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【21】腑に落ちない討伐劇の考察

   ***


 その日の夜。

 立て続けに発生した戦闘と能力の連続使用で消耗した体を休めるため、ぐっすりと部屋で深めの仮眠をとっていた俺は、客人の来訪を告げるチャイムに目を覚まされた。


 スマホの液晶画面を覗くと、時刻は既に午後十時を回っていた。

 どうやら、想像以上に疲れがたまっていたようだ。


 ベッドから起きあがり、寝惚け眼をこすりながら、俺は玄関の扉を開けにいく。

 インターホンで確認する必要はなかった。この時間の来訪者なんて、一人しかありえない。


「どうかしたか、優華?」


「ごめんね、遅い時間に。えっと……今、入っても平気かな?」


「ああ、構わないぞ」


 予想通り、扉の向こう側に立っていたのは最愛の幼馴染であった。


「ありがとー、浩二」


 お邪魔しますと、丁寧に挨拶をした優華を部屋に招き入れ、いつものようにベッドの上に座ってもらう。

 既にお風呂に入った後なのか、寝間着姿でやってきた優華に、俺は身体を冷やさないようにと温かい緑茶を入れて渡した。


「ありがと。紅茶もいいけど、緑茶もおいしいよね」


 そう言って何度か息を吹き込み、熱を冷ましたお茶を一口だけ啜る。

 それから優華は何も言わずに、湯呑みを机において目を伏せてしまった。


「なにか、気になることでもあったのか」


「……うん。あのね……一つ、わからないことがあるの」


 優華は床に目を向けたまま、哀調を帯びた声色で疑問を漏らす。


「この『転校生攻防戦』……じゃなくて『転校生討伐戦』で、眠姫ちゃんは何を叶えたかったのかな?」


 ――――報酬、《《何でも一つ願いが叶う権利》》。

 それは、俺が仮眠を取る前に抱いたものと、全く同じ疑問であった。


 今回の『転校生討伐戦』。普通に行えばこの戦争は、『ヴェノムローズ』の圧勝に終わっていたことだろう。

 双方が攻撃側であり、勝利条件がターゲット二人の『死亡』であるのならば、四人がかりの不意打ちで俺達を『死亡』させれば、それで全てが終わっていたのだから。

 現に優華はその手段で、『ヴェノムローズ』に『死亡』させられている。


 ただし、それはあくまでも勝ち負けのみを考えた場合。

 この戦争の真の目的。おそらくは俺達の――より正確には、俺と0組との交流及び戦闘データを取るという目的を考慮した場合、この戦法は明らかに悪手であった。


 不意打ち上等では俺のデータはおろか、0組同士の戦闘データさえも十分に取れない。

 そうなってしまえば、最悪の場合報酬が取り下げになってしまう可能性さえある。


 今日一日の騒動の主犯であり、全ての黒幕であった篠森は、その先までを見据えていたのだろう。

 戦争の内容を偽ることで味方に取りこみ、『フラグメンツ』と戦闘を行わせることでデータ採取のためのお膳立てをし、その上で両者が消耗したところ狙って、敵もろともターゲットを一網打尽にする。

 これならば戦争に勝利し、かつ実験の目的を果たすことも可能であった。


 戦闘を行う駒として俺を選んだのは、俺達の過去を調べた結果、今回データを求められているのが俺であり、優華はただ俺を動かすための動機でしかないと、そう推測したためだろう。

 もっとも、その想定の甘さが、結果的に身を滅ぼすこととなったわけだが。


 と、ここまでを考察したところで、一つ大きな疑問が生じてくる。

 それこそが優華の悩みである部分――――そうまでして篠森が叶えたかった願いとはなんだったのか、であった。


 そもそものこと、彼女の言っていた『何でも一つ願いが叶う権利』なんていうのは、あくまでも比喩的な表現でしかない。

 主催者が符号学園である以上、その権利とは、符号学園の力で叶えられるレベルの要求が出来るという程度のものであろう。


 そして、篠森眠姫――篠森財閥の一人娘である彼女は、人の手で実現可能なレベルの願いならば大半は自力で叶えることが出来る。

 それゆえに、今回の報酬は彼女を動かす動機とはなりえないはずなのだ。


 それに元より、あれだけ緻密に練られていたにしては、彼女の策には危うい部分がいくつもあった。

 確実な勝利と目的の達成のみを狙うのであれば、もっと簡単で手っ取り早い策がほかにもあることだろう。

 それなのに、彼女はあえて俺達に迷惑をかけないよう心がける手段を――思いやる手段を選択した。


 目的と行動の辻褄がまるで合っていない。

 それもまた、俺達を混乱させる要因となっていた。


「……他にもルールについての嘘があった。あるいは、報酬の内容が嘘であったというのはありえそうか?」


 一つの可能性として、優華に提示してみる。

 『討伐戦』を『攻防戦』などと偽っていたくらいだ。報酬の内容が偽られていたとしても、何ら不思議ではない。


 願いを叶える以上の、もっと重大なものが報酬であったのならば、彼女達も真剣になるかもしれない。


「うーん……でも『フラグメンツ』の人達は、どちらかと言えば遊んでたって感じだったんでしょ? もし報酬がもっとすごいものだったとしたら、『フラグメンツ』の人達ももっと本気を出してたんじゃないかな?」


「確かにそうだな……篠森にだけ特別に、他の報酬が加えられていたとか?」


「そうかもしれないけど……。あのね浩二、これは直感になっちゃうんだけど……私はルールとか報酬とか、そういうのとは別に理由があると思うんだ。なんていうか……私には眠姫ちゃんが、そんな悪い人には見えなかったから」


「悪い人……ね」


「少なくとも、『ヴェノムローズ』のみんなと遊んだ三日間は、本物だったって――あの時、楽しそうにしていた眠姫ちゃんの笑顔は、偽りなんかじゃなかったって、私はそう思ってる」


 今日の裏切りが彼女の本性であったとしても、昨日までの彼女が――あの微笑みが、全て嘘であったとも思えない。


 ちぐはぐな表情。相反する言動。

 その奥の感情を――彼女の本心を予測することは、誰にもかなわない。


 今回の一件を読み解くための、何か大事なピースが足りていない気が――大事なものを見逃しているような気がするも、残念ながら、今の段階ではその違和感の正体を掴めるまでには至れなかった。


「……悪いな、優華の力になれなくて」


「ううん、そんなことないよ。浩二も同じことを考えてたんだなって、それを知れただけで十分安心出来たから」


 ありがとうと、そう言ってぺこりと頭を下げた優華の瞳からはもう、来た時のような不安の陰りは跡形もなく消え去っていた。


「ところでなんだけど……浩二、もうご飯食べた?」


「いや、まだ食ってないな」


「だと思った。今まで寝てたんでしょ? だめだよー、あんまり変な時間に寝過ぎちゃうと、夜寝れなくなっちゃうんだから」


 そんな親が子を嗜めるような口調で叱りつけながら、優華はベッドから立ち上がり台所の方に向かっていく。


「冷蔵庫は……一応だけど、入ってるね。何か簡単なもの作るから、今日はそれを食べて早く寝るんだよ」


「いや、さすがにそれは申し訳ないというか……」


「いいの! いっぱい動いて疲れちゃってるんでしょ? そんな時くらい、私を頼ってくれていいんだよ」


 自分だって能力を使って疲れているだろうに、それでも俺を気遣って料理を作ってくれる。


 いつだって明るくて、いつだって優しくて、いつだって人の心配ばかりしていて。

 だからこそ俺は――優華を、守ってやりたいって思ったんだ。


「……いつもありがとな」


「えへへ……どういたしましてー」


 陽気に鼻歌を歌いながら料理をする優華の背中を見つめ、俺は改めて己の不甲斐なさを痛感する。

 そして同時に、なぜか脳裏に護人の姿が――彼の悔恨に満ちた瞳が浮かび上がってきた。


 あいつもまた、同じような思いをしていたのだろうか。


 篠森眠姫と護人繰主。

 あいつらは今、何を考え、何を感じているのだろう。


 決裂した関係。裏切られた同盟。

 もう二度と知ることは出来ない二人に思いを馳せながら、入学四日目の夜はしんしんと更けていくのであった。




   ***




 そして翌日、俺達は思い知らされる。


 彼女に約束されていた、最低のバッドエンドを。

 現実はいつだって、理不尽なまでに不平等だってことを。


 『転校生討伐戦』、最終日。

 一つの童話が、終わりを迎えた。


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