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【20】嘘つきと執事の顛末

   ***


 会話の最中、俺は何度も『狂言回し(イミテーション)』による暗示を――ミスディレクションを仕掛けていた。

 しかし、痛みによって五感が鈍っているせいか、あるいは元より護人が常人以上に研ぎ澄まされた感覚を持っているからか、この男は片時も俺の姿を見失ってはくれなかった。


 護人は左手にレイピアを構えて地を蹴り、おおよそ片足を怪我した人間のそれとは思えない猛然とした足取りで、俺との距離を詰めにかかってくる。

 0組最強にとったのと同じ戦法――視線誘導を使った不意打ちが通用しないなら、正面から迎え撃つしかない。


 幸いにして、わざわざ剣を手に突進を仕掛けてきたということは、少なくとも『救いなき成果(ブランダーエーテル)』のような遠距離から攻撃可能な能力ではないのだろう。

 ならば、慌てる必要はない。初撃は回避することにだけ専念し、怪我の影響で隙が生じるのを待ってそこを突けばいい。


 そう考え、俺は視線や重心から相手の動向を探るため、護人のレンズの奥――緋色に染まった瞳をじっと見つめる。




 ――――刹那、俺は全身を微動だにさせることが出来なくなっていた。




「なっ…………!?」


 身体に力が入らないわけではなくて、まるで見えない壁の中に埋まってしまったかのように、指一本動かすことすら叶わない状態。

 『狂言回し(イミテーション)』による暗示とは違う、肉体を空間そのものに固定するという物理的な行動の封印。


 予期せぬ事象に一瞬混乱しかけるが、すぐにこれが敵の攻撃――護人の能力によるものだということに気付くことが出来た。

 かけられたのはおそらく、動きを予測するために目を合わせたあの一瞬のこと。そしてそれは、今も継続している。


 全速力で接近してくる最中、護人は一度だって俺の目から視線を外そうとしなかった。


 さしずめ、『目を合わせている相手の動きを止める能力』といったところだろうか。

 だとすればこの状況は――俺が護人に殺されない限り絶対に目が合い続けるこの状況は、はっきり言ってもう敗北したも同然であった。


 目を合わせることが発動条件とは、最後の最後にとんでもない能力を隠し持っていやがった。

 その凶悪さは、護人が寡黙を貫いていたのはこの一瞬のためだったのではないかと、そう深く勘繰ってしまうくらいには、俺の心から動揺を引き出していた。


 重心の乗せられたレイピアの一撃が迫る。

 ここまで来て、繰主が視線を外すようなミスは犯さない。


 当たる。突き刺さる。このまま何も出来なければ、間違えなく殺される。

 そう、何も出来なければ――何もしなければ。


 動けなくても、出来ることはある。

 これ以外に方法がないと判断した俺は、迷うことなく切り札を――――




 ――――『狂言回し(イミテーション)』を、《《自分に使用した》》。




「偽装、『火災旋風ブラッドブレイズ』」


 次の瞬間、俺と護人との間――何もなかった空間から、灼熱の業火が吹き出してきた。


「なっ、炎――――!?」


 『偽装トリックスター』。『狂言回し(イミテーション)』を己にかけることでのみ使える、裏技的な使用法。

 それは、己に嘘をつき騙すことで自身を別の誰かに成り変わらせ、その成り変わった誰かの能力を使用するという、強引な自己催眠のようなもの。


 その方法の強引さ故に、五秒程度しか効果が維持出来ない事や、どうやっても偽装出来ない能力があるなどの欠点はあったが、第一の初見殺しを破られた時の保険として――第二の初見殺しとしては、十分に利用価値のある応用法であった。


 知っているからこそ――不意を突かれ、騙される。


 黒崎浩二の能力は、ミスディレクションと能力の封印である。

 そう思いこんでいたが故に、眼前にて起こった目を疑うような変化に、護人の瞳孔に一瞬の揺らぎが――ためらいが生じる。


 その刹那の間に、炎は空間を引き裂く紅蓮の壁となり、交錯する視線を強制的に遮断した。


「……予想通りか」


 お互いの視界を強引に遮ったことで能力が解除され、再び体に自由が戻る。

 行動が可能となった。そして今、あの男には俺の姿が見えていない。


 最初で最後の、絶好のチャンス。

 この機会を逃すことなく、俺はすぐさま次の行動に移った。


 護人は自分の能力が切れたことを察し、それからおそらくは靴音から、俺の移動先を予測したのだろう。

 俺が動きだしてから一秒も経たぬ間に、迷いのないレイピアの一閃が炎壁を貫き、俺のすぐ真横に突き立てられる。


 その躊躇いのなさに冷や汗をかかされるも、さしものあの男でも見えない状態では、俺の動きを――ミスディレクションによる嘘を暴けなかったようだ。


 『偽装トリックスター』の効果が途絶え、俺達を隔てていた炎の壁が消失する。

 護人は正面に向かって左側に剣先を向けており、俺はその逆――折れた右腕の方から、一気に距離を詰めてかかっていた。


 視界が晴れたことで、護人は己の穿った幻影が『狂言回し(イミテーション)』の嘘であることに気付いたようだが、ここまで近づいてしまえばどうあがいても間に合うまい。

 仮に右腕が動けば話は違っただろうが、今の彼には左手にしか自由がないのだから。


 恨むなら、騎士道精神など初めから持ち合わせていない、卑劣な俺を恨むがいい。

 触れてさえしまえば、既知も未知も関係ない。手が届く位置まで迫りきった俺は、『狂言回し(イミテーション)』を叩きこむ為、護人の肩をめがけて右手を伸ばし――――


「――――なっ!?」


 脇腹を抉る鈍い衝撃に、嘔吐いたような音が口から漏れ出した。


 予想外だった。

 レイピアでは間に合わないと判断するや否や、まさか怪我をした左足を軸に、右足で回し蹴りを叩きこんでくるとは。


 ――――だが、


「それじゃあ、まだ足りねえよ……!!」


「くっ…………!!」


 己の怪我をまるで顧みない捨て身の一撃。しかして、万全でない状態で放たれた蹴りの威力では、俺を引き剥がすには至らない。

 痛みに疼く腹部に思考を奪われかけるも、俺は伸ばされた右手に意識を集中させ、護人の肩を強く叩く。


 そして――――


「『狂言回し(イミテーション)』」


 例外などない嘘つきの殴打は、護人の自由を、能力を、問答無用で奪い去っていった。




   ***




 最後の戦いは、互いが互いの全てを賭した一瞬の攻防であった。

 脇腹を抑え、乱れた呼吸を整えながら、俺は護人の下へ歩み寄り、握力を失い手から零れ落ちたレイピアを拾い上げる。


「さすがは、あのお姫様の執事ってことか……もしお前が万全だったなら、俺は間違いなくやられてただろうな」


 それはお世辞でもなんでもない、本心から零れた言葉だった。


 人の限界に迫る超人的な身体能力に加え、一縷の無駄もない繊細なレイピア捌き。

 たった一度の邂逅で理解出来るほどの、圧倒的な戦闘能力の差。これがもし手負いの状態でなければ、十中八九敗北を喫していたことだろう。


「……結果が全てでございましょう。自分は敗北し、黒崎様は勝利した。それ以外には、何の意味もございません」


 肉体の制御権を失った護人は、前例の二人と同じように倒れ伏している。

 けれどもその表情は夏焼とも葛籠とも違うもので、自責に満ちた悔恨の念だけがまざまざと浮かび上がっていた。


「……なんだよ。何をそんなに悔しがってるんだよ」


 戦いは終わったというのに、その仮面から痛切さが剥がれ落ちることはなくて。それは今まで話してきたどの0組とも違う、一片の遊びもない真剣そのものの反応で。

 まるで、今にも舌を切って死んでしまうのではないかと、そう思わされるくらいに真に迫ったもので。


 俺は思わず、問いかけてしまう。

 『転校生討伐戦』だか何だか知らないが、お前ら0組にとってのこれは所詮つまらない実験の一つで――遊びの一環でしかないだろうにと。


「こんな戦争、お前らにとってはただのゲームだろ?」


 思い浮かんだ言葉が、そのまま口をついて出た。


「ゲーム……そうですね。黒崎様の認識では、そうでございましたね」


「…………は?」


「つまらぬ戯言でございます。忘れて下さいませ」


 それは何か、聞き逃してはならない言葉であったように思えたが、それ以降、俺が何を尋ねようとも、護人は一切口を開こうとはしなかった。


「そうか……まあ、今はなんだっていいさ」


 護人が最後に口走ったことも気になりはしたが、これ以上、再び寡黙になってしまった彼の気が変わるのを待っている時間はなかった。

 おそらくは最初に『死亡』したであろう蛍が目を覚ますより前に、俺達はここから――0組の下から去らねばならない。


 決裂し、没交渉となる。

 裏切り、裏切られた俺達は、二度とここには戻ってこれない。


「……短い間ではあったが、お前達との仲間ごっこも悪いもんじゃなかったよ」


 おしまいはいつだって唐突で、淡々としたもので。

 拾ったレイピアの先端を、心臓に突き刺す。あれだけしぶとかったこの男も、たったそれだけであっさりと命を散らしてしまった。


「悪いものじゃなかった、か……」


 初めはただ、異常な連中だとしか思っていなかったはずなのに、いつの間にここまで印象を変えられていたのだろうか。


 眠り落ちた護人の傍らにレイピアを添え、視線を優華の方に移動させる。

 相変わらず幸せそうな顔をして寝ている幼馴染の肩に手を回し、ゆっくりと体を起こしてから膝の裏を抱えて背負いこんだ。


「あー……やっぱ、この体勢は心臓に悪いよなあ……」


 この年代の女子としては背が低くて軽い方なので、肉体的にはなんの負担にもならないのだが、問題は精神的な負担の方で。

 眠っている人間を背負う関係上、どうしても密着してしまうことは避けられないわけで。


 背中に当たる柔らかな感触に理性を持っていかれないよう意識しながら、正面入口の扉を開いて体育館の外に出る。

 久しぶりという程の時間は経っていないはずだが、体感的には丸一日閉じ込められていたような気分だっただけに、吹き抜ける新鮮な外気がやけに澄んで感じられた。


 いつの間にか日が傾いていたらしく、辺りは一面夕焼けの赤で鮮やかに彩られている。

 ふと何気なく柱の影を覗くと、足を伸ばしたまま、ぺたんと壁にもたれかかって眠る蛍の姿がそこにあった。


「身内ではそれなりに仲良くやれている……そんなことも言ってたな」


 あの日。暗い絶望の淵で、俺は優華を守ると――優華のためだけに生きると、そう心に誓った。

 他の何もいらなかった。たとえ誰に憎まれようとも、彼女自身に嫌われようとも、その純真な笑顔さえ守れれば、それだけでいいと思っていた。


 けど、少しだけ――ほんの少しだけ、思うこともある。

 本気で殺し合っても、次の日には笑って話せる関係。

 そんな仲間の存在に、少しだけ憧れることも。


「……なんて、それこそ馬鹿馬鹿しい戯言だけどな」


 考えるだけ無駄な話。

 世迷い言も程々に、俺は優華を背負って体育館を後にする。


 『転校生討伐戦』。

 波瀾万丈の四日目は、0組全員の『死亡』という結果を以て、静かにその幕を閉じたのであった。


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