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【28】眠れる姫のおこしかた

「だったら、とっとと扉をこじ開けようぜ。俺は考えるより先に体が動くタイプなんだよ」


「……そうだな。いつまでも観察してたって、状況は何も変わらないか」


 葛籠の言葉に突入を決意した俺達は、『身体転移テレポート』の時間制限で能力が使えなくなっている雫を後ろに下げさせ、それから葛籠に合図を送る。

 ゴーサインを受け取った葛籠は『救いなき成果(ブランダーエーテル)』を使用して石を生成し、その石を鉄の扉に向けて放り投げる。


 そして、


「弾け飛べ、『救いなき成果(ブランダーエーテル)』」


 フィンガースナップの音と同時に石は指向性を持った爆発を起こし、茨もろともに鉄の扉を粉砕し強引に入り口を切り開いた。


「……黒崎、想像してたよりも茨の動きが早えぞ!」


「ああ……とっとと中に入ろう」


 扉の周囲にまとわりついていた茨が異変を察知し、空いた穴を塞ごうとして急速に成長を始める。

 俺は茨の進行を防ぐため、『偽装トリックスター』を己にかけて『火災旋風ブラッドブレイズ』を発動し、砕けた断面に沿うようにして炎を発生させた。


「なあこれ、服に引火しねえか?」


「したとしても五秒で消えるんだ、我慢しろ」


「なんつーか、サーカスのライオンになった気分だなっ!」


 変なところで心配性を発揮する葛籠の背中を押し、俺達は教会の中へと飛び込む。


「黒崎さん、スカートの裾が燃えてるです」


「なっ……!? い、今すぐ消すから待ってろ……って、お前能力使えねえんだから下がってるんじゃなかったのかよ」


「姫様のピンチに、黙って待ってるだけなんていやですから」


「ああ、そう……」


 協調性がないと捉えるか、仲間思いのいい子と捉えるか。

 まあ今回だけは、後者ということにしておいてやろう。


 『偽装トリックスター』を解除し炎を消失させると、こじ開けた穴は茨によって瞬く間に塞がれてしまう。

 屋内に入ったことで、急激に悪化する視界。建物の隙間から零れる日の光だけが頼りに、辺り一帯を見渡して篠森の姿を探す。


 整然と並んでいたのであろう参列席はバラバラになぎ倒され、大理石の壁画は突き刺さる茨の棘に引っ掻き回され、跡形もなく砕け散っている。

 呪いの茨に蹂躙され、荘厳さを失ってしまった聖堂。そんな暗闇の中であっても、俺達は一秒もかかることなく彼女の姿を見つけることが出来た。


 導くかのように、誘っているかのように、倒壊した聖堂に唯一残る、傷一つつけられていない深紅のカーペット。

 その朱色を辿る先、中央通路の行き着く終着点――――祭壇の足下で、篠森は静かに眠っていた。


「姫様……!!」


 探し求めた主の有様を目に、護人は我を忘れて駆け出そうとするも、既の所でそれの存在に気がつき、動きだした足がピタリと止められる。

 祭壇の下で眠る篠森の頭上、彼女の体から直接伸びた茨をステンドグラスに這わせた、身の丈の二倍ほどもありそうな真っ赤な薔薇が――その中心に緋色の眼を持った薔薇の花が、赫々と咲き誇っていた。


「あれが、赤い眼……」


 篠森の夢に出てくるという、真っ赤な薔薇の瞳――それはすなわち、篠森の呪いを象った死という概念の権化。


 声は発せられない、口は存在しないから。

 けれども、その赤い眼から放たれる眼光は、視線だけで射殺されてしまいそうなほどに、鋭い殺意を帯びていた。


 しかし、


「あれが、姫様を苦しめていた忌々しき呪いなのですね」


 護人の瞳から――言葉から漏れ出す静かな殺意は、薔薇の瞳の眼光とは比べ物にならないほどの濃度で。


 昨日の戦闘時など比ではない。

 主の人生を滅茶苦茶にした呪いの権化を前に、募りに募った恨みつらみを爆発させた護人は、彼をよく知る0組の仲間でさえも震えあがるほどに、冷たく凄惨な目つきをしていた。


「……黒崎様、お願いいたします」


「了解した」


 しかして、内心を憎悪に荒れ狂わせようとも、表面は決して冷静さを忘れない。

 あくまでも作戦通りに行動するため、怒りを抑えて俺に全てを一任してくれた護人に最大の敬意を払いながら、俺は策を遂行すべく祭壇へと一歩踏み出した。


 赤いカーペットに足を付けると、周囲に蔓延っていた茨が一斉に動き始め、それと同期して教会全体が脈動を始める。


 それは篠森を守ろうとしての動きか、あるいは赤い眼を守ろうとしての動きか。

 教会に立ち入った異物を排除すべく、蝕んだ壁や床を軋ませながら、四方八方から一斉に茨が襲い掛かってくる。


 けれども、迫りくる茨に対して、俺は足を止めることはしなかった。

 茨への対処は、俺の役割ではない。それは、護人が担う役割であったから。


「邪魔をしないで下さいませ」


 それは、これまで聞いたどんな音よりも、低く重圧な声であった。

 護人が強圧的な声と共に、赤い眼を――死の概念の権化にして、全ての茨に繋がる中枢であるその真っ赤な薔薇の瞳を、切るような鋭い目で睨みつける。


 刹那――――教会に蠢く膨大な数の茨が、一本の例外もなく同時に動きを止めた。


 『瞳憬支配トレースキルサイト』目を合わせたものの動きを止める能力。 

 それはまるで、『永眠童話コールドスリーパー』の茨を止めるために――狙いすましたかのように用意された能力で。しかしきっとこれもまた、彼女からのメーデーの一つであったのだろう。


 その目で私を止めてほしい。

 その願いが――彼女の胸に残っていた僅かな生存欲が、この結果を生み出したのだ。


 出来レースのような展開だが、それでいいとも俺は思う。

 それが単なる思い込みであったとしても、本気で死を肯定出来る人間なんて存在しない。

 彼女もまた、誰かに迷惑をかけてでも――助けを求めてでも生きたかったという、ただそれだけの話なのだから。


 普通で異常なお姫様の、童話のような現実の話。

 夢の中で散々苦しんだのだ。せめて現実くらいは、愉快なものであってもいいだろう。


「……なんて、優華の楽観的な思考がうつっちまったのかね?」


 再び静寂に包まれた教会の中、『ホーム』にて帰りを待つ幼馴染の姿を思い浮かべたところで、俺は祭壇の足元――百年の眠りに落ちた篠森の傍に辿り着く。

 その端正な顔立ちは目を瞑ってもまるで衰えず、数十分前に優華の寝顔を見ていなければ、状況を忘れて見惚れていたであろうくらいに美しいもので――――けれどもそれは間違っても、安らかと言えるものではなかった。


 目元からあふれ出し、頬を伝って流れる透明な雫。

 己の最期を体感する最中に零れたその涙が、彼女の抱いた感情の全てを物語っていた。


「……やっぱり、お前も寂しかったんだな」


 俺は一人じゃなかったから――優華がいたからこそ、あの真っ暗な絶望の中でも生きることを見失わずに済んだ。

 篠森もまた、護人という大切な存在がいたからこそ、生きたいという気持ちを忘れずにいられたのだろう。


「……ありがとうな。お前のおかげで俺は、大切なことに気付くことが出来たよ」


 正面を切ってでは口が裂けても言えないであろう感謝の言葉を告げ、それから俺はそっと篠森の頬に手を当てる。


 『狂言回し(イミテーション)』嘘をつく能力。

 俺みたいな紛い物の吐く嘘なんかには現実を変えられるような力はないけど、思いこみの呪いという悪い夢から目を覚ましてやるくらいの力はある。


 言ってしまえば、どちらも虚構の話。

 ならば、優華に後押しされた俺の嘘が、たかだか六年積み重ねた程度の思いこみに、負ける道理などなかった。


「お疲れ様、篠森。今はゆっくりと休むがいいさ」


 次に目を覚ます時は、そこがお前にとって幸せな世界であることを約束しよう。

 そう囁き、俺は篠森に優しい嘘を――『狂言回し(イミテーション)』をかける。


 次の瞬間、彼女の死は――赤い眼は、ゆっくりと瞼を閉ざす。

 真っ赤な薔薇の瞳が再び花を咲かせることは、もう二度とありはしなかった。




   ***




 それから篠森にはいくつかの手を施しつつ、ゆっくりと思いこみを取り除いていった。


 しかし、暗示という得意分野ではあるものの、やはり六年もの時間をかけて積み重ねられた思いこみを捨てさせるというのはなかなかに至難なことで。

 思考の誘導を用いて、凝り固まった価値観を変えられるような下地は作れても、やはり最後は彼女自身の心で、呪いはもうなくなったのだと信じてもらう必要があった。


 さて、その思い込みを捨てさせる方法――呪いを消す方法とは、いったいどのようなものが適切だろうか。

 まあ、そんなのは聞くまでもないことで、わかりきった話であった。


 呪いを消す方法――眠れる森の美女の目を覚まさせる方法など、一つしかない。


 古今東西に共通する、眠りに落ちた姫を目覚めさせる方法。

 紆余曲折の冒険があろうとも、七転八倒を繰り返そうとも――――




 ――――いつだってお姫様プリンセスは、執事プリンスのキスで目を覚ますのだ。


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