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【27】いばら姫の呪いと真実

   ***


 名も無き教会。

 そこが、篠森の選んだ最期を迎える場所であった。


 何らかの目的があって建てられたのではなく、ただ景観のためだけに建てられたらしいその教会。

 以前、護人が篠森と共に訪ねた際、ここで死ねたら幸せだとかなんとか、笑えないたとえ話をされたのだそうだ。


 護人がその言葉を覚えており、『願いをかける星(イノセントスター)』による正誤判定で居場所を特定した俺達は、急いでその場所に向かうための準備を進めていた。

 天使の力による正誤判定を終えた優華は、現在『願いをかける星(イノセントスター)』の代償として、篠森の用意していた来客用の部屋でぐっすりと眠っている。


「次に目が覚めたときには、眠姫ちゃんが隣で一緒に寝ててくれたら嬉しいな」


 なんて、そんな言葉を最後に、全てを信じ切った顔で安らかな眠りについた優華。

 彼女の期待に応えるためにも、この作戦は絶対に失敗出来なかった。


「こっちは準備が出来たわよ、くろっきー!」


 移動班の蛍より、移動準備が整ったことを知らされる。


「おう、わかった……って、なんだそのくろっきーってのは」


「黒崎くんだからくろっきーだよ!」


「そうじゃなくて、なんでそんな奇っ怪なあだ名を……いや、もういい……」


 非常に不本意な名付けに抗議をしようと思うも、今はそんなくだらないことで言い争っている場合ではないと、不承不承に受け入れることを決める。

 そして同時に、ここから先は双子のお調子者な方の言葉をスルーしていくことも決めた。


「護人と葛籠、お前らは準備出来てるか?」


「ああ、バッチリだ!」


「こちらも万全でございます」


 突入班――すなわち、実際に現地に向かう班である二人から承諾を得る。

 といっても、俺達の場合は特に準備する物もなかったので、いつでも出発出来たわけだが。


 突入班の仕事は全て、現地に着いてから。

 現地に着くまでの準備は、移動班の仕事であった。


 名も無き教会の場所については、護人がしっかりと覚えている。

 しかしその教会は、『超常特区スキルテーマ』の中でも端っこの方に位置する、符号学園からだいぶ距離の離れた場所に存在していた。


 普通に向かったのでは、あまりに時間がかかりすぎる。

 そこで俺達は移動時間を短縮するべく、移動班の力――つまりは、雫と蛍の瞬間移動の力を借りることにした。


 名も無き教会は、ここからでは距離的にも角度的にも見ることが出来ない。

 雫の『身体転移テレポート』も、蛍の『物体転移テレポート』も、目に見えている場所にしか瞬間移動が出来ない都合上、普通のやり方での瞬間移動は不可能である。


 だが、そこは双子の姉妹といったところか。

 一人じゃ無理でも二人なら出来ると、その辺りに関する対策はばっちりであった。


「要は、見えるようにすればいいのよ。建物なんかに遮られない、絶対的な視界を確保出来る空間――上空に飛べば、万事解決なのよね!」


 まず初めに、蛍が『物体転移テレポート』を使って雫と俺達を上空に瞬間移動させ、次に雫が上空より目的地を視認して『身体転移テレポート』を行う。

 コンビプレーというにはなんとも力技な解決法だが、最速の移動手段を十全に発揮するには最善の手ではあった。


「それじゃあ雫ちゃん! お姉ちゃんとの共同作業、頑張ろうね!」


「真面目にやって下さいです、姉さん」


「もちろんよ!」


 蛍が雫の肩に手を置き、『身体転移テレポート』を行う姿勢に入る。

 俺達もまた、それぞれ雫の手や腕を掴み、最初の瞬間移動に備えた。


「四人とも、眠姫ちゃんをよろしくね」


「お願い……お姫様を、助けてあげて……!」


「あんた達、姫をよろしく頼むよ」


 待機班の翡翠、霜月、白百合からの見送りの言葉。そして、


「それじゃあ飛ばすわよ! みんな、絶対に眠姫ちゃんを連れて帰ってきてね!!」


 遙か上空を見据えた蛍からの激励の言葉を最後に、俺達は『転校生討伐戦』最後の戦いへと飛び立った。




   ***




 おそらくは今後二度とすることはないであろう、人生初めてのパラシュートなしスカイダイビング。

 しかして、自由落下に身を任せた死を彷彿とさせる加速の中でも、不思議と怯えや恐怖を抱くことはなかった。


 『デッドシステム』で死なないことがわかっているからか。

 あるいは、まだ出会って数日しか経っていない雫のことを、ちゃんと目的地まで連れていってくれると信頼しているからか。


 もしも後者なのだとしたら、俺も随分とこいつらを信用するようになったものだ。


「……黒崎様」


 風を切る音に混じって、真横で共に落下している護人の声が聞こえてくる。


「自分の無理な要請に協力して下さり、誠にありがとうございます。この恩は必ず返させていただきますので」


「その言葉は優華に言ってやってくれ。俺はただ、優華にお願いされたから協力しているだけに過ぎねーよ」


「だとしても、姫様のためにご尽力を注いでくださった事に変わりはございません。心から感謝いたします……本当に、ありがとうございます」


「……そりゃどーも。ただ、そういうのは全部終わってからにしようぜ」


「……ええ、そうでございますね」


 犬猿の仲だと思っていた奴からの真率なお礼に、俺は少しむず痒い気持ちになる。

 これまでの人生で優華以外の人から感謝されたことなんてまあなかったわけで、そんな急に仲良くされても困るというか、正直照れくさいというのが本音であった。


 ここで素直にどういたしましてが言える人間だったら、俺ももう少し人と仲良くなれたりしてたのかね。


「見つけましたです。目的地に飛びますので、みなさん構えて下さいです」


 命を捨てたスカイダイビングが半分を過ぎた辺りで、雫より通達が入る。

 そして次の瞬間、俺達は高層ビルの屋上よりも高い空から移動し、硬い土が敷き詰められた地面に――名も無き教会の入り口に足をつけたのであった。


「……ここが、名も無き教会か」


 まず教会の方に目を向け、それからぐるりと周囲を――敷地を囲う鉄柵の内側、中規模な庭園の内部を見渡す。


 少なくとも、一年以上は放置されていたのであろう。

 草木が無造作に生え伸びた庭園は、お世辞にも風情があるとは言えない。


 しかし、そんな荒れ果てた庭であっても、教会の様相に比べればまだ穏やかな方であった。


「……なあ、繰主よ。お前が姫様と来た教会ってのは、ほんとにここなのか?」


「ええ、界斗様……間違いなく、ここのはずなのですが……」


 二人が動揺しているのも無理はない。

 その建造物はもはや、教会と呼ばれるものの形をした別の何かと化していた。


 茨――――茨茨茨茨茨茨茨茨。


 かつて教会だったものに巣くうようにして、茨が建物全体を覆い尽くしている。

 壁を這って伸びる茨とその所々に咲く薔薇の花は、自然に生まれ育った庭園の草木とは一線を画す不自然さを――不気味な美しさを醸し出していた。


 一目で状況が理解出来る。これらは全て、篠森の能力によるものであると。

 篠森は、この中で眠っているのだと。


「……やっぱり、扉は開かないか」


 正規の入り口と思われる鉄の扉に手を掛けるも、内側から鍵がかかっているのか、あるいは茨が絡んでしまっているのか、押しても引いても微動だにしない。


「この茨が、姫様の呪いの正体って事か……あ、いや、違ったな。これはそう……呪いじゃないんだったな」


 葛籠は付近をうろうろと観察しながら、茨の壁を指差して呟く。


「気を付けろよ、今の状態で茨の棘に触れれば、一生眠りっぱなしだ」


「うおっ、まじか……ってことは」


「ああ。おそらくはもう、十二に分岐していた能力は集束している」


 そう。十二に分岐した――無理矢理に分岐させられた『永眠童話コールドスリーパー』は、いばら姫の呪いの発動を以て、二つか三つの形に収束している。

 彼女の能力は十二も存在しない。それも含めた全ては――――彼女の呪いは、思いこみの産物でしかなかったのだから。


 発想のきっかけは、篠森の能力の数にあった。

 最初に十二個の能力と聞いたときは、追い詰められた状況ということもあってか素直に圧倒されてしまっていたが、改めて考えると、その数には一つの違和感があった。


 それは能力の多さではない。

 俺が違和感を覚えたのは、十二という数そのものに対して。


 十一でも十三でもなく、十二。

 その数字はあまりにも、出来過ぎてはいないかって。


 それはまるで、いばら姫の魔法に合うよう、意図的に能力の数を調整したみたいじゃないかって、そう思ったのだった。


 だから俺は護人に『永眠童話コールドスリーパー』の詳細を尋ね、そして確信したのだ。

 篠森の能力は、十二個も存在しないと。


 例えば、触れた人間を眠らせる能力は、どこでも安眠出来る能力と能力の効果を他者に付与する能力が合わさったものといえるのではないか。

 例えば、彼女の持つ四つの能力――言葉を信じ込ませる能力、体調を平常に保つ能力、疲れを和らげる能力、あらゆる状況下で万全に行動出来る能力は全て、自分を自然体に見せる能力の副産物と言えるのではないか。


 結局のところ、十二の能力なんてものは解釈の違いでしかないのだ。

 嘘をつくという単一の能力である『狂言回し(イミテーション)』が、能力封じ、ミスディレクション、『偽装トリックスター』の三つの能力としても考えられるように。


 本来の篠森の能力は、おそらくは存在しても二つか三つであろう。

 それを無理矢理希釈し、解釈した結果、能力が十二個もあるかのように見えていたというのが『永眠童話コールドスリーパー』の正体であった。


 さて、そうして『永眠童話コールドスリーパー』の秘密を暴いてみると、もう一つ新たな疑問が浮かび上がってくることになる。

 十二個という数は嘘であった。ならば、何故彼女はそんな嘘をついたのかと。


 疑問を抱き、すぐに撤回した。

 彼女にそんな嘘をつくメリットはない。


 ならば、最初から答えは一つであろう。

 篠森は、本当に《《自分の能力が十二個であると思いこんでいた》》のだ。


 彼女はよく、自分をいばら姫に例えていたのだそうだ。

 自分の死を予言する夢を見たその日から、いばら姫としての生と死を自覚したのだと、そう語っていたらしい。


 だがしかし、《《もしもそれが逆だったとしたら?》》

 彼女は死の呪いを患ったが故に、夢を見たのではなく、夢を見てしまったが故に、死の呪いを患ってしまったのだとしたら。


 言うなればそれは、プラシーボ効果のようなもの。

 呪いがあったから夢を見たのではなく、夢を見たから呪いにかかってしまった――因果関係が逆転しているのだ。


 言葉を信じ込ませる能力。

 それは、自分であれ例外ではない。


 不運にも、彼女が言葉を信じ込ませる能力を――そして、茨を操る能力を持っていたが故に、彼女は信じてしまった。

 たまたま偶然見た夢を、己の死を予言するものであると。


 呪いなど、初めから存在していなかった。

 そこにあったのは、呪いという名の思い込みだけ。


 されど、それはただの思い込みではない。

 六年という長い年月の中で、死の恐怖と重圧に追い詰められながら積み重ねてきた結果、本当に死をもたらしてしまう程にまで成長した強大な思い込みこそが、彼女の呪いの正体なのであった。


 この教会を覆う薔薇と茨が全て『永眠童話コールドスリーパー』によるものなのだとしたら、おそらく彼女の死因は能力の使い過ぎによる衰弱死。

 今はまだ教会内で収まる程度に留まってはいたが、これ以上侵食が広がってしまうようならば――――彼女の体はもう、限界を迎えてしまうことだろう。


 それを防ぐために――彼女が限界を迎える前に、能力を止める。

 その為に俺達は、ここまで来たのであった。


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