6話 朝からこぐ舟
朝から舟をこいでいる。
学校の教室でこいでいる。
最悪だ、ほとんど寝てないのに学校の授業なんて受けられる訳がない。
♪ピロリン
『先生来たぞ 諏訪久』♪pilo-pilo-pi、piloli.
視界の脇に浮かぶ窓文字の内容に目を見開いて寝てませんアピール。
胸ポケットの中にいる、寝不足の元凶の台詞に付随してピロピロ音が空耳するようにまでなってしまった。
今朝方、窓文字会話は“今喋ってんのココ”とばかりに文字の強調部分が話に合わせてずれ込んでいくところまで進化した。
黄金虫の【イナヅマ】。
正確には黄金虫型の魔導端末、本来の用途は偵察任務な昆虫擬態した偵察機なのだという。
本人申告ではあるが『千年前の魔王大戦』の時代から活動しているという(胡散臭)。
そんな動く歴史の遺物(自称)がなぜボクのところに来たのか。
『君の技能はとても興味深い。調べさせてほしい』
とのこと。何を言っているか判らないと思うがボクも何を言われたのか判らなかった。
何となく理解できた部分を繋ぎ合わせるとイナヅマのジンカクの元となった人物が千年前の学者さんでとても研究好きな人だったらしい。
魔王を倒したことによって魔導知能契約が完了し自由になったのでイナヅマ自身の判断で好きな研究をしているのだという。
紆余曲折あって今は、領主様のお屋敷に身を寄せている(勝手に?)とのこと。
昨日、家令様に呼ばれたときに来た“アレ”は、イナヅマが初めてお屋敷を訪れた者を調べるために調査魔法を使ったのだそうだ。
その魔法がかつてない反応を示した……具体的に言うと”起動できなかった”とかでボクに興味が湧いたらしい。
それで研究対象に選ばれた、と。
黙って勝手に調べればいいって言ったら。
『魔導知能は人間からの一方的搾取は禁止されている』
とのこと。ちゃんと研究対象本人に了解を取らないとダメなんだって。
相互扶助が基本ということで、お願いをしたら相手のお願いも聞かないといけないらしい。
勝手に調査魔法掛けたのはどうなの?って聞いたら
『自身を守る目的での情報収集は裁量の範囲内』
だそうで。自由なのか不自由なのか。
実は昨夜の「おはなし したい」もお願いの一つに数えられていて“まほうきどうぷろせす げんごふぉんとそうにゅう えみゅれぇたぁ”(理解不能)の構築のため必要なお願いということでその対価を要求しなさいと要求された。
なのでイナヅマにできる範囲で昨日家令様から言われたボクの“恩恵技能の使い方を調べてほしい”というお願いをしたんだ。まさに利害一致。
実際はその後、自分の事はなるべく知られたくないので他言無用で頼む、とか活動維持用にボクの余剰魔力を充填させてほしい、とか追加のお願いをされたりして。
イナヅマの中ではボクに『借り3』ぐらいの計上になってるみたいだけれど借りるだけ借りて返すのは気持ちだけってのも出来るよね?
これ、そこら辺りはどういう基準になっているのかな?
まずい、こんなこと考えていると寝てしまう。頑張って目開けろ!ボク。
一日中ぽーっとしていたので先生はすごく心配してくれた、すみませんでした。
「昨夜寝付けなかったもので、スミマセン」
と正直に伝えておいた。
それより、早く帰って恩恵技能検証の続きをしなくちゃ…。
なんとか授業も終わり帰り支度も出来て、さて席を立とうとしたその時。
「おいっ!」
ガシッと乱暴に肩を掴まれた。後ろから突然。声掛けと同時だから警戒する間もない。
「痛い! やめてくれ!」
容赦なし力任せの拘束に非難の声を上げる。
「何だとぅ!」
相手が更に大きく声を荒げて怒鳴り返してきた。
声でだいたい判ってた、教室を牛耳っている(自称(笑))お屋敷の使用人の息子九厘だ。
こういう輩はなんでも威圧と暴力で物事を進めようとするから苦手なんだ。
「今日は用事があるから早く帰らなきゃなんだ、サヨナラ」
九厘の手を振り払い、教室を出ようとすると手下の撫散と智生がボクの行く先を塞ぎ叫んだ。
「逃げるな!ヒキョウモノ!」
何基準で『卑怯』なのかよく判らない。
理由も告げず三人がかりで囲んでおいてあたかもこちらに非があるような振る舞い。
彼らの行動基準はボクには永遠の謎だ。
「用事があると言ってるだろう? ボクは帰るよ」
正義は我に在れり。
イナヅマの窓が開いたのでチラとのぞき込むと
『すまん私は干渉できない。がんばれ諏訪久』
……クスン、応援ありがとう。
「いいから来い!」
撫散が本や勉強道具の入ったボクの鞄を掴んで無理やり引っ張る。
ダメだ! 鞄が破けるじゃないか!
破けた鞄を縫って治すのは母ちゃんじゃないか! 母ちゃんに“ボクが引っ張って破いてごめんなさい”って謝る覚悟があってやっているのか? どっちが卑怯者なんだっ!
無理に対抗すれば、鞄が破ける。
撫散の引きに合わせて自分も飛び込んだ。
鞄は破損を免れ、撫散は鞄と共にボクの体重をも受け止めることになり、体勢を崩しその場で転倒した。
衝撃で手を放した撫散から鞄を引っ手繰る。
「サカラウのか!」
九厘がまた大声を出した。
それに勝る音量で撫散が泣き声を上げている。
うん、逆らうよ。だいたい君達、言葉の意味解って使ってる?
心の中で後悔の念もある。せっかく中央学校では目立たないように振る舞っていたのに。また初等学校の繰り返しになってしまう。
その時、辺りに声が響いた。
「何、やってル、か」