【14】0組最強の能力者
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『現象を操る能力『救いなき成果』。簡単に説明いたしますと、葛籠さんは能力で単純な現象を操る石を生み出せるのですわ。その石には炎や風、雷といった自然現象の印が刻まれておりまして、その力を開放することで、刻まれた現象を生み出し、操ることが出来るのでございます』
閑散とした体育館の中心――毅然とした態度で佇む葛籠の手には、野球ボールほどの大きさをした水晶のような石が握られていた。
「思ってたよりも綺麗な石なんだな、そいつが『救いなき成果』で生み出した石ってやつか?」
「……あんた、俺の能力を知ってるのか。名前まで知ってるとは、さしずめお姫様の入れ知恵ってとこかね」
「おおかた、そんなところだ」
「へえー……赤の他人にそんなことまで教えちまうなんて、リーダーの情報通り、お姫様はよっぽどあんたに入れ込んでるらしいな」
そう言って葛籠は、しげしげと俺を見回してくる。
その目は、今から敵となる相手を観察しているというよりは、あのお姫様が気に入った男ってのはどんなやつなのかという、興味本位で眺めているといった様子であった。
――やはり、この男も同じなのだ。
蛍にしろ葛籠にしろ、『フラグメンツ』の連中は俺のことをまるで敵として認識していない。
狩る側の視点と、狩られる側の視点との齟齬。
こいつらにとっての敵は対立チームである『ヴェノムローズ』であって、あくまでも俺のことは戦争のターゲットとしか捉えていないのだ。
そこまで下に見られていることを思うと少しだけ腹立たしい話ではあったが、同時にこれは俺にとっての好機でもあった。
捕食者は、捕食対象に襲われる可能性を危惧しない。その油断は、付け入る隙となる。
「なあ、葛籠。今、お前が言ったそのリーダーって奴、名前はなんだったっけか?」
「は? 翡翠導夜って名前だが、それくらいあんたも知ってるだろ?」
「ああ、そうだったな。それでよ、一つお前に頼みたいことがあるんだが……翡翠がこの体育館のどこに隠れてるのか、よければ俺に教えてくれないか?」
「…………は?」
一瞬、きょとんとした顔をした後、葛籠は腹を抱えて盛大に噴き出した。
「あっはははははは!! まさか、そんな質問をしてくるとはなあ! あんた、聡明そうに見えて、結構馬鹿なのか? リーダーがどこに隠れているとかそんな重要なこと、俺が教えるわけないだろうが!」
「……ま、そりゃそうだろうな。けど、今の答えは不用心だったぜ」
「あ? どういうことだよ?」
眉間にしわを寄せ、睨みをきかせながら葛籠が尋ねてくる。
「俺はさ、この体育館のどこに隠れているかを聞いたんだぜ。そしてお前は、どこに隠れているかは教えられないと答えた。つまりは――あんたのリーダー、この体育館のどこかにはいるってことなんだろ?」
「なっ…………!?」
これまでとは一転、思わぬ攻撃を受けたことで、葛籠の表情に焦りと困惑が浮かび上がる。
考えの読みやすい、素直な性格で助かった。わかりやすく動揺を露わにした葛籠の様子を好機と捉え、追撃の言葉で畳みかける。
「この体育館の中で人が二人も隠れられる場所となれば、数はかなり絞られる。そういえば、さっきからお前、ちらちらと一カ所に目を向けていたな。確かあの場所には――――そう、放送室があったはずだ」
「あんた、そこまで…………!!」
言うまでもなく、その全てがハッタリだった。
あの程度の質問で居場所を特定することなど出来るわけがないし、葛籠は一度だって放送室に目を向けてなどいない。
放送室に潜伏していると言ってみたのは、あくまでも第二体育館の構造と人員配置を踏まえた上での予測でしかない。
それを、さも葛籠の言動から推理したかのように見せかけることで、揺さぶりをかけてみたというだけ。
気が強く、感情を隠そうともしない性格なら、何か反応を得られると考えた。
そしてそれは、期待以上の結果をもたらしてくれていた。
もはや確定と捉えてもいいだろう。
優華は、放送室に囚われている。
「……はっ、面白いことを言うじゃねえか! もしかしてあんた、シャーロキアンってやつか?」
「シャーロキアンはシャーロック・ホームズのファンを指す言葉であって、ミステリーファンを指す言葉ではないぞ」
「へえ、そうなのか。俺はあまりミステリーを読まないからよ、そういうのには疎いんだわ」
くっはは、と乾いた笑みを零す葛籠。
表面上、余裕を取り繕ってはいたが、言葉の節々から隠しきれないほどの殺気が漏れ出していた。
「訂正するよ。あんた、俺なんかよりもずっと聡明だ。けどよ、いくらあんたが聡明だろうと、この俺を倒さない限りはその答え合わせも出来ないってこと……忘れちゃいないよな?」
葛籠の眼光が、突き刺すような鋭さを帯びる。
その表情には、先ほどまでの傲慢さなど欠片も残ってはいなかった。
張り詰めた空気を肌で感じ取る。
五感が空間の変質を察知し、脳内で警笛が鳴り響く。
「『フラグメンツ』メンバーが一人、リーダーの護衛兼遊撃担当、葛籠界斗。あんたを殺す男の名だ、その灰色の脳細胞にしっかりと刻んでおいてくれよ」
葛籠が、手元で弄んでいた石ころを上空に放り投げる。
――――刹那、
「見せてくれよ、聡明なあんたの――――命乞いってやつをさ!!」
閃光が、世界を貫いた。
***
リーダーや姫様は俺のことを0組最強の能力者だなんて言ってくれるが、正直なところ、俺にはあまりその実感がなかった。
確かに俺は戦うことに特化した能力を持ってはいるが、能力者として最強かと問われれば、そんな大層なものではないと答えることだろう。
能力でいえば、雫や蛍の瞬間移動とか白百合の馬鹿力の方がよっぽど使い勝手はいいし、頭脳でいえば、リーダーや姫様の方がよっぽど優秀だ。
頭の悪い俺に出来る戦い方は、せいぜい石を爆発させたりとか、雷を打ち込んだりとか、その程度の簡単なことくらい。
宝の持ち腐れってのは、こういうことをいうんだろうな。
けどまあ、邪魔するものが何もない場所で、向かい合ってよーいどん!
なんて、馬鹿な俺でも理解出来るくらいの単純な戦いをするんだったら、リーダーや姫様の言う通り、この能力――『救いなき成果』は最強だった。
雷が地表に落ちる速度は、秒速二百キロメートルくらい。
一般的なライフル弾が秒速で一キロ進むらしいから、そのおよそ二百倍の速さといったところか。
音を置き去りにした――距離という概念を超越した、回避はおろか『死亡』したという認識すら間に合わないほどの速度で襲い掛かる、文字通り瞬殺の一撃。
雷が放つ眩い光で一時的に視界を奪われるのが欠点ではあったが、『救いなき成果』の支配下に置かれた秒速二百キロメートルの暴力が外れるということはまずありえない。
戦闘に支障はなかった。
閃光が瞬いた時点で、戦闘は終わっているのだから。
ただ少しだけ、『死亡』の確認が遅れてしまうだけ。
その程度のことでしかない――――はずだったのだ。
目を開き、視界を取り戻し、そこに黒崎浩二の死体がない事に気付くまでは。
「なっ…………!?」
死体が消えた?
いや、違う。『死亡』した人間は勝手に動いたりしない。
だったら、この不可解な現象の解答は一つ。
避けられたのだ。瞬間移動を以てしても回避出来ない、秒速二百キロメートルの迅雷が。
「うっそだろ、おい! 一体何をしやがったってんだ!」
慌てて周囲を見渡し黒崎を探すが、全方位に目線を回しても、あいつの姿は見つからない。
透明化の能力か? 攻撃を無力化する能力か? ……あるいは、そのどちらもなのか?
もし雫や蛍と同じ瞬間移動系なら、一度どこかに身を隠したのだろうか? だとしたら、どこかから攻撃の隙をうかがってるのか?
足りない頭を必死に動かし、俺は次に何の石を生成するべきかを考える。
石自体は、一秒もかからずに生成可能だ。
問題なのは、石は同時に一つまでしか維持出来ないこと。選択を間違えれば、待っているのは『死亡』――俺の負けだ。
敗北の二文字が頭をよぎり、必要以上に慎重な行動を取ってしまう。
自分でも気づかぬうちに、相当動揺してしまっていたのだろう。一度呼びかけて様子を窺ってみるかだなんて、慣れない頭脳プレーを試みようと思うくらいに。
――――だからこそ、その隙を突かれた。
刻々と変化する戦場において、熟考は最悪の選択であったのだ。
「どこに隠れやがっ――――!?」
叫びを上げる途中で、俺は否応なく言葉を詰まらせてしまう。
見つけてしまったから。気付いてしまったから。
黒崎が俺の背後――触れられてしまうくらいの距離にまで迫っていたことに。
いつの間にそこにいたのか――なんて、そう思った時にはもう、全ての取り返しがつかなくなっていた。
石を生成する暇なんてなかった。
黒崎の手が背中に当てられ、ぽんと押し飛ばすような軽い衝撃を受けた次の瞬間、たったそれだけで俺は、身体の自由を――そして、能力を奪われていた。
「くそっ……やられたか……!!」
力の抜けた足では、自重を支えることすら出来ない。
全身が自分のものでなくなるような喪失感を覚えながらも、あっけなく、為すすべもなく、俺の体は地面に崩れ落ちていくのであった。