72話 大きなケイノキの下で
美都莉愛と莉夢とボク。
流れでボクが先頭を進む。忘魔の山肌から三間(5メートル強)も離れたら、そこはもう魔物の森だ。
感知能力が魔導兜の性能のおかげで爆上がりしているのだから適材適所と言ったところか。
良くも悪くもここからはもういつ魔物と邂逅してもおかしくはない。
暗い森の中も面頬の調光機能で足元に不安も無い、美都莉愛も莉夢も太古の武具の性能に驚くばかりだった。
歩き初めてさらに実感できたけれど鎧下の恩恵は凄まじい。
そろそろ汗をかき始める頃なんだけど、それは普通の鎧下を着けていたらばだ。
ビトビトに汗をかいていてもおかしくない程の運動量なのにうまく汗を逃がして体温調整してくれているのか全く不快感が無い。
魔物に襲われた時にヘロヘロに疲れていたら目も当てられないかと思ったけれど。
しっかり体力温存できるのはかなりの恩恵だ、流石は羽生さんの一押し品なだけはある。
夜なんかは保温機能も付いているらしい。優れモノだ。
大きなケイノキの下で。
何年間か里人の通った跡が僅かにケモノ道程の体をなしている小道を小半時(30分)程も進んだあたりだろうか、ケイノキ林の中の大きなケイノキの下で。
地面に転がった一本の鉈と壊れたランタンを見つけた。
近くのケイノキには樹皮を剥がした跡がまだ新しい。この樹皮を煎じたものは乳幼児の熱さましとして里の人に利用されている。周囲に向け【捜索】を掛けるが人も魔物も引っかからない。
ぎり…。
間に合わなかった。今回も。
「…大丈夫だ諏訪久、辺りに血糊は見当たらない」
そう美都莉愛は言うけれど、それは。
「お嬢様、諏訪久」鉈やケイノキの周囲を調べていた莉夢から通話が入った。
「この辺りの下生が乱れている、ここからさらに奥を探ってみよう」
なるほど、よく観れば草木が折れたり踏みつぶされた跡があることに気が付く。
樹皮剥がしの跡同様そんなに時間は経っていない様子。…その…女性が乱暴されたと判る様な形跡もない。
すなわち。
「気絶させられたか縛り上げられて担がれて運ばれた、と言ったところか?」まだ、間に合うか。
気は急くものの冷静に行かねばこちらも危うい。【捜索】は欠かせないけれど魔力残との兼ね合いもある、戦いになったときは魔力だけがボクの頼みの綱。思案のしどころだ。
今度は莉夢を先頭に歩きはじめる。
「この面頬の視界は素晴らしいな。薄暗い森の中でもモノがよく見える、これなら痕跡を見失わない」
莉夢の感嘆が魔導兜の耳元から聞こえる。何時もの旅人の外套は今日は格闘衣と細外套に替わっている。やっぱり身体への適合機構が付いた濃緑の格闘衣は細身体形だけれど女性らしい体の曲線がはっきりと表され、なにやら気恥ずかしい。美都莉愛のジト目が怖くてあまり視線は向けられないけど。
道なき道を莉夢の先導で進んでいく。面頬の視界の一部に示された方角表示(忘魔の山近辺では表示されなかったモノだ)からすれば大きなケイノキ群から更に乾(北西)の方向になる。
忍者部隊一泊組が子(北)から酉(西)方へ向けて探索を始めているはずなのでうまくすれば挟み撃ちできるかもしれない。
もし進んだ先で、一泊忍者組と邂逅してしまったら…そこから更に奥地へ向かうとなると樫鵜地方最後の秘境。蒼穹騎士爵家の矢川領内辺りに出るのだろうか?
次第に森はその密度を増し人間の侵入を拒む様相を現し始める、その分近々に人間大のモノが通り抜けたであろう痕跡ははっきりと確認できるようになってきた、この痕跡も後半日もすれば自然の繁殖に埋もれて確認不能になったのかもしれない。
朝出発を遅らせていたらここまで探索して来れなかっただろう。美都莉愛の即断即決のおかげだ。
そして遂に。
「あっ!」
何十度目かの【捜索】に魔力反応が引っかかった。
美都莉愛と莉夢に停止を促し、暫く置いてから再度【捜索】を試みる。
動いてない。
反応はさっきと同じ位置で観測された、少なくともこの魔物はどこかへ移動している最中ではないと言うことだ。この反応の元に彩の母ちゃんが居る保証はないけど今のところ唯一の手掛かりだ。
方向と位置を莉夢と相談すると、今追いかけて居る痕跡と魔力を観測した場所の方向はほぼ一致している様だ。
幸運なことに、魔導小板を持たせた忍者隊長さんと通話が繋がり、忘魔の山の西側へ展開していた部隊をその方面向かわせて貰う算段がつけられた。便利すぎるぞ魔導小板。
忍者部隊に丸投げして終わりという訳にもいかない、ボク達耀導徒第二もこのまま進む。
◇◇
「どうするよ…」
現場へ着いたのはボク達の方が早かった。森中の木々の中から【捜索】で観測された魔力の場所を観察する。面頬操作で表示倍率を上げれば視角は狭くなるけれど拡大して観察ができる。
森の中にぽつりと現れた小高い丘の一部。森から一段高い場所に優に人が通れる程の高さの岩の裂け目がある。その裂け目の前にそいつらはいた。
革の鎧と盾を装備した少し大きめの【小鬼】?と最初は思った。【小鬼】は初学生ぐらいのだけれどそいつらは大人程の大きさがある。
「【大鬼】ね、多分」
視界共有している魔導兜から聞こえる美都莉愛の声。
【大鬼】は【小鬼】の亜種、又は上位種と考えられている魔物で【小鬼】が大きく育ってなる訳ではないらしい。森の中で遭遇するのは圧倒的に【小鬼】の方が多いので【大鬼】はそこそこ稀な魔物なんだそうだ。戦闘力は人間の大人位?頭の方はまぁ推して知るべし、所詮【小鬼】の亜種だから。
どう見てもあの位置は歩哨だよね。人間の鎧や盾を無理やり組み合わせて一式誂えた感じな装備、見た目はアレだけど防御力自体はそこそこありそうで厄介だ。
で、さらに厄介なのが。
この距離まで近寄って裂け目の奥を集中的に【捜索】し感知した時には総毛立った。
「あの、裂け目の奥に沢山人間がいる?」
「はい、多分数十人単位で…」
魔力の濃淡を感知している【捜索】では純粋な魔素の塊である所の魔物と固有エーテル位相空間に魔導器官を供え魔素を魔力に変え蓄積する人間とでは明確に捉え方が異なる(イナヅマの受け売りです)。
樹や植物越しならともかく岩や土砂などの質量の高いモノを挟むと探知力が弱まるのか少し曖昧だけれどかなりの密度と範囲で人間と思しき魔力反応が感知できる、感知できるということは、まだ生きているということだ。
ぶるる、と背筋が震えた。
「選択肢は二つ。忍者部隊を待って侵入救出するか、今潜入して救出するか。よ」美都莉愛は断言した。
二択ですか。このまま一度帰還して家令様に報告するとか指示を仰ぐってのが最初からバッサリ切られてます。流石です愛しいシト(仮)。
ここは一発キヨシコノヨル。将来の夫(願望)のこのボクのチョットいいとこ見せてみたい。
「美都莉愛、ボクに考えがあります」
73話74話は 胸クソ回になります。苦手な方は暫く回避願います。




