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【12】動き出す『フラグメンツ』

   ***


「申し訳ございません……これは、わたくしの失態ですわ」


 優華が『フラグメンツ』にさらわれた。

 雫の報告を受けた俺達はひとまず籠城と、それから作戦会議を行うため、『身体転移テレポート』を使い『ホーム』へと身を隠しに戻ってきていた。


「一度、現状をまとめさせていただきます。優華さんは『フラグメンツ』の手によって『死亡』させられ、その後どこかへと連れ去られてしまいました。その際、護衛についていた繰主と小百合さんも、彼らによって討ち取られ『死亡』。現在『ヴェノムローズ』のメンバーで生き残っているのは、わたくしと雫さん、それから……黒崎さんのみとなります」


「……護人が傍にいなかったのは、優華の護衛についていたからだったのか」


「ええ、そうですわ。黒崎さんをお一人にするということは、すなわち優華さんをお一人にするということでもありますので、念のために護衛をつけておこうと」


 もっとも、今回の場合はその護衛もろともやられてしまったわけだが、それを責めたところで事態が進展するわけでもない。

 失敗を悔やむよりも、どう挽回するかを考えるのが先決だ。


「いくつか、聞きたいことがある。『転校生攻防戦』の防衛側――『フラグメンツ』の勝利条件は、俺と優華を同時に『死亡』させることだったよな? だったらこの優華だけが『死亡』しているという状況は、ルール上どういった扱いになるんだ」


 ルール3、攻撃側はターゲットの二人を同時に『死亡』させれば勝利となる。

 同時に『死亡』させることが条件ならば、片方だけを『死亡』させるというのはルール違反であったりはしないのか。


「残念ながら、片方を『死亡』させることはルール上何の問題もございません。勝利条件である同時に『死亡』とは、より正確に申し上げますなら、黒崎さんと優華さんが同じ時間帯に二人とも『死亡』した状態であるということなのでございます」


 『デッドシステム』により『死亡』した人間は、以後一時間は目を覚まさない。

 同時に『死亡』というのは、イコールで同時に殺害ということにはならないわけか。


「『死後防衛』の状態にあっても、移動させることは出来るんだな」


「ええ、危害を加えることは一切出来ませんが、女性が女性を移動させるだけでしたら不可能ではないかと」


「どこに運ばれたのかはわかるか?」


「おそらくは、彼らが拠点として使っている場所――第二体育館ではないかと思われます」


「第二体育館……か」


 主に部活動関連で利用されることが多い体育館だったか。

 確かあそこは、本校舎を中心とした方角で見れば、『ホーム』とはちょうど正反対の位置に建てられていたはずだ。


 ……全速力で走ったとしても、結構な時間がかかる距離だな。


「黒崎さん。お一人で突入しようなどと、無謀なことは考えておりませんわよね?」


「……心配するな。大局を見失うほど、先走っちゃいない」


 だからといって、冷静に戦況を分析できるほど、平静さを保てているわけでもなかったが。


 学内の範囲であるとはいえど、これもまた一種の誘拐であることに違いはない。

 誘拐という言葉そのものに反応し、思考とは裏腹に、俺の心は不安と危惧による焦燥感に駆られていた。


「大丈夫です。『死後防衛』が継続している限り、優華さんの身に危険はございません」


「けどそれは、『死後防衛』が継続している限りでしかないんだろ?」


「……ええ、そうなりますわね」


 『死後防衛』が解けた時――優華が次に目を覚ました時、視界に映る景色がいつもと違っていたら、あいつはどんな反応をするだろうか。

 昔話をした後だからか、最悪の事態ばかりが脳裏に浮かび上がってくる。


「何とか、優華を助け出すことは出来ないか?」


 必死に考えを巡らせながら、俺は二人に問いかける。

 ただ呆然と時が経つのを待っているなんて、とてもじゃないが耐えられなかった。


「……一つ、案がございます。リスクの高い賭けではございますが、成功すれば優華さんを救い出すことが出来るかと思われます」


「どういう策なんだ」


「黒崎さんと雫さんとで、『フラグメンツ』の拠点に奇襲をかけます」


 それは策の中でも奇策寄りな、行き当たりばったりとも思える提案であった。


「先ほどは無謀なことと申し上げましたが、しっかりと策を練って行動すれば、突入というのはそれほど悪い選択ではございません。このまま人数の欠けた状態で籠城を続けましても、黒崎さんが討たれるのは時間の問題です。拠点を捨て、どこか別の場所に潜伏するというのも考えましたが、逃げの選択では現状を打破することは出来ない。ならばここは発想を転換し、不利な状況だからこそあえて陣営を捨てて本拠地に攻め込むことが――奇襲をかけ、優華さんの身柄を奪還するのが最善であると、わたくしはそう判断いたしました」


 それに、戦力としてカウントされていない俺をあえて投入することで、相手の意識の隙を突き、人数差を覆せる可能性がある。

 だからこその俺と雫による、正面切っての奇襲作戦ということか。


「……いいだろう。どのみち、敵の拠点に乗り込む必要があるのはわかりきっていたことだ」


 元より、戦闘に参戦する気であった俺としては、その提案は願ってもないものであった。


「ご賛同いただきありがとうございます。わたくしは別で繰主と小百合さんの居場所と、それから状況の確認をいたします。お二人は先に第二体育館へと向かい、到着次第正面から突入して下さい」


「正面から突入する理由は何だ?」


「本日、第二体育館を利用する部活動がお休みのため、正面入り口を除いた鍵が全て閉じられております。その為、壁の破壊などを行わない限りは、正面以外からの突入がまず不可能なのでございます」


 侵入経路が一カ所しかない。『フラグメンツ』もそれがわかっていたからこそ、第二体育館を拠点として選んだのだろう。

 けれども、俺はその説明に一つ、ひっかかりを感じる点があった。


「……雫の『身体転移テレポート』を使って、潜入することは出来ないのか?」


 瞬間移動が使えるのならば、物理的な壁など何の障害にもなりはしないはずだ。

 それをあえて候補から外しているということは、潜入には使えない制約のようなものがあるということか。


「ごめんなさい、それは出来ないのです」


 案の定、俺の考えを後押しするように、隣で雫が声を上げる。


「私の能力には、二つ制限があるのです。一つは、人間一人を移動させた時、距離1mにつき1秒の能力制限時間が生じてしまうことです。例えば、私と黒崎さんを100m移動させた場合、大体200秒の間能力が使えなくなってしまうのです」


 時間制限。初日、階段を上る際に能力を使ってくれなかったのは、この制限があったからということか。


「そしてもう一つは、実際に目で見えている場所にしか移動出来ないことです。壁の向こう側は勿論のこと、鏡やガラス越しに見えている場所なども、移動不能な場所となりますです」


「……そういうことか」


 壁やガラスなどの物理的な壁を無視出来ないとなれば、『身体転移テレポート』での潜入は諦めねばなるまい。


 しかし、本来ならば最も隠密行動に長けた能力であろうに、そんな弱点があったのでは利便性や価値は半減だ。

 一見強力に見える能力であっても、決して万能ではないということか。


「それに、時間による制約のため、雫さんにはなるべくぎりぎりまで能力を使わせたくないというのもございまして……」


「……要するに、戦闘に入るまでは能力に頼れないって考えればいいんだろ?」


「ご納得いただけましたでしょうか」


「ああ、了解したよ」


 どのみち、誰とも戦わずに優華を救えるなんて、そんな都合のいい展開は考えていなかった。

 俺が承諾をしたことで作戦会議は終わり、すぐに次の行動へと移るための準備を始める。


「突入後の簡単な動きなどは話しておきますですか?」


「移動の最中に話せばいい。今は一刻も早くここを出るぞ」


「わかりましたです」


 こんな切羽詰まった状況でも、雫は眉一つ動かさず冷静沈着な立ち振る舞いを見せる。

 普段ならば胸中を読み取れないと警戒するところではあるが、今だけはその物怖じしない胆力が心強かった。


 俺の一刻も早くという言葉に従ってか、雫は最速で第二体育館に到達可能なルートを切り開くため、執務机の後ろにはめられた大窓を押し開ける。

 そして、


「ここから飛び降りますです。付いてきて下さいです」


 なんて、無茶なことを言いだすものだから、思わず「いや、死ぬだろ」とツッコミを入れてしまった。

 数秒前の心強く思った俺の感心を返してほしい。


 確かにそこから飛び降りるのが最短ではあるが、俺に空を飛ぶ能力なんてないぞ。


「ご安心下さいです。『身体転移テレポート』には落下速度をリセットする力がありますので、死ぬことはないです」


「ああ、そういうことね……」


 前後不覚に陥ったというわけではなかったかと安心し、伸ばされた雫の手を掴んで窓枠に足をかける。

 四階からの飛び降りは生まれて初めての経験だったが、不思議と恐怖が湧き上がってくることはなかった。


「お二人とも、無事に帰ってくることを祈っておりますわ」


「お前こそ、死体の世話にかまけて、自分が死体にならないように気を付けるんだな」


「ふふっ……期待していますわね、黒崎さん」


 一体、何に期待しているのかはよくわからなかったけど。

 篠森の鼓舞に背中を押された俺達は、躊躇うことなく窓枠を蹴り、戦争の色に塗り替えられた外界へと飛び出すのであった。


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