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【1】ある休日のお出かけデート

 休日の生活スタイルに、性格は表れる。


 平日には出来ない部屋の掃除を行うもよし。ここぞとばかりに惰眠を貪るもよし。

 お洒落をして友人と羽を伸ばしに行くもよし。一人気ままにウィンドウショッピングを楽しむもよし。


 これはあくまでも俺の考えだが、下手な心理テストを繰り返すよりも、その人間の休日の過ごし方を尋ねた方が、相手の性格を深く知れるのだと思うのだ。


 誰だって自由な時間に、好き好んで嫌いなことをする人間はいないだろう。

 極限状況などではなく、その対極にある平和な状況でこそ、人の本質は表れる。


 例えばこの俺――陰気根暗コミュ障とあらゆる負を煉りこんだ泥から出来た人間であるこの黒崎浩二は、日課のランニングと簡単なトレーニング以外の用事では、基本的には家から一歩も出ない休日を送っていた。


 インドア派なのかと問われれば、そんな綺麗なものではない。

 単純に家を出るのがめんどくさいだけという、引きこもりここに極まれりといった理由でしかなかったから。


 当然のことながら、特に家を出る用事もないのだから、休日の起床時間は人と比較しても特に遅い。正午近くまで寝ていることなんてしょっちゅうである。

 と、そんなつまらない休日を送る俺だったが、今日は少しばかり違っていた。珍しく、外出の用事が出来たのだ。


 平日よりは遅いが、それでも普段の休日に比べたらだいぶ早い時間に起床し、普段ならぼさぼさのままで過ごす髪型と、それから身だしなみもちゃんと整える。

 なにせ今日は、優華とデートをする日なのだ。いつも通り――いや、いつも以上に身だしなみを整える必要があった。


「……まあ、優華の方はデートだなんて思ってはいないだろうけど」


 昔から、買い物に付き添うことはよくあったからな。

 今日だって、特別な意味合いがあるわけではなく、いつも通りのお手伝い――つまるところの荷物持ちだろう。


 うきうきと心を弾ませるような用事ではない。

 というか、俺の性格にうきうきなんて擬音は似合わないし。


 だから、いつも以上に……なんて思ってはみたけど、結局のところはいつもと変わるところなんてない。いつだって優華の隣に立つ時は、万全を期しているのだから。

 俺という駄目人間のせいで、彼女の品位が損なわれないように。


 なんて、日に三回はしている自虐はほどほどに、家を出る準備が整ったところで、インターホンが音を立てて客の来訪を告げる。

 ショルダーバックを肩にかけ、そのまま外出できる状態で玄関に向かう。靴を履いて扉を開けると、予想通りその向こう側には俺を迎えに来た優華の姿があった。


「浩二、おはよ!」


「ああ、おはよう」


 今日は休日だから、優華もいつもの制服ではなく私服で外に出ていた。


 真っ白なシャツの上に、春らしい桜色キャミワンピース。

 いつもと違うといっても、幼馴染としてはもう見慣れているはずなのに、何度だって彼女の私服姿を見ているだけで、胸が高鳴ってしまうのをおさえられない。


 ファッションなんて毛ほども知らないけど、多分優華なら何を着ても似合う気がする。

 なんて、さすがにそれは幼馴染補正が入っているのだろうか。


「出かける準備は……もう出来てそうだね。よし、それじゃあバス停まで行こっか!」


 服装は変わっても、気分は変わらずハイテンションな優華に連れられ、俺は駆け足気味に寮の階段を降りる。


 それは、なんてことのない一日の始まり。

 きっと今日は、何一つ不思議なことなど起こらずに終わるのだろうと、そんなことがわかってしまうくらいに平穏で退屈な空気を感じながら、俺は一歩足を踏み出すのであった。




   ***




 改めて確認するまでもないが、『超常特区(スキルテーマ)』は能力者を集めるための都市であり、そして島である。

 本土からそれほど離れてはいないが、目視出来るほど近いわけでもない。そんな微妙な位置に浮かぶ島で、俺達は生活を送っていた。


 『超常特区(スキルテーマ)』はいわゆる都道府県に対する市区町村のように、島を第一区画から第五区画までの五つに分割し、それぞれの区画に分けられて管理、運営が行われている。

 ちなみに、俺達が住んでいるのは第三区画――『超常特区(スキルテーマ)』内でも最も広い面積を誇る区画であった。


 しかして、島のサイズ自体がそれほど広いわけではないため――もちろん、一般的な島に比べれば数倍以上はある大きな島ではあったが――区画の中で最も広い第三区画であっても、鉄道網を張り巡らせる必要性があるほどの面積は存在しない。

 そういう理由もあってか『超常特区(スキルテーマ)』で生活する学生は、長距離の移動には電車ではなくバスを利用するのが当たり前となっていた。


 ――――そう、とても都合が悪いことに、乗り物酔いの激しい人種には難敵であるバスが、生活の基盤となっていたのだ。


「浩二、大丈夫?」


「……大丈夫だ。少し乗るくらいなら、そこまで悪くはならない……はずだ」


 長らく敬遠していたからだろう。バスなんて久々に乗るものだから、自分がどれくらい弱かったのか、その感覚すら忘れてしまっている。

 今のところは若干気分が沈むくらいで済んでいたが、いつ顔色が青くなるか自分でも見当がつかない。


 このまま無言でバスの揺れを鮮明に感じ取っているのはまずい。

 少しでも気を紛らわせるために会話でもしておいた方がいいと判断した俺は、あとどれくらいで着くのかの検討を付ける意味も含め、再度行き先についての確認をしてみた。


「確か、今向かってるのは『パルクール』っていうでかいショッピングモールだったよな?」


「うん、そうだよー。友達に教えてもらったんだけど、第三区画に住んでる人たちはみんな、『パルクール』で買い物を済ませるんだって」


 一極集中型の都市構造。

 さながら駅前にスーパーやデパートやアミューズメント施設やらが集まるのと同じように、『超常特区(スキルテーマ)』でもまた、主要な商業施設はすべて一カ所に集められているようであった。


 そういえば、『パルクール』に向かうことは聞いていたが、具体的に何をしに行くのかまでは聞いてなかったな。


「今日は、何か目的があったりするのか?」


「うーん……メインの目的は二つあるんだけど、他にもこれから使うことになるショッピングモールを色々見て回ってみたいっていうのもあるんだよね」


「つまりは、ウィンドウショッピングか」


「そんな感じかな。ほら、きっとこの先、浩二も使うことになると思うから、色々見ておいて損はないと思うよ!」


 メインの目的二つとはなんなのか。

 それを尋ねようとしたところで、ちょうどバスが『パルクール』に到着した。


 ……まあ、目的は後で聞けばいいか。

 今は一刻も早く、バス車内特有の乗り物酔いを誘う臭いから逃れることが先決だ。


 乗客の大多数と共に、バスから降りて地に足を着ける。

 ようやくバスから解放され、新鮮な外の空気に触れて一息……といきたいところだったが、今度は視界を埋め尽くす人の密度に、別の意味で気が滅入りそうになった。


「……すげえ人の数だな」


「うん、思ってた以上に混んでるんだね」


 外観からでも見てとれる、話に聞いていたとおりの広大さと――それから、訪れている客の多さ。

 百は優に越える店舗が集結する超大型ショッピングモール。

 その見た目はどちらかといえばアウトレットモールに近い形をしており、大小さまざまな店舗に囲まれた石畳の歩道は、大勢の人間であふれかえっていた。


 優華の言っていたとおり、第三区画中の人間が全員集まっているといわれても納得出来る混み具合だ。

 人混みが苦手な俺は、見ているだけで眩暈がしてくる。


「こんなに人がいるのは予想外だったなー……予約しておくべきだったかな?」


「予約? 昼飯か?」


「うん、そう! 友達に教えてもらったお店があってね、今日はそこでお昼ご飯を食べたいなって思ってたんだ」


「有名な店なのか?」


 有名店ならば大行列になっていても不思議ではないが、そうでないなら席が空いている可能性もある。


「うーん、どうなんだろ……毎日すごい混んでるとまでは言ってなかったから、もしかしたら空いてるかも?」


「とりあえず、行ってみるか」


「そうだね!」


 とにもかくにも、見てみなければ始まらない。


 そう言って俺達は優華の先導のもと、その友達に紹介されたというお店へと足を進める。

 幸い、目的のお店はバス停からそう遠くない位置にあったようで、歩き始めてから数分ほどでたどり着くことが出来た。


「あ、ここ! ここのお店がそうだよ!」


「へえ……レストランというよりは、カフェの方が近いか?」


「そんな感じの見た目だね」


 壁の大半がガラス張りになった、洋風建築の一軒家。

 アフターヌーンティーとかで立ち寄るのが似合いそうな、洒落たカフェである。


 窓越しに確認した様子だとそれなりに混んではいるが、それでも二人分の席くらいはありそうだ。

 カランカランと小気味よいドアベルの音を響かせながら、ガラス戸を引いて中に入る。

 店内は一定の秩序を保った会話のざわめきに満ちており、調和の取れた空気からお店の雰囲気の良さを感じ取れた。


「いらっしゃいませー! 少々お待ちください!」


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