89話 ご挨拶
シュツ シュツ シュツ シュツ
「大丈夫なのか?諏訪久」
シュツ シュツ シュツ シュツ
「ええ、手を動かしていたほうが落ち着くんです」
シュツ シュツ シュツ シュツ
規則的に響く、砥石が刃物を僅かに削り、石と金属の粉が水に滑り、研ぎ澄まされて行く刃。
場瑠部さんにお願いして農民に貸し出す用のカマやナタなどの刃物を研がしてもらっている。
親父にやらされている頃は嫌だ嫌だと思っていたけれど。
シュツ シュツ シュツ シュツ
研いでいるうちに集中し刃先の事だけで頭の中がいっぱいになる。
研いでいる間は周りのことや複雑雑多な何もかもが頭から離れている。
季節はもう収穫祭、ボクが美都莉愛達と出会ってから半年が過ぎ去ろうとしている。
半年の間本当に色々な事があった、もう一度生まれ変わった位の人生の変動があった。
魔法の技能から待望の吏員への道が開けた。
仮とは言え貴族の許嫁ができ。
ボクは庶民から貴族の末席に連なり。
何回も死にかけた。
色々な人と出会った。
莉夢、仁芙瑠姉妹。
九厘達同級生。
正武先生。
……。
先輩たち。
冒険者たち。
尊多や不羅毘、庶民ではけして無かったはずの出合いや良いとは言えない縁もあったけれど。
正直、王都から木ノ楊出流へ来たばかりの時、馴染めずに失ってしまっていたものを一気に取り戻した感じだ。
「あっ、諏訪久。こんなところにいたのか」
「ポ…。鳫間、何かあった?」
研ぎの手を止め声の主を仰ぎ見る。
ポチャ改め、いや、最初から鳫間はただお屋敷に世話になっているのも申し訳ないと自主的に働き始めた。
結構卒なく気が回るのと計算速度が素晴らしく速いらしく段々家令様の補佐的な立場を確立し始めている。
物事に対する考え方さえ家令様に矯正されれば吏員としての適性はそこそこ高かったみたいだ。
元々ボクの目指していた立ち位置なだけになんだか複雑な心境だ。ボクはそこより遥かに上まで登っていると言われればそうなんだけど。
「お館様がお呼びだ、至急執務室へ出頭するように」
キターーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
ってか出頭って、鳫間!言い方!
いつかは来ると思っていたけど、会議室では主に今回の遠征について美都莉愛が報告し、ボクと莉夢は美都莉愛の話で欠けている視点を補い、聞かれた事に答えただけだ。
ボク自身のことについては怖いほどに聞かれていない。
お館様、この木ノ楊出流領最高権力者、可汎・Ⅵ・木ノ楊出流男爵その人と今、相対する。
あえて、イナヅマとの心の会話で手助けはお願いしない。
ここは、ボクの力で切り抜けるべき事態なんだと強く思うからだ。
でも、回答に困ったら助けてくれてもいいんダヨ?チラッ、チラッ。
砥石の始末を場瑠部さんと鳫間に任せ、お屋敷の奥近く、お館様の執務室へ向かう。
飾り彫りの施された黒檀の扉の前で声を上げる。
「諏訪久・木ノ楊出流、お呼びにより罷り越しました」
暫くの間を置き。
「…入れ」
静かに、落ち着いた、それでも廊下まで良く通る声で入室を促す声が響いた。流石に美都莉愛のお父上だ声の質が似ている。
重厚な扉を開け、貴族の部下が主に向かってする礼を行う。
顔を上げれば、お館様は執務机を立ち、開いた窓の桟に両の手をかけ外の景色を眺めていらした。
綺麗に梳かれ束ねられた漆黒の総髪が印象的な横顔。
しばらく無言の時が流れる。
「良い顔であった…」
開口一番、お館様の言葉に思わずぶわりと溢れた雫。
不覚にも落涙してしまった。
五六八〇様操作席に横たわる木ノ楊出流英霊の御姿。
その、全てをやり切った漢の穏やかで満足気な笑み顔に。
ボクも逝くときはあんな顔でいきたい、そう思った。
「…失礼しました」
不味い、情けない、感情を抑えきれなかった。
貴族としては失格と言われても致し方ない。
「構わん、内輪の事だ」
お館様の言葉にホッと胸を撫で下ろすも。
内輪?これって?もしかして?
いやいや、お館様は生粋の貴族。油断は禁物、男は金持つ。
「有手倉の家はシマノクニ貴族の中では名家でなぁ、冠覇仁王呂帝国の総本家は侯爵家を領す格よ。
主上様に付き従い冠覇仁王呂帝国から未開の土地で国土を切り取り魔物を倒し肩を並べ共に戦った貴い家柄。
無名の徒が主上様の鎧番として取り立てられた木ノ楊出流家などとは本来比べ物にはならぬのよ」
どこか懐かしそうに語る、お館様。
「ほんに有手倉家には感謝しかない、有手倉家からは何度も木ノ楊出流本家へ嫁入り嫁取りがあり現状シマノクニでも最も濃い血の親戚よ。
有手倉家との血縁が無ければ木ノ楊出流なんぞ王国の貴族家らには歯牙にもかけられん。
悔しいかな木ノ楊出流家とは所詮その程度の器の貴族家と言う事だ。
諏訪久、お主も木ノ楊出流家の一翼を担う者として初代様の頃から成る有手倉の厚情、夢々蔑ろにする事なかれ」
だんだん話が重くなっていく。
「肝に命じます」
やっとの事でそれだけ返す。
なんなの、この方、いらっしゃるだけで圧力が凄い。これが本物の貴族。ボクと同じ人間なのか?!
同じ部屋で相対しているだけで冷や汗が垂れてくる。
「時にお主、初代様の加護を得ているとの話であるが…」
キタっ!
「何者か?」
「名来流村修理職人比樽の息子諏訪久にござりまする」
そうじゃないんだろうけど、そう答えるしかない。
「何!比樽の…」
え?引っかかるとこそこ?
お館様、改めてまじまじと僕の顔をご覧になられた。
お館様は目を細め複雑な表情をした、どっちだ?吉か凶か?
「そうか、どことなく当時の子供大将の面影があるようだ」
お館様の圧が少し緩んだ、多分産まれて初めて親父に感謝したと思う。
「当時本気で私の頭を殴り付けて来たのは比樽だけだったからな、仮にとは言え、名来流村の子供軍団の傘下に御代町の子供軍団が組まこまれた屈辱は相当なモノだったぞ」
ダメじゃん親父。恨んでやる、死ぬ迄。
そこから一念発起し、サボっていた領主教育の軍事戦略を真剣に学び直し、拙いながらも知略を持って再戦、親父を下し下克上(?)を果たし、その後親父を副将と据え御代・名来流連合軍で木ノ楊出流中の全子供軍団をシメた全領制覇の話は初めて聞いた。
何やってんの親父。
そこで軍事知識に興味を持ったお館様は、魔導学校から魔導院軍事戦略課程を経て最後には朱秘頼図弩県軍の軍事顧問を任されるようになるのだから世の中何が起こるかわからない。
まさか、お館様の御人生にウチの親父が関わっていたとか夢にも思わないよね。
「懐かしい名が出たのでつい昔語りをしてしまったな、判っているとは思うが質問の意図はそうではない」
来た、正念場だ、でもさっきよりは空気の張り詰めが緩い、やっぱり親父に感謝しておく場面なのか?これは。
「九郎守様の加護など世迷い言だと私は思っている、しかし麗芙鄭、亜瑠美奈、美都莉愛らの声を聞けば確かな能力のある事も伺い知れる。
果たしてその様な実力者が彗星の如く我が領に現れるものなのだろうか?余りにも都合の良い話ではないか?」
わかりみですお館様。
「こう言っては何だが、お主は本当に比樽の息子なのか?他の領や王軍隠密の間諜が入れ替わって居るとでも考えた方がしっくりくるのだが、如何に?」
如何に?って言われても…本人にそれ聞きますか?
あー、イナヅマの言うとおり、色々と食えない人だー。
これから明日夜までに1話分書けたら明日も更新しますが書けなかったら来週になります。
更新情報は「活動報告」とツイッターで流します。
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頑張りますので今後もよろしくお願いします




