64話 忘魔の里
「遠路はるばる、ようこそおいで下さいました、木ノ楊出流家ご息女、婿殿」
長老と名乗ったご老人は屋敷の板の間に額を付け深々と頭を下げた。
「頭をお上げください、里長。此度は急なお願いに同意くださり父に代わって御礼申し上げます」
同じく、板の間の干草茎で編んだ円座に胡坐をかきながら深々と頭を下げるお嬢様。
ごっ。
痛っ。お嬢様に合わせて慌てて下げたから額ブツケタ。
“忘魔の里”は領主様のお屋敷の裏から魔物の森を進むこと三日、魔物の森の中にあって魔物の発生地点が無い空白地帯と呼ばれている“忘魔の山”の山頂付近にひっそりと佇む隠れ里だ。
住んでいる人の多くは莉夢や仁芙瑠の琥珀色の肌によく似た色の肌を持っているのだけれど、ボクにはちょっと違っているように見える。
第一、髪も眼も色は皆黒か茶で莉夢達の様に淡い黄金の色合いは一人もいない。
山の民も西方とこちらでは少し違うのかな?
この”忘魔の山”の北側、急峻な斜面の下に広がる魔物の森のどこかに魔物達を生み出している発生点があるのではないか?と想像されている“奈落”がある。
ボク達一行はここ“忘魔の里”を拠点として。魔物の動向を探り“奈落”の捜索を行い三つの任務の完遂を目指す。
忘魔の里はその名の通り、魔物の森の中にあって魔物に襲われない…たまに初級魔物ぐらいは迷い込んでくるらしいけど、武器さえあれば子供でも倒せるくらい弱体化しているらしい。
『驚いたよ諏訪久。この山全体が魔物の知覚を狂わせる妨害波に包まれている。イナヅマの記録では過去に荷駄隊に紛れてこの里に来たことはあるはずなんだけど里内部の記録がまったく残っていないんだ。不可解だとは思っていたんだけどその現象はこの妨害波のせいかもしれない』
『?羽生さん?』イナヅマの言い様に違和感を感じたので聞いてみる。
『そうだよ、この結界の中ではシールド無しの魔導知能ユニットではうまく動かないみたいだ、代わりに原初の一として僕がサポートしよう、ここなら他の魔導知能に感知されないしね』
胸衣嚢からチラと頭を覗かせた黄金虫がシュピッと片手を上げた。何か不安に感じるのは僕だけかな?
長老は男爵家の温情で木ノ楊出流領の一角に無償で自分たち山の民一族を住まわせて貰っていることについて厚い恩義を感じているらしく。その言葉はお礼の言に終始していた。
領主からすれば税金を納めてくれさえすればれば立派な領民だと思うし、直接治めなくても半自治区として機能してくれれば手間はかからないし。
問題があるとすれば納税が一族一括で獣の毛皮や魔石、工芸品や山森で獲れる各種原材料素材といった現物納付なので換金の手間がかかるところかしら。男爵家で消費してしまえば同じか、代わりに塩や穀物、生活雑貨などをこの里の分まで定期便で運んできているのも各砦への補給のついでだし。
お嬢様の話ではやっぱり数百年年前のご先祖が当時の山の民の長に半自治区として山全体を提供する代わりに山の守護と男爵家への協力をお願いし山の民はその依頼を必ず守ると誓ったのだそうな。気の長い話だなぁ。
年に数度の定期的な魔物狩りの折には南の山裾に騎甲師団を駐屯させ、里人に人的協力も仰いでいるらしい、領兵さんやお屋敷使用人の方々に混じっている茶色い肌の人達は元々この里の出身者みたいだし、人的資産や道々の砦や道の維持管理のついでに些少でも税収になる思えば悪くもないのかな?後で家令様にお聞きしてみよう。
挨拶が終わり、夜は歓迎の宴と決まったけれど、それまでの間、お嬢様と莉夢は山の民の女衆に連れられて水を浴びに行ってくるそうな、汗臭いって言ってたからなぁ、そんなことないのになぁ。
宴までの間ボクは里の内部を探索することにした、暫くはここで寝泊まりするのだから避難経路や魔物を迎撃するため地形を掌握しておくのは必須だ。
これは正武先生の特別講習と書庫の兵法書・戦略書のおかげで身に着けた生存技術でもある。
地味だけど妻と同僚、その他を守るためだもんねぇ、夫(仮)は頑張りますよ。ぐふふっ。
道々、迷彩柄の衣服を身に着けた鼻口を布で覆った人数名と出くわした。流石、忍者軍団の皆さんも現地掌握はきっちりやってますネ。深い目礼とともに何やら尊敬の念みたいなものが物腰から感じられる。
奥様から貸して頂いた若様の子供時代の革鎧のおかげだな?男爵家の紋章も入っているし。
まぁこの方々の上司の娘の旦那(仮)だからというもありますかね?ぐふふ。なんちゃって夫なんですけど。
何も出せませんが同様に礼を返しておきましょうか。
里のほぼ中央にある里長の屋敷、木造平屋の板ぶき屋根だけれど。それでも里では一番大きい民家でボク達三人はこちらにお世話になり。
調査隊の皆さんの宿舎になる対面の集会場の倉庫に荷駄隊の皆さんと里の人で協力し合って積み荷を降ろしている。
それらの間を縫うようにして。里中を縦断して伸びている中央通り。麓側は来るときに大体掌握しておいたので、まだ様子のわからない山頂方面へ向かってみる。
道は里を出てからも続いていて山頂まで行ける様子だ、一応【捜索】を掛けてみるけど魔物も獣も反応は無い、人は…隠れながらついてきているのがいるけれど危険度はゼロに近いので放っておこう。
山頂付近に近づくと木造の大きな八角堂が見えてきた、神の社?というには鳥居もなければ手水もない、只何かが祭られているのかその入り口に注連縄だけが吊るされ扉を守護する結界の体を醸している。こういうのって下手に触れるとヤバいので簡単に拝礼だけして帰るとしよう。
二礼二拍手一礼。
最後に軽く会釈し、振り向いたとき。八角堂を背にしたボクの目に飛び込んできたのは。
向かいの山々の間を縫ってはるか遠くに見える円錐の独立峰。
雪化粧も白きその頭は雲の上に出ずる、周囲の山々を見下ろして。
この国、シマノクニで二番目に高いと言われる霊峰フルタカヤマに間違いない。学校の図書館やお館にも飾られている絵画と同じだ。初めて本物を見た。
感動。思わず拝礼してしまった。後でお嬢様と莉夢も連れて来よう。
さてと、その前に少しばかり仕込みをしていきますか。石門の脇の熊笹の茂みに隠れる追跡者さん用に。




