76話 戦略的撤退 もしくは 後方に転進
”窓”が開かなくなった一瞬を縫って【呪詛】と【恐怖】で反撃十六連打。
こっちのが魔力総量は多いんだ!どっせい!
gyuaaa!guaa!gaaa!
魔物軍団が阿鼻叫喚の渦に巻き込まれているうちに美都莉愛に肩を貸し半分引きずるようにして後退する。
!ga!gaga!
何体かの魔物達がこちらを指差し声を上げている。
後ろから来た【大躯】やら【大鬼】共がうずくまったり苦しんでいる【小鬼】達を踏みつぶし乗り越えながら進んで来る。
魔物は夜目が効くと言っても真っ昼間の様に見えるわけでもないらしい、視界はこちらの方が有利か。
少し下がっては美都莉愛の弓を借りてめくらに撃つ、狙いも付けず闇雲に打つだけだが反撃があると言うことを示すだけで追撃の足を遅らせる事が出来る。この時間が貴重だ。
やがて
「お嬢様!諏訪久全員無事に洞窟から脱出し森へ入った!領軍と連絡もついた!撤収願う!」莉夢の悲鳴にも似た声が頭部防具に響く。
「り!」(了解)
もう撤退しかけてるけどねっ
「諏訪久、もういい、自分で歩ける」おお!お嬢様!自力で抵抗したのですね。まだ、ふらつきはしていたけれど弓を渡したらシャンとなされた。流石だ。
「退がりながら突出した魔物を優先に射掛けてください、向こうの飛び道具は九郎守様の御加護にてある程度は無効化できます」
にじり寄る魔物達の頭を押さえるのは美都莉愛に任せ、ボクは念のため背後にも気を配りながら。起動窓に【障壁】を準備。飛び道具を警戒しながら発動直前状態を保ち、同時に相手側の魔法行使を削除できるよう備え、魔物の動きを観察しながら後退する。
口では簡単に言えるけど四つの行為を同時にこなすのはヤッパリ厳しい、やってるうちに何となくは慣れて来たけれど魔力と精神力がゴリゴリと削られていく、冷や汗が止まらない。
ようやく出口の明かりが見える程に近くまでたどり付いたころ、魔物達の動きが変わった。前面に【大躯】の盾持ち達が並び矢が効かなくなりつつあったのと。
「【王牙】だ」
【大躯】の後ろにチラチラと見え始めたのは角を持った巨躯。地上の魔物の中で速度と破壊力の釣合そしてその頑強さから”王”の名を冠された魔物、それが【王牙】だ。
出口の明かりが僅かに届けばボク達の姿はもう見えちゃってるんだろう、そうですたった二人です、判るよ魔法は効かない、飛び道具は落とされる、だけど矢は飛んでくる。相当の戦力だと思うよね?でもまやかしの時間はもう終わりだ。
「美都莉愛、出口まで走れる?」頷く美都莉愛に
「チョットだけ足止めする、先に行って!」不満げな顔の抗議を受ける前に
「【王牙】が来た、直ぐ追い駆けるから、早く!」かろうじて頷いた美都莉愛は「絶対逃げてよね!」と言葉を残し出口へ向かって駆けだした。
色めき立った魔物集団の追い打ちをかけようと構えた頃合い狙って。
【突風】×五倍⇒ New!【嵐】! 吹けよ【嵐】!【嵐】!【嵐】!とやあァァァ!
洞窟の床に転がる小砂利やら砂埃やらを大量に巻き上げたつむじ風が奥から追いかけてきた魔物達に襲い掛かる。
突如として洞窟内で吹き荒れる暴風に【王牙】以下の魔物どもはひるんだことだろう、眼に砂入ったら魔物でも痛かろうモン。
この隙に!勢走諏訪久青春勢走!出口に向かって走るんバ!
チャペアペカラキナミョーホントゥスケ!
祈りの叫びで己を鼓舞し出口までを駆け抜ける。
一瞬の油断が命取り。最後の最後で岩の出っ張りに蹴躓いて洞窟から出るのはゴロゴロと転がりながらだった。
諏訪久ころりんすっとんとん。
かっこつかねぇ。
文字通り転がり出た洞窟の入口で無理矢理立て直し起き上がると森の中から手を振る美都莉愛と莉夢が見えた、視覚補助が無いと見落としちゃうネ。
何度も後ろを振り向き、魔物達に見られていないことを確認しながら森の中へ転がり込む。思った以上に効果的だったみたいね、【突風】改【嵐】
「はぁ、はぁ、もう無理」もうこれ以上魔力つかったら気を失っちゃいます。
二人の足元に倒れ込んで一息つく。面頬を開くと、逆に生暖かく湿った空気に顔を晒されて開放されたのに何だか微妙な気分。
鎧下と頭部防具どんだけ快適なんだよ。視認阻害もそうだし千年前の魔導士様方も、これ位の性能じゃないと魔物と戦えなかったんだろうなぁ…装備一式で金貨千枚というのも頷ける。これ量産できないのかなぁ。
美都莉愛は自分が飲んでいた水筒をボクの口に付け水を飲ませてくれた。旨い、喉が渇いてたんだな、ボクは。
莉夢はジッと洞窟の方を観察している。
片目を抑えながら、洞窟の入り口からぬぅと出て来たのは上半身鎧に包まれた【大躯】。
少し小さ目のサイズを革紐や蔦で補って無理やり付けているから隙間だらけだ。
wogoooow!
【大躯】が岩の裂け目から出てきた瞬間、四方八方から飛んできた無数の矢が突き立ち、全身針鼠…針猪になった【大躯】はひとしきり吠えまくり周囲を見回し剣やらそこらの石などを森の木々へ向けて投げたりしていたが遂にはその場で膝を突き、崩れる様に倒れた。
投槍もニ、三本刺さってる、ダメだこりゃ。
洞窟奥からその死に様を覗っていたのか、後続の魔物は姿を現さなかった。
お嬢様宛に通信が入る。
「今のうちに撤収願います、相手方が慎重になっている時機に移動してしまいましょう」隊長さんからだ。
里へ帰るのだとばかり思っていたのだけれどこのまま領軍の拠点施設方向を目指すのだという。
莉夢の報告で最低百体規模の魔物の拠点と判ったのだ、下手に里への道筋を覚られ忘魔の山を囲まれでもすれば里が詰む。
数人の忍者に先導され、森の中を歩きながら携行食を食らい魔力回復を促進するという噂の水薬をがぶ飲みする。そんなに苦くはないけれど何やら生臭い。後味はすっきりするので悪くはないのだけれど進んで飲みたい味じゃないことは確かだ。
美都莉愛は毎晩こんなの飲んでたんだ…。
イナヅマに聞いたら効果はオマジナイ程度との事で…でも魔力枯渇寸前な今オマジナイにでも縋り付きたい気持ちだよ。
他の女達も数人ずつに分散し痕跡を辿られないよう森中を進んでいるという。
既に早馬を手配し魔物の拠点の場所までは報告済みだそうで一両日中には木ノ楊出流領軍騎甲師団の先遣隊が出発する見込みだという、忍者隊長有能すぎ!
「いえ、お嬢様より貸与頂きました魔導小板の性能のお陰でございます」と謙遜される隊長さん、道具は活用できる人在ってこそですよぅ。
ボクも頑張らなきゃ。移動中も意識して肺全体を広げて深い呼吸を心掛ける。休憩中は美都莉愛お嬢様の警護を莉夢にお願いして少しでも眠るように心がける。
イナヅマから以前教わった空気中の魔素を取り込み体内魔素、所謂魔力に効率よく変換させる呼吸法を心掛けている。
眠りや瞑想で心を落ち着かせることも魔力回復向上に役立つのだそうだ。すでに三分の一程度迄は回復している。魔物の森の真っただ中ではまだまだ不安な量だけれど。
面頬の情報表示のお陰で自分の魔力量が可視化されているのも大きい、魔導細外套の魔素集合の術?機構?も回復を手助けしてくれているみたいだ。羽生さんの助言の的確さが身に染みる。
これまでは通常貴族の十倍と言われた魔力量にかまけて、困った時に考えればいいかとか思っていたけれど今回みたいに魔法乱発しているとあっという間に魔力が尽きることが分かった、少なくとも【捜索】や【鑑定】は断続的に使用できるようにしておいた方が絶対に良い。
そうだ、そろそろ【捜索】を使ってみよう、自分の周囲を全方位【捜索】かけてみる。
「あ…」
追跡…されてる?




