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【17】宣戦布告

   ***


「しかし、改めて驚かされるよ。まさかうちの界斗くんを倒しちゃうなんてね。それに、その聡明さと異常に対する適応力……もしかしたら君には、僕らと共に0組でやっていく才能があるのかもしれないね」


「……冗談はほどほどにしな、揃いも揃って人を異常者扱いしやがって」


 少し前の葛籠の発言に被せた戯言なのだろうが、それに構っていられるほどの余裕が今の俺にはなかった。


 翡翠は、存在そのものが胡散臭さの塊のような男ではあったが、発言の内容自体には一切の矛盾がなかった。

 というよりも、今までどうしてそんな簡単な可能性に気づけなかったのかと思うくらいに、彼は当たり前のことしか言っていなかったのだ。


 優華はさらわれてなどいない。それは、真っ先に考慮すべき事柄だったはずだ。

 誘拐事件が起こっていないのなら、彼女は今どこにいるのか。


 そんなことは、考えるまでもなかった。

 『フラグメンツ』が関与していないというのなら、すなわち優華は『ヴェノムローズ』の――篠森眠姫の下にいるのだ。


 篠森が嘘をついている。

 その可能性を完全に捨て去っていた――そこに思考を至らせることが出来なかったという事実に、愕然とする。


 どうして俺は、それを見抜けなかったのか。

 いや、それ以前に、どうしてその可能性を考えようとすらしなかったのか。


 いつの間に自分は、ここまで騙されやすい人間となっていたのかと。


「あまり気に病まない方がいいと思うよ。だって、これに関しては本当に仕方のない事なんだ。なにせ君達を騙していたのは、あのいばら姫様なんだからね」


「……いばら姫? それは、篠森のことか?」


 聞きなれない単語に思考を奪われ、考察を中断して翡翠の言葉に耳を傾ける。


「そうだよ。あれ、もしかして知らなかった? 篠森財閥の一人娘にして、0組で最も狡猾ないばら姫。それと同時に、誠実であり純粋であり一途であるからこそ、余計にたちが悪いんだけど。眠姫ちゃん、事あるごとに自分のことをそう名乗ってたから、てっきり黒崎くんも知ってるものかと思ってたよ」


「……いや、初めて聞いたな。つーか、狡猾で誠実って、その肩書き矛盾してねーか?」


「後半は気にしなくていいよ、愚痴みたいなものさ。それよりも、あのいばら姫についてだ。あの子はただ頭が切れるだけじゃなくて、人を騙すことにも長けているんだよ。具体的には――――彼女は、人を騙す能力を持っている。正確には、言葉を信じ込ませる能力だけどね」


 人を騙す能力。

 それは、俺の『狂言回し(イミテーション)』と似たものを感じる、狡猾の名に相応しい能力であった。


「一つ、質問しよう。君は誰に、葉月ちゃんの誘拐を知らされた?」


「雫に……いや、違う。言葉として伝えられたのは、篠森からだったな」


『優華さんが、『フラグメンツ』にさらわれました』

 雫が行ったのは、篠森への耳打ちのみ。直接俺に言い渡したのは、篠森の方だった。


「他にも尋ねようか。君は何故、繰主くんと小百合ちゃんが戦線に参加しない理由を信じた? 何故、雫ちゃんと二人だけで潜入することを承認した? そこに信憑性はあったかい?」


『そちらに、今回の戦争のルールについてを簡単にまとめました』


『以上が、この『転校生攻防戦』のルールとなります』


『優華さんは『フラグメンツ』の手によって『死亡』させられ』


『護衛についていた繰主と小百合も、彼らによって討ち取られ『死亡』』


『黒崎さんと雫さんとで、『フラグメンツ』の拠点に奇襲をかけます』


 積み重なっていく疑問に、思い起こされる言葉に、偽りの論理が綻び始める。


「君は何故、『ヴェノムローズ』のメンバーになったんだい?」


 今更になって、ようやく気がついた。

 俺の戦争の全ては――――篠森の言葉から始まっていたのだ。




「少しお喋りが過ぎましたわね、導夜さん」




 ――――ザクッ。

 そんな軽い音が、耳に届いたような気がした。


「……あっはは。これはまた、随分と手荒な登場だね」


 翡翠の腹部を貫く、鈍い銀色の輝きを放つ細剣。

 その刃のグリップを握っていたのは、冷酷な眼差しで切っ先を見据える黒衣の執事――護人繰主であった。


「貴方がいけないのですわよ。余計なことを口にしなければ、殺さずに済みましたのに」


 護人の隣に立ち、命散る間際の男の横顔を、微笑みを保ったままに見届ける篠森。

 二人の後ろには、つい先ほどまで行動を共にしていたはずの少女――一ノ瀬雫の姿もあった。


 『身体転移テレポート』瞬間移動する能力。こいつらが突如ステージ上に現れた方法は、もはや自明の理であった。


「雫ちゃんも……ってことはもう、蛍ちゃんも『死亡』しちゃってるのかな……?」


「ええ、そうですわね。彼女もお一人で眠られて、さぞ寂しいことでしょう。導夜さんもリーダーとして、彼女の傍に寄り添ってあげて下さいませ」


「あっはは……どうやら、うまいこと……やられちゃったみたい、だ……ね……」


 心臓を穿つ一突きに討たれ、糸の切れたマリオネットのように、翡翠の体は崩れ落ちる。


「リーダー!?」


「なっ……『ヴェノムローズ』、いつの間に……!?」


 目の前でリーダーを闇討ちされ、混乱と動揺を露わにする二人。

 そんな彼らの方に向け、篠森はゆっくりと手を伸ばしていく。


「お二人も、わたくしのためによく働いてくれました。後のことはわたくし達に任せて、ゆっくりとお休み下さいませ」


 次の瞬間、二人の座り横たわる真下のフローリングから、幾多の茨が出現する。


「しまっ……!? こおり、逃げ――――」


 状況をいち早く察した葛籠が警告を叫ぶも、時すでに遅し。

 彼らを囲うようにして伸びた茨に心臓を打ち抜かれ、二人もまた為す術なく『死亡』させられてしまったのであった。


「……表で門番をしていた蛍さんも『死亡』済み。これで『フラグメンツ』は全滅ですわね」


 レイピアに刺された翡翠導夜。茨に貫かれた葛籠界斗と霜月こおり。

 それから、表で『死亡』させられた一ノ瀬蛍。


 ほんの数十秒にも満たない一時の間に、『フラグメンツ』は彼女らの――『ヴェノムローズ』の手によって、いとも容易く壊滅させられた。


「あら、黒崎さん。どうかされましたか? ただでさえ目つきが悪いのですから、そのような険しい表情をされては女性に嫌われてしまいますわよ」


「……『身体転移テレポート』は、ガラスを越えることが出来ないんじゃなかったのか」


「そんな些細なこと、まだ気にしておられたのですね。もうお分かりのことでしょうが、あれ、実は嘘なのですわ。雫の『身体転移テレポート』は窓越しであろうとも、見えている場所であればどこへだって移動出来ますの。ああ、そういえば――――」


 ――――これも、わたくしが信じ込ませた嘘でしたわね。


 それは、これまでの翡翠の推理を肯定する言葉であり、そして同時に、


「『ヴェノムローズ』のリーダーとして宣言いたしますわ。黒崎さん、おとなしくわたくし達に――殺されてくださいませんか?」


 俺への明確な裏切りを意味する、宣戦布告であった。


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