7話 はじめてのおつかい
「何、やってル、か」
シンと。
その声が響いたとき、辺りの音が消えた。いや、撫散の泣き声だけ続いていた。
背が高い。
第一印象はそれだった。
ボクより頭一つ分背の高い九厘。
それより更に頭一つ高い、それでいて細身な体形の執事服。
「お嬢さマ、呼んでる」
凛と涼やかに、なお地の底から響く如声の持ち主は。
この町では珍しい栗色の肌をもち薄金色の瞳と短髪に切り詰めた同じく白金色の髪を持つ男装の美丈婦。
「こっ、こいつが先に手を出したんだ!」九厘はボクを指さし金眼の持ち主に食って掛かった。
……人を指差すなよ。
いつものことだ、彼らの基準では他人のカバンを破れる程に引っ張るのは手を出したことにならない。
なぜなら『結果として破れていないから』だ。
むしろその結果を導き出すためにボクが取った行動により撫散が泣いた。
それは、“泣かせた”という結果をもって“悪”となす。
そして、大人はより多数の子供の言い分を正となし。少数の証言は数が少ないという事実を以て嘘とみなす。
だからこそこいつらはつるむんだよ。
いつものことだ、いつもの。
「お嬢さマ、呼んでる」
繰り返しですか……。金色の眼は、じっとこちらを見つめている。
何か毒気を抜かれ逆らうのも疲れた。
立ち上がり体の埃を払うとカバンを拾い金眼の持ち主の前へ進んだ。
踵を返し廊下を進んでいく栗色肌金髪金眼の麗人、その後ろをついて歩く。
九厘達の喚き声など意に介さぬ様だ。
そのうちあきらめたのか泣きの余韻でしゃくる撫散を引っ張りながらボクの後ろを遠巻きに3人組がついてきた。
中央学校と併設された|御代《ミダイ》町の初学校。その間に町の中央神殿がある。その社の一室。領主様一族専用の部屋に入ると件の人物がいた。
若様の妹君。恐れ多くもボクの同級生にして魔法の恩恵技能を持つ“星”。
木ノ楊出流男爵令嬢 美都莉愛・木ノ楊出流お嬢様。
若様は県立の魔導学校へ入学されたので、今はお嬢様が部屋の主だ。
「おじょうさまーごきげんようー」
ドーン ド ド ドーン。
ドーン ド ド ドーン。
夕刻の時告ぐる大太鼓の音が響く中。
わざわざ領主家の部屋に立ち寄りお嬢様にご挨拶してから下校する下級生に。
「さようなら、気を付けて帰るのよ」手を振って見送る。
こんなに間近に見たことはなかったけど金髪金眼の君とはまた違う美しさで赤金色の髪を肩口まで伸ばしている、若様と同じ色だ。
「あら、いらっしゃい。あなたが諏訪久? 撫散どうしたの?」
主の元に来てぶり返したのか撫散が再びむせび始めた。
「こいつが、撫散を突き飛ばしたんだ。お嬢様がお呼びだって言ったのに、来ないから!」
おーい九厘……矛盾証言と記憶の改竄。もう彼の記憶は“お嬢様のお呼び出しを無視しようとした輩を自分たちが正そうとして卑怯な攻撃を受けた”に書き換わっている。
というかそもそも都合がいい部分しか覚えていない。
もし今日のボクと彼らの行動を遡って観察できる存在がいるのならば是非見返してほしい。
彼らは一言だって“お嬢様”なんて言っていないはずだ。
おそらく彼らの頭の中に“お嬢様の勅命”が大きく存在し言っていないのに伝えた気分になってしまっているのだろう。
よくあることだ。
「お嬢様がお呼びだなんて彼らから一言も聞いていません、こちらの……方が来て初めて“お嬢様から”と聞きました」
こちらの言い分は言わせてもらうよ、ちらりと金髪金眼の君を見る。
「嘘だっ!」
案の定九厘が叫ぶ。やっぱり水掛け論にしかならないよね。
♪ぴろりん。空耳の音と共にイナヅマの窓が開く
『我、記録済、音声再現の用意アリ<(`^´)=3』
アリガトイナヅマ。でもダメだろ? なるべく自分の存在は秘匿したいナイショで頼むって昨夜言ってたよね。
「どっちでもいいわよ、どうせまたあんたたちが何か大切なこと伝え忘れたんでしょ? ったく莉夢を追いかけさせてやっぱり正解だったわ」
お嬢様はそのつぶらな赤金色の瞳を閉じ“ペシ”と自分のオデコを叩いた。
前科持ちだったのか。
「お、お嬢〜〜」
三人組は所在無げにおろおろしている。
思ったより気さくな方らしい。
お嬢様はこちらへ向き直して。
「諏訪久。今日はアタシたちと帰ってもらうわ、麗芙鄭から『必ず連れて帰って欲しい』って頼まれてるもの」
え? 昨日の今日で? 家令様一体何を……。
ス:音を記録再生できるなら、一文字づつ録音して、任意の順番に再生すれば、エミュレーターとか使わなくても意思疎通できたんじゃないの?
イ:……。
イナヅマは暫く固まっていた。