶はちゃんと入れてやった。


「そういえば、他の0組のやつらは部活に入ってたりするのか?」


 入学当初に夢野から聞いた話では、住んでいる世界が違う存在である一方で、普通に部活動に加入している0組の生徒もいると言われていた。

 今この場に篠森しかいないということは、他のやつらは全員部活動に励んでいたりするのだろうか。


「いいえ、全員ではございませんわ。雫さんと蛍さんはアルバイトの方が忙しいため、部活動には加入しておりません」


 再び書類の束と向き合いながら、篠森はそう答える。


 アルバイト――例のカフェ店員の仕事か。

 葛籠と霜月は短期で福引きスタッフのバイトをしていたが、一ノ瀬姉妹は長期で店員のバイトをしていたんだな。


「それと、翡翠さんも帰宅部ですわね」


「あいつにも何か理由が?」


「めんどくさいからいいや、と本人はおっしゃっておりましたね。まあ、翡翠さんの場合ですと、中学三年生からこの学園に転校してきた都合もあり、途中から入りづらかったというのもあるのでしょう」


「……まあ、あいつが入ろうとしないのはなんとなくわかるな」


 翡翠は俺のように集団行動が苦手というわけではないのだろうが、だからといって進んで組織に取り入られる人間にも思えない。


 つかず離れずの距離感を保ち、一歩後ろから全体を俯瞰する。俺とは違う意味で、集団に馴染めない――馴染もうとしない人間。

 あの日――翡翠に昔の話をしたあの日、俺があの男に抱いたのはそんなイメージであった。


「――ってことは、それ以外の四人は全員部活をしてるのか?」


「ええ、そうですわね。葛籠さんとこおりさんは軽音部、小百合さんは戦闘部、繰主はダーツ部にそれぞれ入部しておりますわ」


 軽音部にダーツ部とは、意外と普通の部活動に所属しているな。

 戦闘部に関しては、字面からして既に不穏な空気が出てはいるものの、『超常特区(スキルテーマ)』の特性を鑑みれば、あってもなんら不思議ではない。


 翡翠を除けば、全員が何らかの形で組織に属している。

 どうやら、0組の存在を部活動不参加への言い訳にするのは難しそうであった。


「なんにせよ、そう焦る必要もありません。部活動には後からでも参加出来ますし、この学園に慣れてからでも遅くはないでしょう」


 そんなフォローの言葉で話を締めくくり、両腕を掲げて背もたれに寄りかかった篠森は、んんっ、と吐息を漏らして体を縦に伸ばす。


 作業がひと段落ついたのだろうか。

 彼女は楚々とした所作で席から立ち上がると、食器棚の隣の引き出しからチェス台を引っ張り出し、駒の入った箱と台を手に持って正面のソファーに腰を下ろした。


「なんだ、またチェスを打つのか?」


「どうですか? いい暇つぶしにはなるかと思いますが」


「ああ、いいぜ。やろうか」


 転校生討伐戦の二日目以来となるチェスでの対決。

 たしか、あの時は二勝二敗で引き分けに終わったんだったか。


 久々の再戦だ、ここで決着をつけるとしようか。

 なんて、意気込みながら駒を並べていると、篠森から一つ提案を挙げられた。


「せっかくですし、何か賭けでもいたしませんか?」


「へえ……箱入りのお姫様が、随分と俗世にまみれたことを言うもんだ」


「あら、賭け事もまた貴族のたしなみですわよ?」


 そう言って篠森は、挑発的にウインクをしてみせる。


「なるほどね……いいぜ、乗ってやるよ。何を賭ける?」


「では、黒崎さんが勝ちましたら、なんでも一つ言うことを聞いてあげましょう」


「は!? なんでも!?」


 話の流れでサラッと事も無げに言うものだから、思わず大声で聞き返してしまった。

 表面上ですら平静を装えない。なんでも言うことを聞くだなんて……この女、なんつー大胆な賭けを仕掛けてくるんだ。


「ええ、なんでもですわ。何でしたら、えっちなことでもいいのですよ?」


「冗談言うな……そんな願いは口が裂けても言えねえよ……」


「ふふっ、意外と純情派なのですわね」


「そんな綺麗なものじゃねーよ、もっと現実的なリスクの問題だ」


 そんな下心しかない賭けをしたなんてばれたら、優華になんてどやされるか。あと、護人にレイピアで心臓をぶっ刺されるだろうし。


「ただし……(わたくし)が勝ちましたら、黒崎さんには本日ここを訪れた本当の理由を教えていただきましょうか」


「……なんだ、全部お見通しか」


 『ホーム』を――1年0組の拠点を訪れた本当の理由。


 別に、ひた隠しにするほど大層なものではなく、わざわざ賭けの対象になんてされなくても、聞かれたら普通に答えてやるくらいの理由ではあったが――ここまで挑発されて引いたら、男が廃るというもの。

 篠森には悪いが、本気で勝ちにいかせてもらうとしよう。


「おーけー、賭け事成立だ。俺に本気の賭けを挑んだことを、後悔するんだな!」


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