隕石追放
「シャロン=アドゥエ!! 俺はお前との婚約を破棄する!!」
舞踏会の会場に、突如大声が響き渡る。
音楽隊の奏でる優雅なテンポの音楽に合わせ、相方たる異性と踊っていた様々な国の様々な容姿をした貴族達は驚き、思わず視線を、声が聞こえた方へと移した。
するとそこにいたのは、この国の第一王位継承者たるシュバリエ=ロザーファ=ヴァンデリアと、半年以上前から彼と恋仲になっていると噂される、下位の爵位の令嬢ラナ=アベルフ。そしてそんな彼らに視線を向けられている……シュバリエの婚約者である〝星詠みの聖女〟の一族の娘ことシャロン=アドゥエの三人だった。
先ほど『婚約破棄』などという不穏な言葉が出てきたのもあり、いったい何事かと貴族達は困惑した。まさかシュバリエとラナが恋仲という噂が事実で、そんな中で邪魔な存在となったシャロンとの婚約を、本気で破棄しようというのか。
だが聞くところによると王子は成績優秀文武両道容姿端麗にして、帝立学園では生徒会長を務めている、多くの貴族がお近づきになりたいと思う完璧超人。
そんな王子が、星詠みの聖女であるシャロンとの繋がりが、これからの国のために、どれほど重要であるかを理解していないハズがない。好きな人、それも下位の貴族の娘との仲のために婚約破棄などするハズが――。
「お前はラナの可愛さ!! そして優秀さに嫉妬し!! 数々の嫌がらせを学友と共に仕掛けたな!!」
しかしシュバリエの目は本気だった。
招待客である貴族達のほとんどが驚愕した。
「殿下!! 何をおっしゃいます!! 私はそのような事は一度もやっていませんわ!!」
「黙れ!! ラナから聞いたぞ!! 机を隠す、水をかけるなどの嫌がらせから、学友と一緒になってラナをいびり倒すという精神的なモノまで……それと、これは俺の学友から得た証言だが、お前は彼女の母親に呪いをかけようと、校舎裏でかの能力を使っていたなッ!! そしてそのせいで!! 彼女の母親は……ひと月前に亡くなってしまった!! ここまで来たらお前はもう聖女ではなく魔女だッ!!」
必死に否定するシャロン。
しかしシュバリエは一切聞く耳を持たず、それどころかラナを引き寄せシャロンを糾弾した。
さすがにそこまですると、この国のためにならない。
シュバリエの言った事が事実かどうかはともかく……今はなんとしてでも、そのシュバリエを止めねば。
そう考える、近くにいた貴族がシュバリエに声をかけようとするのだが……その前に事態は動く。
「殿下!! それはまったくのデタラメです!! 私の力は――」
「黙れ!! それ以上の言葉をその口から吐くんじゃないこの魔女がッ!! お前なんか――」
シャロンは再び否定した。
だがシュバリエは、そんな彼女の反論を突っぱね……。
………………
……………
…………
………
……
…
西暦二一六五年。
人類は未曽有の危機に瀕していた。
遥か彼方――我々に観測できない、未知の外宇宙より飛んできたと思われる巨大隕石が、地球に向かっていたのである。
この事態を前に、地球上に存在する全ての国家は、それぞれの持つ確執を捨て、人類の未来、そしてこれから生まれてくる子供達のために手を組んだ。
※
隕石が落下すると推定された日より一週間前。
地球だけでなく、地球圏にいくつも浮かぶスペースコロニーでも日常生活を送るまでに科学を発展させた人類は、惑星間移動のために開発した、地球製、月製、火星製の、全ての宇宙戦艦を発進させた。
それぞれには、人類が考えうる限りで特に強大な破壊力を持つ大量破壊兵器が、これでもかと積み込まれており、人類の本気度合いが窺える。本当はありったけの大量破壊兵器を積み込みたいと思った政府高官もいたが、さすがに宇宙戦艦の兵器の積載量には限界があったために、節制し、結果こうして特に強大な破壊力を持つ大量破壊兵器が積み込まれている。
関係者から見ても、それはあまりにも非日常的な光景だった。
おかげで点検の際、それを見た乗組員は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
たとえ、これくらいやらねば隕石を粉々に。
バラバラではなく、粉々にはできないのだと。
地球の大気摩擦で焼失させられる、ギリギリの大きさにまで粉々にできないのだと分かっていても。
※
ワープ航行を二度駆使して……ついに艦隊は隕石を捉えた。
すぐに、大量破壊兵器の一斉掃射が開始される。
途端に艦内は、司令官達の怒号の如き指示で満たされた。
発射音などは聞こえない。
なにせここは宇宙。ほとんど真空の世界。
しかし各センサーのおかげで巨大隕石の事は把握できる。
そして、多くの大量破壊兵器が隕石に命中し――。
「ッッッッ!?!?!?!?!?」
――人類は愕然とした。
すでに八割の大量破壊兵器を消費した。
しかし隕石は……残り二割では破壊できないほどの大きさを保っていた。
人類は答えを迫られる。
残りの大量破壊兵器で。
いかにして隕石を破壊し尽くすか。
その答えを。
しかしそれは、いくらなんでも無理難題。
どうあがこうが、残りの大量破壊兵器で、地球の大気摩擦で焼失させられるほどの大きさにまで隕石を破壊し尽くせない。
――月にぶつけよう。
そんな中で、一人の男が提案する。
コンマ数秒レヴェルのタイムラグがある映像通信による会話を通して。
――残りの大量破壊兵器で隕石の軌道を変えたり、ブーストさせたりして、月にぶつけるんだ。絶対これなら地球への被害は出ない。なにせ月は、今まで……多くの隕石を受けてきたんだから。
地球にいる、一人の物理学者が。
隕石阻止計画に関わっている全ての科学者は、すぐにこの奇策に賭けた。
高性能コンピューターを駆使し、隕石と月の軌道、さらには残った大量破壊兵器によるブーストの威力を計算し――。
――ついに、解は出た。
そして、作戦実行の瞬間。
適切な量の大量破壊兵器が、隕石に向けて発射された。
――着弾。
――隕石は計算通り軌道を変え、さらには速度を増し……計算通りに、月の裏側へと衝突した。
※
隕石騒ぎがひと段落し、世界が再び平和を享受し始めた頃。
外宇宙よりやってきた隕石から、科学の発展に繋がる何かが発見される可能性があるために、人類は採取チームを結成。月の裏側に墜とした隕石の採取のために、彼らは月へと降り立った。
その中には、隕石を月に墜とすという奇策を提案した物理学者――まだ、高校生くらいの年齢であるにも拘わらず、アメリカのMITを飛び級で卒業した天才少年が混ざっていた。
宇宙服を装着し、採取チームは月の裏側を歩く。
目的地からそう遠くない場所に宇宙船を着陸させたため、ものの数分で落下地点へと辿り着く。
隕石の落下地点にできたクレーターの中心には、驚くべき事に、直径二メートル前後の大きさにまで小さくなっていたものの、まだ隕石は存在していた。どうやらよほど頑丈な材質らしい。
いったいどこの宙域の、どのような世界から飛んできた隕石なのか――この謎を前に、採取チームの学者連中はみんな、未知なる科学の領域への切符を手にしたと喜んだ。
すると、その時だった。
学者の一人が、隕石が光を放っている事に気づいた。
それも、ヒカリゴケが付着した岩が放つ光のような、対象の表層から放たれる光ではない。
隕石の中心より、こぼれ出る光だった。
※
そして、地球帰還後。
ついに隕石の調査が行われ……学者達は驚愕した。
なんと研究所に置いてある、あらゆるセンサーが。
隕石内部に、一人の少女が。
〝星詠みの聖女〟シャロン=アドゥエが封印されている事を感知したのだから。
※
人類は、まだ知らない。
シャロン=アドゥエがいたのが、地球より一万光年以上かなたにあった……惑星ヴァンデリアである事を。
惑星ヴァンデリアの王族の先祖が、長い長い星間戦争の末に、異星人であるシャロンの先祖の協力を得て、その銀河に存在する、知的生命体が住まう全ての惑星を統一し、様々な姿形をした異星人が集うヴァンデリア帝国を築いていた事を。
シャロンの血族が持つ、高次元に存在する未知のエネルギー【イグニス】をこの次元に招来させる力により、惑星ヴァンデリアとその民達が進化・発展した事で、彼らが超能力および魔法の如き超科学を使えた事を。
下位の令嬢への恋狂いのために、シュバリエはその超能力を用いて、シャロンを隕石の中へと閉じ込め……遥か彼方の宙域へと追放した事を。
シュバリエの主張がまったくのデタラメで、シャロンの力が一個人という小規模単位で発動するモノではないという事を。
反乱軍鎮圧のために、外宇宙へと出向いていたヴァンデリア皇帝が、シャロンを追放した息子と、そのキッカケになったラナを処罰した事を。
シャロンの【イグニス】を招来する力が国からなくなった事で、ヴァンデリアの民の超能力が消失し、星間国家間のパワーバランスが崩壊して……ヴァンデリア帝国が滅亡した事を。
その戦争の最中、シュバリエとラナが、シャロンを追放した報いとして最前線へ送り込まれ……目も当てられない、惨たらしい最期を迎えた事を。
シャロンの力を狙っている異星人がまだ健在であり、今度は自分が宇宙の帝王とならんと、後にその者達が地球圏へと襲来して……地球圏を中心とした、新たな星間戦争が勃発する事を。
そして、最終的に。
シャロンが地球で〝真実の愛〟を見つけ。
彼女が、彼女が愛した一人の少年と共に、地球だけでなく……この宇宙の行く末をも左右する戦いに身を投じていく事を。