【24】あるお姫様の物語
◇◇◇
それは、一人の少女の物語。
可憐で儚い未熟な姫の、呪いと祝福のおとぎ話。
十五年前。とある資産家の一人娘として、少女はこの世に生を受けました。
その誕生を父親と母親に大層喜ばれた少女は、両親の愛を全面に受け、優しく賢く美しく育っていきました。
そして十一年前、少女は一人の少年に出会います。少女は両親から、これからはこの少年が貴女の執事になるのだと、そう教えられました。
少女が少年に歩み寄り、よろしくね、と挨拶をして微笑むと、少年は頬を赤く染めながら、丁寧にお辞儀を返しました。
少年はよく働きました。少女の身の回りのことから、命令されたこと、命令されていないことまで、完璧にこなしました。
しかし、少女から遊びの誘いを受けたときだけは、少し緊張しているようでした。
大好きな両親に、信頼出来る執事。少女の人生は、幸せそのものでした。
しかし、そんな幸せも長くは続きませんでした。
六年前、少女は知ってしまいました。自分の持つ能力を、自分に贈られた祝福を。
そして、自分にかけられたいばらの呪いを。
少女は悲しみました。
部屋に閉じこもり、一人静かに嘆きました。どうして私には、こんな呪いがかけられているのかと。悲嘆し、愁傷し、泣き叫びました。
やがて涙も枯れ果てたころ、少女は少年を呼びだし、こう問いかけました。
「もしも私が死んでしまうとしたら、××はどう思う?」
少年は驚きました。何かの冗談だろうかと、そう勘ぐってしまうほどでした。
けれども、少女の真剣な、悲しみに満ちた目を見て、少年はそれが冗談でないことに気付きました。
少年は答えました。
少女の問いかけに、主からの問いかけに、少年は誠実に答えました。
「もしも、お嬢様が亡くなられてしまう運命にあるのならば、そのような運命は自分が壊してみせましょう」
それを聞いて、少女は一つのことを心に決めました。
彼を信じよう。彼を信じ、彼と道を歩み――そして私は一人、幸せな死を手にするのだと。
そう、心に決めたのでした。
◇◇◇
いばら姫。
別題、眠れる森の美女。
招かれざる十三人目の魔女により、「紡ぎ車の錘が指に刺さって死ぬ」という呪いをかけられたお姫様の物語。
十二番目の魔法使いの祝福により「百年の眠りの末に目を覚ます」と呪いの力を弱めてはもらったものの、お姫様は呪いの通り、紡ぎ車の錘に手の指を刺されて深い眠りに落ちてしまう。
童話の内容に関しては、誰もがよく知っているであろう。
絵本の類とはあまり縁のない幼少期を過ごしてきた俺でも、簡単にではあれ内容を知っているくらいなのだから。
呪いによって、百年の眠りについたいばら姫。
何の罪もなく、何の前触れもなく、百年という途方もない年月を奪われた悲劇のヒロイン。
けれども同時に、彼女は幸福であったとも言えた。
だって彼女は――いばら姫は、何も知らなかったのだから。
己にかけられた呪いのことも、己に待ち受ける運命のことも、何も知らず、何も不安に思わず、生きていられたのだから。
眠っているうちに、全てが解決してしまったのだから。
ひねくれた見方だ。けれども、そんな性格をした俺だからこそ、考えてしまうことがある。
もしもいばら姫が呪いを自覚していたのなら、どうなっていたのだろうって。
童話の中で彼女は、王子のキスによって目を覚ましたが、言ってしまえばそれは結果論に過ぎない。
彼女には、必ず助かるという保証はなかったはずなのだ。
言うなれば、不治の病。
呪いを知っていたならば、彼女は死を覚悟することとなっていただろう。
それはあくまでも、童話を用いた仮定の話。
しかれども、それこそがいばら姫にとっての――篠森眠姫にとっての、残酷な現実であった。
死の運命を悟った人間が起こす行動は、大きく分けて二つ。
一つは、生きる方法を模索すること。
そしてもう一つは――――死ぬ方法を模索すること。
別に不思議なことではない。人はいつか必ず死ぬ。
ならばその死に様くらいは、美しいものでありたいと――幸せなものでありたいと、そう願うのは自然なことであろう。
篠森は考えたのだ。
思春期の少女が考えられるような――受け入れられるようなことではないはずなのに、彼女は己の死を受け入れ、最高の死に様を模索した。
そして彼女は、己の死ぬまでの人生を、信頼出来る仲間達と過ごすことを選んだ。
その結果が0組であり、その集大成こそが『転校生討伐戦』の全貌であった。
彼女の呪いについてを知っていたのは、執事である護人繰主だけ。
他の0組の皆にはそのことを意図的に隠していたのだそうだ。
死の運命にあることを伝えてしまえば、自分は同情されるべきかわいそうな少女になってしまう。
彼女にとっての理想の死に様とは、そういうものではなかったのだろう。
彼女は一人の普通な人間として――異常な人間として、仲間と共に過ごしたいと思った。
同情され、哀れまれ、かわいそうな子だと思われるくらいなら、呪いのことは隠したままに、対等な一人の女の子として、最期の時までを生きていく。
それこそが、彼女が理想とした死に様であったのだ。
誰にも知られてはならないのだから、当然談合で戦争を終わらせることなど出来るわけがない。
作戦の全てを、自力で決行しなければならない。
そう、自力で。一人だけの力で。これだけは、執事にだって知られてはならなかったから。
死のうとしていることなど知られれば、止められることは目に見えていたから。
おそらく護人には、報酬として自分が助かることを願うとか、そのようなことを伝えていたのだろう。
本当は、報酬なんてどうでもよかったのに、そう嘘をついたのだ。
そして、報酬を隠れ蓑として彼女が本当に狙っていたのは、俺達を0組に引き入れること。
彼女は俺達に――――自分の代わりとしての役割を望んだのだ。
彼女にとって0組とは、本当に信頼出来るかけがえのない存在であり、彼女が死を迎えるまで共に笑っていたかった仲間達であった。
だからこそ、彼女はリーダーという役割を買って出てまで、彼らとの時間を大切にしたのだろう。
それと同時に、彼女は自分がいなくなった後のことも考えていた。
自分が死ぬことで、0組がばらばらになってしまうことを恐れていた。
そのケアとして――凶報を吉報で塗りつぶすための要員として選ばれたのが、俺であり優華であった。
彼女にしてみれば、符号学園の提案は勿怪の幸いだったことだろう。
もっとも、正確には代わりとしての立ち回りを要求していたわけじゃなくて、単純に人数が減ったからその穴埋めをしようくらいの考えだったのだろうけど。
リーダーの役割は、翡翠あたりにしてもらう予定だったのかもしれない。
だからこそ、『フラグメンツ』のリーダーを彼にしたんだろうし。
これはあくまでも、護人が語った真実と俺の知る情報を合わせた推論の一つでしかない。
他にも、色々な目的はあったことだろう。最後の思い出作りとして大きなことをしたかったとか、本気で報酬を狙っていた節もあったのかもしれない。
けれど、この『転校生討伐戦』から――彼女の人生から総合的に見れば、やはり結論として彼女は、己の死に場所を作っていたのだ。
幸せな最期を迎えられる、その瞬間を。