67話 【大躯】があらわれた!
「莉夢、徹甲矢よ」
「はい、お嬢様」
莉夢は旅人の外套の下から一本の矢を取り出した。
徹甲矢は体表が硬い相手、金属鎧なんかを貫通させる時に使う特殊な鏃の着いた矢だ。
今回の遠征にあたってお嬢様の使う特殊途用の矢を何本か莉夢は隠し持っている。
今回、身を隠せる岩場から【大躯】の居る位置までざっと一町(六十間=約110メートル)。
大人用の強弓なら百間(約180メートル)以上飛んでなお有効射程内のモノもあるというけれど、お嬢様の弓ではこの距離はかなり厳しい、当たったとしても必中必殺の間には程遠い。
三人で相談の結果、迂回して他の魔物に見つかり目の前の【大躯】に加勢に来られた場合三人では詰んでしまうので極力距離を保ち結界内を狙撃しながら後退し弱ったところをとどめを刺すという作戦で行くことに決まった。
安全策を考えればこのままさっきの見送り場所まで帰って半日待機の上忍者部隊の皆様に数の暴力で何とかしてもらうのが正解なんだろうけど。せっかく士気が盛り上がっている所を信奉していた主が実はヘタレでしたと水を差すのもばつが悪い。
【黒大躯】の時だって一人で暫くは何とかなったんだ今はお嬢様の矢も豊富だし莉夢も居る。気合を入れろ!諏訪久!
『いざとなったら羽生さんよろしくお願いします』『了解、お願いされました』
兎に角初檄を確実に当てることが重要だこれを外すと無傷万全の【大躯】と追いかけっこになる。恐ろしい話だ、謎の超絶魔法なら一発なんだろうけれど。
お嬢様は目いっぱいに弓を引き絞る。
貫通力重視の鋼製の鏃は結構重い、長距離飛ばす矢は後ろ重心の方がイイらしいけれど今回は仰角を目いっぱいに取って重い鏃の前重心を相殺する。山なりの軌道になって到達距離は落ちるけどお嬢様はギリ行けると踏んだ。
お嬢様の呼吸が止まった。
いくよ!
お嬢様の殺気が走り”きゅン”と音を残して徹甲矢は大空に解き放たれた。
あー……これは少しだけ届かないんじゃないかなぁ?
ほぼ無風なため横ブレは殆どないものの少しだけ飛距離が足りない、当たるとしたら脚だ。脚でも移動速度が落ちてくれれば御の字だけど。
じっと矢の軌跡を見つめていたお嬢様は
「いけっ!」
山なりに飛ぶ矢が下がり始めた辺りで小さく叫んだ。
途端
えっ?
下りの軌道をたどり始めた矢が一瞬浮き上がった様に見えた。
矢は山肌を見つめていた【大躯】の首元に突き立ち、鋼の鏃はその貫通力を十分に発揮し体内深くへ潜り込み内臓を蹂躙した。
gubuuuuaaa...
自分の居場所が分からなくなっていても流石に矢を射られたら射線の方向へ向くよねぃ。
怒りの形相をした【大躯】がこちらへ向かってヨタヨタと走り出した。
『ほう、相対座標を取得できれば応戦するか、容量の少ない核に上手く詰め込んだものだ』
羽生さんの意味不明な独り言は流して、向かって来る【大躯】に応戦体勢を整える。
お嬢様のきつぅぅい一発を食らった【大躯】はこちらに向かって来る間に二の矢三の矢を食らい続けている。移動速度も遅く既に死に体だ。これなら後退しなくても莉夢とボクとで抑え込める。
距離十五間(30メートル弱)ともなればお嬢様必中必殺の間合い。
矢を一度に二本番え連射を始める。まさしく針鼠の様相だ、よたよたと歩く程度の速度になっても前進を止めない【大躯】敵ながら天晴れ。程よき距離でお嬢様の前に莉夢が立ち敵意を引き継ぐ。
pigiiiiii...
ボクは森側へ少し遠めに迂回し【大躯】の後ろ側に回り込む。
後ろから慎重に近づき【大躯】の膝裏関節を黒刀で横に薙いだ。魔力を通した黒刀はほぼ抵抗もなく膝裏の腱を引き斬った。
ゴグリ
切断面の深さに体重を支え切れなかった【大躯】の膝は関節部からメキと音を立てて捥げ折れた。
膝を付いた【大躯】の耳から生えた矢は反対の耳から鏃を飛び出させ。
ついに白目を剥いた【大躯】は莉夢と一合も合わせる事なく俯せに崩れ落ちた。
念のためそおっと近づき盆の窪を真横に切り裂く。【大躯】はビクビクと全身を痙攣させた後完全に沈黙した。
◇
無理に矢を引き抜くと鏃を破損するので自然に魔素に還るのを待つ間小休止となった。
【捜索】に引っかかる魔物も居ない。
水分を補給し軽く武具の点検をする。魔素が散ってしまえば血糊もきれいになるのだけれど懐紙できちんとぬぐっておく、いざというとき錆びて鞘から抜けなくなったりしたら目も当てられない。
「意外とあっけなかったわねぇ…これで耀導徒第二も【大躯】討伐者よね?第二が外れる日も近いわぁ」上々の成果にきゃぴきゃぴと燥ぐお嬢様。
結界で弱体化していて最初の会心の一撃が綺麗に決まったからですよね?
「お嬢様、あの矢がフワッと浮いた奴、お嬢様がやったんです?」気になっていたことを聞いてみた。
「むふふ」お嬢様はドヤ顔で
「麗芙鄭が言ってたわよね?貴族は奥の手は隠して置くものだって」
と言った後「あなた達にだけは教えてあげるわね、そうよ。でもやり方は教えてあげないわ」じゃん
いや、得物弓じゃないんでやり方はいいっス。
『很好(いいね)美都莉愛は魔法の天才だな、君のヒントだけで【光矢】の自動推進や軌道操作にたどり着くなんて普通は不可能だ、これで人並みに魔力を持っていれば…いや、魔力が不足していたからこそ血のにじむ努力を積んで少ない魔力を効率的に扱うという事に特化したのか。
魔法矢の操作系だけを使って瞬間的に実体矢の軌道を変えるなんて発想、千年前の魔法研究者共に聞かせたら目玉が飛び出るぞ、いやはや面白いなぁ!』
だそうです、解説ありがとうございます羽生さん。
【大躯】の魔石と矢を回収した後は順調に進みお昼ごろに手頃な木陰を見つけ昼食とした。忍者部隊の皆さんも今頃お昼かしら?
竹皮の包みを開けると非常識に大っきなおにぎりが三つも入っていた、脇に乗った胡瓜の漬物の汁がイイ感じにご飯にしみている。
「いっただきまぁ~す」
がっぷりと噛り付くと塩っぱさ加減が丁度いい!うまい!
ふと見れば、お嬢様と莉夢の食べているおにぎりは常識的な大きさだ…あれ?
「恋人の握ってくれたおむすびは美味しかろうモン」お嬢様はにこにこ笑顔でおっしゃった。
朝、お弁当の包みを手渡してくれた彩の顔が目に浮かんだ。




