66話 ここは奈落の一丁目
歓迎の宴も里に対して失礼にならない程度に早めに切り上げられ、翌日からの強行軍に備え全員ゆっくりと体を休めた。
流石に正武先生所管の選抜忍者部隊は優秀で宴の最中でも里人から情報が収集され捜索のための布石が既にいくつも打たれていた。
ボク達の主目的が奈落の探索だと知った里人が山の裏手から奈落へ直接下りられる秘密の間道を教えてくれたのはかなり助かった。
昨日登ってきた山道を麓まで下り、グルリと山裾を回り込みながら奈落奥地へ向かうことを考えれば些少でも時間短縮できその分を探索に注力できる。
一般冒険者の入ってこない奈落の森は貴重な薬草や食料となる植物の宝庫だ、危険と裏腹に里の暮らしに無くてはならない。
数年に一度は行方不明になる里人も出るそうだけど大自然と共に生きるということはそう言うものだと割り切っている感が伝わってくる。
念のため町方での女性誘拐事件の報を伝え里中に当面の間森へは降りない旨を周知徹底して貰う様手配をお願いした。
翌朝早く朝食もそこそこに奈落への片道通行を開始する。忍者のうち数名はもう先行し経路の安全は確認済みとのこと、流石にやることが早い。
個人的には何時滑り落ちるかわからない崖を随所に設置された鎖に縋りつきながら降りるのは何度もというのは勘弁してもらいたいというのが正直なところデス。はい。
隊長さんはボクらを里に置いたままにしておきたかったみたいだけれど、それはお嬢様が拒否した。
奥まで行かないにしろ、皆と同じ目線…つまり奈落の入口までは自分も行くのだとお嬢様は譲らなかった。
・皆を見送った後、直ぐに忘魔の山裾を迂回して里へ帰る。
・移動中は交戦を控え魔物は極力やり過ごす。
この条件で隊長さんはシブシブ了承してくれた。
まあ【捜索】をこまめにかけて命を大事にで行動しておけばなんとかなるかな?護衛を付けると言われたけれどそれでは捜索の手が減って本末転倒になってしまう。
万が一お嬢様死亡なんて事態にでもなれば隊長さんも切腹待ったなしだろうしなぁ必死になるよね。その時には間違いなくボクも死んでるから口添えも出来ないしね。つるかめつるかめ。
でも忘魔の山裾、奈落の一丁目で直にお嬢様の激励を受けた隊員の皆様の士気は大いに盛り上がった。
何時の間にか忍者部隊の中で信仰対象に近い扱いになっている様に見受けられますぞよ。お嬢様愛、いいね!
自分達の仕える主家の直系が自分と同じ釜の飯を食い、同じ目線で背中を見ていてくれる。
忍者部隊の皆様も人間です、これだけでやる気百倍ガンバルマン。お嬢様も危険を冒した甲斐があると言うものでしょう。
全隊員一人づつに声を掛け無事を祈りながら送り出した後。
「さて、隊長に心配掛けないようにサッサと帰るわよ」
お嬢様も自分が足手纏で己の生死が他人を巻き込むという自覚はあるのだろう、当初の予定通り山の裾野を回り込んで帰還の途に就く。
勿論ただ帰るなんてお気楽ご気楽道中なわけもなく、忍者部隊が少しでも帰りに楽になる様に藪漕ぎ及び簡易に地図作成をしながらすすむ。
九郎守様の加護があるからという名目でボクが先陣を切ってね。
【捜索】を森側に掛けながら山裾を片手法(迷宮で片手を壁に付いて歩けば迷わないってヤツね)で進む。
黒刀を藪鉈代わりに、歩くとき引っ掛かりそうな枝や立草を刈りながら進んでいく。
小枝に当たる瞬間軽く魔力を通してやると抵抗もなく”スパッ”と行ってくれるのが気持ちいい、タイミングと角度。刈る対象の硬度強度柔軟性繊維方向を瞬時に見切るのがコツだ。
正武先生曰く『行動全てが修行』なんだそうな、単なる藪漕ぎでも修行になる。面白い。
山裾を歩いていると結構あちらこちらで山肌が崩れ裾に堆積して居る部分がある。多分里の人が歩き踏み固めたであろう獣道的な痕跡を追いかけると結構進むのが楽だ。お嬢様は時折道々の小枝に細工を施している、森歩きの心得がある者には色々な伝言が読み取れるんだそうだ。ボクもそのうち勉強しなきゃ。
『…諏訪久、前方に魔物だ』
羽生さんの言葉に再度【捜索】を掛けてみる。
居た。数十間先に魔力反応。多分単体だけど大きさ的には【小鬼】や【魔狼】よりも大きい。もちろん里人でもない。
手信号で後ろのお嬢様達に合図を送る。
『前方に何かいる』
ここは斥候力の高い莉夢に出張ってもらう。お嬢様護衛をボクと交代し隠密潜行した莉夢が帰って来た。
「【大躯】だ」顔を寄せて小声で囁く莉夢。
ごくりと唾をのむ。脳裏に【黒大躯】の恐怖が蘇る。
だがしかし、莉夢の表情が微妙だ。
「一体だけなんだが、様子が大分オカシイ…」なにか戸惑いを感じている雰囲気。
ボクとお嬢様は先程切り落とした枝葉を頭に差して偽装しながら莉夢の指示に従い岩影からそぉっと【大躯】の様子を伺ってみた。
「???」
確かに、少し遠くに【大躯】が一体、山に向かって佇んでいる。
そう、佇んでいるんだ。じっと山肌を見つめて突っ立って居る。
岩陰に隠れながら三人で作戦会議。
「隊長とは極力交戦しないって約束したけど…森に入って迂回するか弓の届く範囲まで近づいたら仕掛けてみるか…」お嬢様も困惑を隠せない。
相手が普通に動いているなら暫く様子を見てやり過ごすこともできるけど、山の際にずーっと突っ立って居られるとその後ろを”すいません、ちよっと通りますよ…”という訳にもいかない。
「山の際を二間も離れると”忘魔”の効果は著しく下がるって言ってましたよね…」歓迎の宴の時仕入れた情報は忍者軍団を通して共有されている。その中に当然対魔物心得も含まれている。
「うん、迂回しすぎると森の中で別の魔物に出くわす危険もある。私も流浪時代に十人以上でなら【大躯】を狩ったことはあるが【小鬼】よりかなり頑丈な魔物だ、このまま動かずに本隊が来るまで待ち人数を確保してから叩くという手もないではないけれど」
ほんの一時(約一時間)ばかり前にその本隊と別れてきたばかりだ、本隊がこの道を帰投するのは半日も先の話になる。
『…忘魔の山周辺の妨害結界は座標認識阻害の効果を魔物に齎している様だな、つまりあいつは自分が今いる場所が判らなくなっているんだよ。
通常なら座標認識できない場所に近づいた時点でこの先は通れないと判断して回避するはずなんだが、何かのはずみで結界内にすっぽり入ってしまった場合は自己保全の為に動けなくなってしまうわけだ』
『…その心は?』珍しく助言をくれた羽生さんに問うてみる、イナヅマと比べて現象の解説部分が多いので実は羽生さんの助言はボクには判り辛かったりする。
『あー、今あいつは周囲が全く見えない暗闇の中に居る状態、それが魔物に対する忘魔の結界の効果なんだ。
周りが見えない時に動き回ると怪我して死んだりするかもしれないから停止しているのが最適解になる、他に動作理由がなければずっとあのままさ』
大分頭の悪い生き物なのかしら魔物って…まぁ普通は突然自分がどこに居るか判らなくなるなんて事態有り得ないからその状態を作り出している結界が優秀なんだろうけど。同じ様な仕組みを作って町や村を護れないんだろうか?
とりあえず現状をお嬢様達に説明しようと目を上げたとき、ワクワクを隠せない表情のお嬢様と無表情の莉夢と目があった。
「御神託が降りたのね?ご先祖様何て言ってたの?」
あーこれか、イナヅマが心配してたのは。
今は良いけどこれが過ぎたら確かに自分で判断しなくなるよなぁ。
これからは窓会話も気取られない様にしないと。
ざっと予想される【大躯】の状況と結界の性質を私見を交えてと言った体で説明する。
「…想定してない状況になると動けなくなるって頭の固い役人みたいね。てことは私達が仕掛けなければ真後ろとか通っても大丈夫なのかしら?」
面白い例え方するなぁお嬢様、所詮人間が作った約束事なんて何処かに矛盾や綻びがある物なんだよね、そうなったとき決りに縛られ過ぎてる人程動けなくなっちゃうからね、ボクも公僕目指すからには心得ておかなきゃ。
「いやぁ…何か別の事があるとそれには反応するかも知れないんで余り近づかない方が良いとは思いますけど」
何とも歯切れの悪い回答しかできない。
でもお嬢様の不機嫌も直ったみたいだし、重畳重畳。
『…諏訪久女性を甘く見てはいけない、オジサンからの忠告だ』
羽生さんェ…。




