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【23】欠けたピースを執事の嘆願

   ***


「あ、黒崎くん! そういえば私、思い出したんだよね」


 翌朝。いつも通り登校し席に座ろうとしたところで、近くで会話をしていた夢野と綴が、待っていましたとばかりにそう声をかけてきた。


「思い出した? 何をだ?」


「昨日さ、イケメン執事が来たって話をしたじゃない? あれって確か、1年0組の人だよね?」


 そういえば、護人からの言伝を頼まれたのは夢野だったなと、何年も昔のことのように昨日の出来事を思い出す。


「入学の日にも私に0組のことを聞いてたし、もしかして黒崎くん、0組と何か関わりがあったりするの?」


「……あー、なんだ。ちょっと道端で会ったことがあるくらいだ」


 まさか「『転校生討伐戦』という戦争のターゲットにされてましたー」なんて素直に言えるわけもなく、俺は夢野と綴の純粋な疑問に対し、適当な言葉で誤魔化すしかなかった。


「ていうか、夢野はそのも……執事のことを知ってるのか?」


「たまたま知ってたって感じかしらねー。確かあの人、0組のお姫様の付き人さんでしょ?」


 お姫様という呼称で、思い浮かぶ人物はただ一人。

 けれど、入学五日目でそこまで踏み込んだことを知っていては怪しかろうと思い、再度それっぽい嘘で誤魔化そうとしたところで、


「もしかして、そのお姫様って眠姫ちゃんのこと?」


 狙いすましたかのようなバットタイミングで俺達の方に近寄ってきていた優華が、聞きなれた単語に脊髄が反応してしまったのか、見事に口を滑らせてくれた。


「ええ、その篠森さんだけど……眠姫ちゃん? なんだかすごく仲が良さそうな呼び方ね」


 そこで会話の流れを察したのか、優華はあっ、と開かれた口元に手を寄せると、申し訳なさそうな表情で俺に助けを求めてくる。


「……なんとかならないかな?」


「……ここまで言っちまったら、もう誤魔化すのは無理だろ」


「なになに? もしかして二人とも、結構0組の人と仲良かったりしちゃったり?」


「少しだけ、あいつらと話す機会があったんだ。その時に、優華が仲良くなったってだけの話だよ」


 肝心なところはあやふやにしつつ、五割くらいの事実を話す。

 夢野も綴も、流石に0組内で戦争が起こっているなんて発想にまでは至らなかったのか、へーほーと思い思いのリアクションで半分フィクションのノンフィクションを素直に受け入れてくれた。


「あのお姫様と仲良しなんて、優華ちゃんはすごいわね! いいなー、優華ちゃん。篠森さん、本当に美人さんよね!」


「栞ちゃんも、眠姫ちゃんのことはよく知ってるの?」


「いいえ、私が知ってるのは名前くらいよ。というか、名前くらいならこの学校で知らない人はいないんじゃないかしら?」


「それもそうか」


 普段からあれだけ目立つ恰好をしているのだ。

 いやでも記憶に残るというものだろう。


「あ、でも、そういえば綴は一回、1年0組の人達がみんなで歩いているのを見たことがあるんだっけ?」


「うん。と言っても、見たのは半年くらい前のことだけどね」


「半年前か……なあ、綴。お前はその時0組の奴らを見て、どんな印象を持った?」


 半年前に目撃した。そしてそれ以前から、この二人は0組と同じ学園で生活してきている。

 そんな昔を知る他人から見た0組についてを聞きたくなったので、綴に問いかけてみる。


 なんとなくだけど、それが疑問を解消するピースになってくれるかもしれないと、そんな思いもあった。


「うーん……僕はほら、0組全員の顔を知ってるわけじゃないから、あれが本当にみんな0組だったのかはわからないよ? ただその時は、ドレスを着た篠森さんがリーダーって感じで前を歩いてて、その人を中心に、みんな仲良さそうに話をしていたよ」


「仲良さそうに、か……」


「うん。なんていうか、結束が固そうっていう感じかな? 遠くから見ただけだけど、仲がいい人たちなんだなーって、そんな印象を受けたかな」


 結束が固く、仲の良い集団。それは昨日までの四日間を過ごした中でも、はっきりと感じることが出来ていた。

 あいつらは普段、例の『ホーム』とやらを拠点に、共に学生生活を謳歌していたのであろうことも。


 それから、篠森が0組全体を取りまとめるリーダーであったことも、なんとなく察しはついていた。

 そして、だからこそ尚更、彼女の目的がわからなかった。


 『転校生討伐戦』。

 主催者である符号学園の狙いが、あくまでも俺のデータ収集だったのなら、それこそ0組内で談合を行ってあたかも戦争をしているかのように見せかけ、戦闘をこなし、データを収集させれば、簡単に報酬を手にすることも可能だったはずだ。


 なのに、彼女はそれをしなかった。だとすれば、理由として推測出来るのは一つ。

 彼女の狙いは報酬ではなく、俺達にあったという可能性である。


 篠森の目的は、俺と優華に対して何かアクションを起こすことにあった。

 そしてそれは、談合であってはならないこと――誰にも相談出来ないことであった。


 それならば、効率と報酬を度外視した行動を取るのも、頷ける話ではある。

 しかし、仮にそうだとして、彼女は俺達に何をしようと――何をさせようとしたのか。


「…………いや、待てよ」


 そこまでを推理したところで、俺は一つ、根本的な部分が抜け落ちていたことに気が付く。


 これもまた、篠森の能力によって信じ込まされていたためか。

 あるいはこの五日間、あまりに急転直下な展開が連続したせいで、完全に思考の外へと追いやられてしまっていたのか。


 どちらにせよ、この段階に来て俺はようやく疑問に抱くことが出来たのだ。

 そもそものこと、この『転校生討伐戦』は何のために行われたのかということに。


 俺達の――というか、俺のデータを取ろうとした理由。そして、俺を0組と接触させた理由。

 ……符号学園は、俺が0組に適しているかを調べようとした?


 異質にして異端にして異様にして異常なクラスに、所属するにふさわしい生徒かどうかを、符号学園は――そして篠森もまた同じように、俺達を見定めようとしていた。


『あんたさ、もしかしたら+よりも0の方が性に合ってるんじゃねーの?』


『もしかしたら君には、僕らと共に0組でやっていく才能があるのかもしれないね』


 葛籠と翡翠――『フラグメンツ』の二人が言っていたこと。

 そして、


『私は、お二人を0組に勧誘したかったのです』


 あの時の言葉。

 俺の過去を洗い出してまで告げてきた、呆れ返るくらいにふざけた提案。


 もしもあの時の勧誘が、本気なのだとしたら。

 優華を誘拐するまでの時間稼ぎではなく――あれこそが彼女にとっての、『転校生討伐戦』の全てを賭した目的だったとしたら。


 ――――篠森眠姫の目的は、俺達を0組に入れることだった?


「……二! 浩二! 聞いてる?」


「っと……悪い、ちょっと考え事をしてた」


 推理にリソースを裂きすぎたせいか、今が会話中であったことをすっかり失念していた。

 耳元で何度も名前を叫ばれ、そこでようやく優華に呼ばれていたことに気付く。


「ならいいんだけど……大丈夫? 昨日の疲れとか残ってない?」


「心配するな、いつも通りだよ」


 疲れでぼーっとしてたと思われてしまったらしく、優華が気遣わしげな表情で顔を覗き込んでくる。

 なるべく心配をかけないように、会話には参加しておくべきなのだろう。


 わかってはいた。

 けれども、その思いとは裏腹に、一度手がかりを掴みかけた思考は、考え続けることを止めてはくれない。


 俺達の勧誘が目的だった。だとしたら、それこそ何故なのか。

 答えの見つからない疑問の連鎖に、推測の渦がずるずると深みにはまろうとしていたところで――――




「――――黒崎様! 葉月様!」




 叩きつけるように開かれた扉の音と共に、一人の男が教室に転がり込んできた。


「なっ…………!?」


「も、護人くん!?」


 現れたのは、俺達のよく知る執事であった。

 けれども、目の前にいるそいつは、少なくとも俺の知る護人の姿とは、大きくかけ離れたものであった。


 額からは大量の汗が流れ、呼吸が困難になるほどに息が乱れている。

 トレードマークの燕尾服はしわだらけに着崩され、足下は脱ぐ余裕すらなかったのか外履きのまま。


 端正な顔に苦痛を浮かべたその姿は、事情を知らない+3組の生徒までもが言葉を失うほどであった。


 日常には決して干渉することのなかった、異常なる存在の登場。

 一瞬、最終日になっていよいよなりふり構っていられなくなったのかと思うも、護人の尋常ではない様子に気付き、俺は警戒を解くと同時に違和感を抱いた。


 こいつは一体、何をしに来たのか?

 その答えは、すぐに示された。


「お願いいたします。どうか……どうか、姫様を助けて下さい!」


 そう言って護人は、躊躇いなく深々と頭を下げる。

 ――――瞬間、


「……そういうこと、だったのか」


 ぱちりと、欠けたピースのはまる音が頭の中で響いた。


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