61話 諏訪久のいちばん長い日 男爵家の事情 貴族の実状
奥様とお嬢様のお召し替えのためここで一度散会となった。
そこそこ長い休憩時間だったので下着を履き替える時間は充分にあった。
いやいや、ちょろっとだけですよ?ほんのちょろっと…。
お茶やらお菓子やらが一新された会議室へ元の面子が揃ったのは小一時(1時間弱)程経ってからだった。
そこでびっくり、僕は上座に案内された。なんと奥様、お嬢様、その隣がボク、莉夢がその隣。下座は恐れ多くも有手倉卿と正武先生。
そりゃ主家と従家じゃそうなるよね、ガクガクブルブル。
家令様のおっしゃる通り分をわきまえないととんでもないことになりそうな予感。元の席に戻すことを提案したが部外者が居るときはそうするけれど居ないときはケジメを付けるんだそうだ。貴族ってメンドク…いやいやいや。
司会席の家令様は場所は変わらず何時もの執事服に着替えられ儀礼刀はお持ちになられていなかった。
もう脅しは十分ということか。ドキドキ。
「さて、何故鄭湛の婚約者(仮)が莉夢でなく仁芙瑠か?だったかな?諏訪久・木ノ楊出流卿の質問は」
「もう!家令様も皆様も、いつも通り接して下さい!」その場で泣いてお願いした、怖いんだよぉ~。
「すまんすまん、君がいつも通りで安心した、だが貴族としてふるまうべき時はそう振舞えるようになっておくのもこれからは仕事の一つだ」にこにこ笑いながらも厳しいことをおっしゃる家令様。
「さて諏訪久、きみも一般貴族から見れば十倍に近い魔力量を保持しているのだが莉夢は更にその五倍以上の魔力ゲインがあることは知っているだろう?」
そうなんだ、莉夢は魔法こそ使えないものの通常貴族の五十倍もの魔力を持っているらしい。
通常貴族の一~二割しか魔力を持っていないお嬢様の魔力不足を特殊な宝珠へ充填することで補助することができるのだ。二人そろって初めて”星”と呼ばれる存在になれる。
お嬢様がよく「莉夢はアタシの半身」と口にするのはそういうことなんだろうなぁ。
「そしてその妹仁芙瑠は、莉夢の二十倍、都合貴族千人分の魔力の保持者だ」
せ、せせせ、千人!ボクの百倍!あんな小さい体のどこに…と考えつつ、ボクの中にある魔導記憶領域とやらの大きさが巨大な都市と人々の情報をそっくり再現できる容量を持っていると羽生さんが言っていたのを思い出した。
例によって理屈はエーテル亜空間理論がらみという所まででボクの理解力は殲滅されているので説明はできない。きっと仁芙瑠も目には見えない巨大な何かを持っているのだろう。
「それだけの魔力量を持つ者であればこそ、これまで発動できるだけの魔力を持った者が現れなかった故男爵家に死蔵されていた、技能珠【広範囲治療】を授けるに相応しいと判断されたのだよ。
素晴らしいことに仁芙瑠は最大級の魔力を消費すると言われている【広範囲治療】を複数回に渡って行使できる。
言い方は悪いがまさに掘り出し物、”次代の木ノ楊出流の聖女”としての活躍が十分に期待されている」
家令様の言葉とは裏腹にお嬢様から少し寂し気な気配が感じられる。
あ、まさか、お嬢様、自分が魔力少なすぎて【広範囲治療】とやらを受け取れなかったことを気に病んでるとか?ダメですよボクや莉夢だって使えないなら大概の人は無理ですって。
「仁芙瑠には少なくとも、奥様が引退されるまではその補佐として。引退された後さらに次代の聖女が確保されるまでは木ノ楊出流の聖女としてこの地で過ごしてもらわねばならない。
これが、莉夢、仁芙瑠とわれわれ木ノ楊出流男爵家が交わした血の契約だ」
「私は仁芙瑠が守られ続ける限り、命を懸けて男爵家に忠誠を尽くす」
ボクの隣で莉夢が呟いた。
「だから…すまなかった、諏訪久。男爵家の秘事をその身に宿した妹の事は決して口外できなかったのだ。恩人である君をずっと偽り続けていたのだこの私は」
莉夢はボクに向かって深く、深く頭を下げた。
いやいや、そりゃ言えないでしょうよ殺されちゃうでしょうよこんなんバラしたら。
それになんですか?技能珠って?ものすごくヤバい匂いがするのは気のせいでしょうか?
だって、ご先祖様から魔法の恩恵技能を引き継いでる家系が貴族様ですよねぇ?
魔王と戦った魔導士様方の子孫なんですよねぇ。流民でも庶民でもその技能珠ってヤツを使えば魔法が使える様になるって…それじゃ貴族様の存在意義が…そりゃバラしたら命無いですわ、はい。
「貴族の証である魔法技能は、庶民のいう所の恩恵技能の体をとってはいるものの、生まれながらにして先祖から受け継いだ魔法を持っている天然の魔導士は実際は貴族であっても稀な存在となりつつある。
近年の王国貴族の魔法技能は殆どが技能珠による後付けだ。
全国各地に点在する魔導迷宮から発掘された技能珠を使って、洗礼の儀を受ける前に技能付与し恩恵技能の体を装っているに過ぎない。
だから、技能付与以前に魔力量の少なさを把握できていた美都莉愛に魔力消費最小と言われている【光矢】の技能珠を見繕う事がかなったのだ。もし、そうで無ければ…」
魔法が使えぬ屑貴族として、貴族籍を抹消されていても仕方がなかった、か。
「…もしかして、若様の【火球】も…」
「そうだ」家令様は頷いた。
「家令様の【水口】と【土礫】も?」
「それはちょっと違う」
袰瓦様が口を開いた。珍しく苦虫を噛んだようなお顔をなさっている。
「そやつは生まれ付き【水口】を持っていた天然の魔導士だ、我の父…そやつの祖父が粗忽ものでな、家取りの男子の生誕に舞い上がり手前勝手に技能珠を手に入れて周りに相談もせずに【土礫】を付与した。後に調べたら結果的に《二つ星》になっていたという訳だ」
さすが、家令様、やはり一味違う。
ただ、解せないのはなんで仁芙瑠の性別を偽る必要あったんだろう?それで莉夢がボクに嘘ついたって苦しむなんてなんかおかしいんじゃ…。
それを訊いたとき、お嬢様のじと目が炸裂した。ヤバい美しくて死ねる。
「アンタねぇ、ちょっとは女の子への気配りとか身につけなさいよ、私の許嫁(仮)の分際で」
はぁあああああ?許嫁?誰が?ボクが?おっふ。そうだ!一応書類上はそうなんだっけ、ビバ貴族籍!
嬉しすぎて記憶がオカシイ、でも何度聞いても嬉しい。
「初学生の女の子が腰を抜かして身動き取れなくなって炎の塊をぶつかられそうになっているときに、割り込んで立ちふさがった男の子が居たらどうなのよ。その娘からみたらアンタ王子様よ!白馬に乗った王子様!。
その王子様が普通に目の前に居たらどうなんのよ、恋の呪文が発動しちゃうでしょうよ!
仁芙瑠はかわいいけどそれはそれ。男爵家としては見習い聖女としても大成してもらわなきゃ困るのよ。
【広範囲治療】の技能珠なんて絶対市場に出回らないブツを投資してるんだから。
どうしても助けてくれたアンタに感謝の気持ちを伝えたいって言う莉夢に、せめて妹の性別を男と偽ってアンタに悟られないようにしなさいって指図したのはアタシとお母さまよ、莉夢を責めるんじゃあないわよ?
それにアンタかわいい子見かけたら絶対デレデレするじゃない!自分を慕って来る美少女を目の前にして無心で修行に励める?」
ん?まさかとは思いますがお嬢様、最後の方ってそれ??。まぁ、そういわれてしまうと多分、そのとおりでございます。ゴメンナサイExactly。
「それに…貴族でも今日び政略結婚なんて流行らないけど、あのお兄様のことだから恋人なんて作れるかどうか怪しいし。
最悪、そのままお兄様と少聖女様として添い遂げてもらう可能性もあるんだからね?悪いけれどそこは自由恋愛の制限はさせてもらうわ、だって、貴族ってそういうものよ?
そうなれば…私だって、あんたが騎士爵位でも賜って木ノ楊出流領の近くに住まって領民を守ってくれるんならこのまま添い遂げたって…」
脳みそ大噴火。
騎士、騎士爵位ですか?騎士爵位。たしかに庶民上がりが綬爵されるなんて可能性があるとすればせいぜい騎士爵位ぐらいなんでしょうが、今王国では爵位も領地も飽和状態で新規で爵位なんて貰えないじゃないですか…ん、まてよ、魔導院とか卒業して国域での貢献が認められれば法服貴族として騎士爵位を賜ることぐらいなら出来やしなくはなくはないのでは?
領地無し貴族でも、頑張って領内に庭付き一戸建てを購入して…可能性はゼロじゃない、可能性はゼロじゃない。
な、なにそこで頬赤らめて目ぇ伏せてるんスか!うおおお!ゴー!ゴー!ラブリー!ラブリーお嬢様!
あ、鼻血垂れる。
今回の公開はここまでです。
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書き溜め頑張りますので今後もよろしくお願いします。




