65話 追跡者
石門脇の熊笹の茂みの前で立ち止まり、先ほど仕込みましたる折り紙のツル。
掌の上でポンポンと跳ねさせる。
「遅くなると皆心配するよ、一緒に帰ろう」
熊笹の茂みのなかに声をかける。がさっと茂みの奥から音が聞こえ、暫くの間を置いてガサガサと笹をかき分けて出てきたのは。
忘魔の里では珍しいボクと同じ色の肌をもった小さな女の子だった。
ばつの悪そうな顔をして上目でボクを見ている。
その場にしゃがんで視線の高さを合わせる、こうしてもらえると安心できた覚えがボクにもある。
「ボクは諏訪久。町の中央学校の一年生だよ、君は?」
懐紙で折ったツルを差し出しながら。
「これは君にあげるよ、お近づきの印に」
女の子の顔がほわぁっと明るくなり。
「彩!」
はにかみながら名乗ったその子の掌にふわりとツルを舞下ろす。
暫くの間愛おしそうに掌で転がし、「詩絵琉にあげてもいい?」キラッキラの目でボクの顔を見上げる。
「詩絵琉?」
「弟、春に生まれたばかり」
「弟か~なら弟にはこれをあげよう」懐から取り出した折り紙手裏剣を手渡す。
近くへ寄ってみて男の子っぽかったらこちらを出そうと思っていた。
二つの折り紙を大事そうに懐に仕舞いにこにこ顔の彩と手を繋いで帰路に着く。
饒舌になった彩は色々と教えてくれた。
里の初学校次年次生の彩。母親は元お屋敷の奉公人だったらしい、そこで領軍兵士の父親と出会い結婚。
今は里の母親の実家で弟、彩、母親とその祖父母の五人で暮らしている、父親は休暇のたびに里へやってくるとのこと。
将来は町に家を借りてそちらに済む予定。
彩は来年からお屋敷へ奉公に上がり町の初学校三年次へ編入するんだそうだ。てことはボクの四つ下になる。
ひとしきり身の上話が済んだ頃、躊躇いがちに彩は口を開いた。
「諏訪久は子供なのになんで薄いの?」
「薄い?」…たしかに少し広いですけど、一応まだ中学生なんで君と四歳しか変わらないんてすけど?
「今日も薄い人一杯来たよね、街から来る人みんな薄い、お父さんもそうだよ、でも皆大人。諏訪久ともう一人華麗な女の子。子供で薄い人初めて見た」
ああ、肌の色か。どきどき。まぁ普通は街からここまで子供は来ないよね。
「お町には薄い子供がいっぱいいるって本当?里には薄い子供は彩だけだよ、お母さんも弟も濃いもの。
学校の皆が言うんだ、お前だけ薄くておかしいって。あたしはお父さんと一緒だからちっとも嫌じゃないけど、おかしいんじゃないんだよね?街にいる子はみんな薄いんだよね?諏訪久は子供だし薄いから、聞いてもいいかなと思って」
それでボクの後を付けてきたのか。
なるほど、この子は昔のボクと一緒なんだな。
初学校次年、王都から越してきたボクは、名来流村の初学校でいつも一人だった。
そうなった理由は、喋り言葉が皆と違うから変、王都の言葉で喋るのが生意気。そんな感じだったと思う。
自分と違った者を弾き出して責めるって人間の本性なのかねぇ?
王都では同級生からこんなに詰られ邪険にされたことなどなかったボクは悲しくなって泣いてしまった。
それも根性なしという事で嘲りの対象となった。このとき有無を言わさず煽ってきた奴らを殴り飛ばしていればもう少し違った初学校生活が待っていたとは思うけれど。
そういう力づくな行いは王都では野蛮で下品な田舎者の行いとされて逆に嘲りの対象になったものだ。
田舎の町では暴力や意地っ張りがカッコイイという時代だったんだろう。
最初に教わったおばあちゃん先生の“訛り”も酷くて、何を言っているのかボクが聞き取れずに何度も聞き直したのを侮辱と取ったのかその先生は全く僕を相手にしてくれなかった。
そんな先生の態度も教室でボクを揶揄う子たちを増長させたのだろう。
揶揄いや無視や難癖は一層増えて行きボクはますます孤立した。今覚えばあの教室はボクを教室全体の敵とすることで纏まっていたのかもしれない。
勉強は王都に比べて遅くて簡単すぎて直ぐに詰まらなくなった。面白かったのは図書室に置いてある初学生向けの国史、領史や図鑑、百科辞典、そして古今の物語達。
そうだよ、イナヅマの名を聞いたときどこかで聞いたと思ったのは建国の父の英雄譚に出ていたからなんだ“英雄騎イナヅマ様”。まさか、黄金虫の姿とは思わなかったけれど。
遊ぶ相手もいなかったから初学校時代は授業と給食以外の時間はずっと図書室で本を読んで過ごした。
正直図書室の本は子供向けな神仏経典まで含めて何回も読み漁り大概の本は空で暗唱できるか内容を答えられるぐらいにはなった。
経典のありがたい閑話のいくつかを諳んじたボクにいたく感動された司書担当の神官様は、神官長様を通して家宰様に進言してくださり月に二~三冊新しい本が図書室に増えるようになった。
続き物の伝記や専門書みたいなものもあったけれど、全部貪り読んだ。
神官長様が学校集会で勤勉な生徒を見習うようにとボクを褒めて下さったあと、図書室の○○の本○○ページ書かれている文字は何か?とボクに聞き。答えられないと「こいつは本当は読んでないぞ、証拠に本の内容を答えられない」と揶揄う遊びが流行った。そりゃ読むじゃなくて暗記だから。
初学校では妹と司書の先生と神官長先生としか普通の話をした記憶はない、屁理屈を付けてボクの成績に何とか瑕疵を付けようとしてくる担任の神官先生にも辟易したけれど相手にしたら負けだと思って流した。自分の親類の子にでもいい点を付けてやりたかったんだろう。
こんなクソ人間ばかりが住む木ノ楊出流へ連れてきた親父を恨んだ。王都に帰りたかった。
そんな感じで名来流村の初学校で郷に入りて郷に従えなかった僕はまぁ。
彩の気持ちがものすごくよく理解できる。
「ふうん、町では濃い肌の子供は殆どいないよ肌の色の濃い子は里から来てお屋敷で働いている子だけじゃないかなぁ…(仁芙瑠以外は)。それに肌の色でとやかく言う人なんて…少ししかいない…と思う」
最後の方は声が小さくなってしまった。莉夢の事を「高い所から降りてきた木偶の坊」と揶揄していたどっかの商会の息子や遠巻きに胡乱な目で見ている町人も居ないことは無かったからだ。
「よかった!あたしも早く町で暮らしたいなぁ、もう町のお友達もできたし」
笑いながらボクの手を引っ張る彩。よしよし、お屋敷に来たら妹と茶亜と仁芙瑠を紹介してあげよう。
里へ戻ると丁度水浴びからお帰りになったお嬢様ご一行と出くわした。濡れた髪を引詰にしてさっぱりしたお顔で満足気なお嬢様。里で借りたのか質素な藍の浴衣もその美貌を際立たせる。はひぃ…。
すっぴんでこれだもんなぁぁ…仮初とは言えこんな美しいお方と夫婦になれたなんて夢の様だよぉ。
お嬢様はボクを見てパッと明るい笑顔を…見せていただいたと思いきや、少し目線を落とすと真顔になり顔色が…あれ?こめかみに#が見えるのは気のせいか?お顔がどんどん赤くなって?
アィえええええ!お怒りモードですか!?ナンデ!
”ギンッ”と突き刺さる目力。
声は出さずに口元だけが言葉の形を作る。
コ・ノ・ウ・ワ・キ・モ・ノ・ォ・ォ・ォ・ォ・ォ・・・・・・。
? …ェ!!!
フンッ!と鼻息も荒く背を向けるとズンカズンカと居丈高に歩み去るお嬢さま。
ちょちょちょちょっと待って!なに?何なの!?
お嬢様の向けていた視線の先には…ボクの腕に縋りべったりと身体をくっつけながらキョトンとした顔の彩と目が合った。
…嘘ォ…だって道中ずっと「勘違い」とか「ガマン」とかってさぁ…。
顔を上げると何時もの無表情でこちらを見ている莉夢。
目を伏せ。”はぁぁ”とため息を吐くと同じ様に背を向け歩み去る。
まってぇ!は、話せばわかる!何事もぉぉ!




