68話 秘密の扉
「ふわぁぁ…お腹いっぱい…」
ほぼ順調に進んでいるので少し長めの昼食休みを取ることになった。
【大躯】戦は実質四半時(15分)もかかっておらずその後の休息を入れても半時(30分)程度であったし日程には戦闘や戦闘回避迂回の時間も想定されていたので余裕がある。
お嬢様は既に木陰で横になり…その、かわいらしい寝息を立ててオヤスミになられている。ダメですよお嬢様、お嬢様の本当の旦那様になられる方にはご結婚前にご就寝姿だけは絶対に見られてはなりませんよ。
莉夢は「私は起きているから諏訪久は休んでいいぞ適度な時間で起してやる」
と言ってくれた、魔物の森の最奥地に近い所でこんなにのんべんだらりとしていていいのか?とも思うけれど折角なのでチョットだけ横にならせて貰おう。チョットだけだから、チョットだけ。
お嬢様よろしく下生えの良さそうな所に背嚢を枕に大の字になる。
忘魔の山を見上げる。晴れ渡る空、山頂付近にかかる小さな雲、青い窓。時折森から吹き寄せる爽やかな風が頬を撫でる。森から吹く風はなんでこんなに心地よいのだろう。
ああ、薄れゆく意識…あれ?何か違和感を感じる。閉じかけた目を無理やりこじ開ける。
山! 空! 雲! 窓! 風!
…”窓”ォ!!!
空中に半透明の窓が浮き、頻りに何かの文字紋様が流れている。なにかの魔法が行使されようとしている。
『イナ…羽生さん、何か魔法使ってる?』
『?いや、今は【捜索】も使っていないけど?』
『…空中に”窓”が開いてる』
『…興味深いな、魔力脈動に特異な変動は感じられないから君のスキルは関係ないと思う、どんな内容か説明できるかい?』
『ちょっとまって…』
空に浮いている青い窓に意識を向け、走っている文字紋様を【複製】、次に羽生さんとの会話の窓に貼り付け
『…これは、何かの音声入力を要求している感じかな?”開けゴマ”?』
『”開けゴマ”って言えばいいの?』『呪文は適当だけど、何か里に伝わってる言い伝えの文言とかあるのかもしれないな、あの八角堂がらみの伝説とか何か…』
むくりと上半身だけ起こしたボクは宙に浮く窓に向かって唱えてみた。
「開け…」
突然、辺り一帯そこそこの振動とに見舞われ、少し先の山肌に積もった砂礫がガラガラと音を立て崩れ始めた。
なぁぁ!
一頻り瓦礫の崩れ去った跡にぽっかりと人が入れるほどの長方形の穴が開いた。
流石の莉夢も突然の出来事にまあるく眼を見開き、開いた穴を見ながら口を開けていた。
『一発かよぉ…ゴマもいらんかったかぁ…』
いいのか?これ。
瓦礫の崩落音にもビクともせず豪快に…寝息を掻かれていたお嬢様を莉夢に叩き起こしてもらう。寝て起きたら目の前に開いていた扉を見、莉夢と同じにあんぐり口を開けていた、ちょびっとだけスッとしたのは内緒だ。
「忘魔の山の秘密の扉…」ぼそりと呟くお嬢様に。
「知っているのですか?お嬢様」尋ねる莉夢。
なんだか既視感に襲われる。
「木ノ楊出流男爵家に伝わるおとぎ話…の一つね、千年前の約束の折、魔王再臨に備え木ノ楊出流の後裔が戦える様に忘魔の山に秘密の扉があってその奥に魔王に対抗するための武器武具が収納されているって。魔王降臨まで開けちゃダメなはずなんだけど…」
ちらりとボクを見るお嬢様。思わず目を反らしてしまった。
「子供の頃寝る時ににお父様がしてくれた昔話の一つよ、本当にあっただなんて…開閉の鍵言葉は木ノ楊出流家の直系が唱える”開け”と”閉じよ”…」
お嬢様の言葉に山裾に開いた口は元の山肌に戻った。山肌は…。千年の間に上から崩れ落ちた砂礫がその部分だけ無くなっており”ここに何かあります”的情景になっていた。すこしヤバミかもしれない。
『例の窓は君の妻の魔力紋情報に反応して開いた様だな、入力音声は誰のものでもいいと、木ノ楊出流家血縁者が喋れない状況も考慮されているのか…』
「これもご先祖様のご神託かしら?ともあれまたお手柄ね諏訪久、物語では鍵の言葉は伝わっていたけれど場所は”忘魔の山の麓”としか語られていなかったもの、子供の子守語りとしての伝承だったから誰も本当の事だとは思っていなかったと思うわよ?多分十七代目様から十八代目様の間で途切れたんじゃないかしら?
こりゃぁ偽装じゃなくて本当に結婚しなきゃならない羽目になるかなぁ…」
肘を押さえて身震いされるお嬢様。そ、そんな嫌そうな顔なさらないでも…ぐすっ…。
「どうしますか?お嬢様、扉を閉じたまま帰投し家令様に報告なさいますか?」莉夢がお嬢様に尋ねる。
「そうねぇ…秘密の扉は本当にあったんだって証拠もあれば持って帰りたいし、チョットだけ中を見て行こうか?チョットだけ、チョットだけよぉ?」
あんたも好きねぇ…
◇
山肌の入口から入ってすぐに行き止まり。先をふさいでいた自然の物とは思えない真っ平らな一枚壁に描かれた木ノ楊出流家の紋章にお嬢様が触れると継ぎ目なんか見えなかった壁面に四角く線が走り音もなく横にずれ開いた。
羽生さんはその内扉付近にあった鷹と思しき巨匠の線画が描かれた壁の張り出し部分を暫く調べると言い出したので線画に触れてみたり近寄って細かく見たりして時間を稼いだ。
お嬢様もリムもボクの異常行動は黙って見守る体勢に入ったらしくじっと待っていてくれる、有難い。
『セキュリティとインフォメーションを兼ねた魔導端末だな、君たちが”魔導小板”とか”魔導書板”と呼んで居るスマート端末にここからアプリケーションをダウンロードして内部の施設を利用する仕様だ、あくまで魔導騎士向けの施設ととらえるべきかな』
初めて聞くはずの言葉の羅列なのに何となく意味が飲み込めるところが不思議だ…これも【editor】の性能のおかげなのか…。
『魔導小版?あんな高価なモノ必要なの?』一台ざっと金貨百枚…。
『当時の魔導士は一人一台皆持っていた、今は新規製造できないから希少品だけどね、大丈夫、イナヅマの偵察端末体で代用できる』
施設内部の構造をだうんろぉど…取り込んだ羽生さんの案内に従って進むことにする。
「お嬢様、どうもこの建物は忘魔の山の地下全体に及んでいるみたいです、全部を回るとかなり時間がかかりそうですけどいかが致しましょう?」
お嬢様は目を真ん丸にして「そんなことまで分かるの!やだ、ホンモノじゃない!貴方!」
今まで何だと思って頂いていたのでしょうか?
秘密の扉の内部は千年もの間封印されていたとは思えないほどに綺麗で塵や埃も見当たらず空気が澱んでもいなかった。
むしろ肌にさらりと適度の乾燥し心地よい温度が保たれている。
簡素ながら廊下の壁面や天井に施された装飾は古代の神殿を思わせる、床の材質も石なのか金属なのかボクには判らない、雰囲気的には魔動騎様の表面装甲に近い感覚を受けた。
ボク達の歩みに合わせて天井の一部にまず薄明かりが点り進むたびに足元を照らす光が追い駆けて来る。
『千年前にこんな設備を設計できるとしたら是柳陀か或羽跡か…』羽生さんの独り言は聞き流すのが吉と学んだので意味不明なセリフには突っ込まない様にしよう。




