59話 諏訪久のいちばん長い日 美都莉愛の慕情
「ちょ、ちょ、ちょっとお待ちください!何のことだか一向に解せません!もう少し詳しくご説明頂けませんか?」
ボクの慌てた口ぶりに家令様は何時もの軽い口調にお戻りになられおっしゃられた。
「もちろん心得ているよ、君を試すような真似をして悪かったね。でも、覚悟も無い者に男爵家の大事を任す訳にはいかないからね、それに言ったろう?君の決意に対して男爵家は報いるって、貴族籍の授与はその一端でもある、貴族が他の貴族に対して自分の本当の能力を隠して置くのは普通の事だからね」
他の皆様は既に席に着き茶器を傾けながら成り行きを傾聴している。
あー、やっぱりバレていましたか…魔法乱用。
「あの…ちゃんと調べ終わったら報告しようと…」
「ん~何のことかな?言ったろう、諏訪久・木ノ楊出流卿。貴族は本当の力は他の貴族に対して隠して置くものだと、今の貴殿が我々に対して多少の隠し事とがあったとしてもその分恩恵をもたらしてくれるのなら何の問題も無い」
茶杯に口を付けながらもしれっと言い切って下さった。敵いません家令様。
「…それと、卿なら大丈夫だとは思うが増長には気を付け給えよ。貴族籍といっても末端の”庶子”相当扱いに過ぎない。身内とは言っても他の正式な貴族たちと事を構える事態になる様な場合は切り捨てられる程度だと思ったほうが良い、ぶっちゃけ”対外的には今まで通り”に振舞っておく事を薦める」
あーまぁそうですよね、爵位の継承とか言われても困るし。
「そうそう、貴族名簿の登記名目は美都莉愛の許嫁(仮)扱いになっているから、舞踏会への誘いがあった場合の付き添いも頼む」
な!
思わず立ち上がった反動で卓上の茶器がガチャンと音を立てる。
「莫っ!莫莫莫ー莫、莫ー莫莫…」
何かが壊れたボクの中。僕の耳か?さもなくば頭か?脳なのか?頭ぐるぐる血が上る。顔から火が吹き出るほどに熱っつい!【鎮静】!使うべきか?!
白熊…じゃない袰瓦・有手倉卿が軽く殺気の混じった視線を飛ばして来やぁがった!
「んぁ?まさか諏訪久、美都莉愛が気に入らんなどと抜かす心づもりはあるまいな?いくらワシでも許せんことはあるぞ?」
「諏訪久…」
ひぃやりと背筋を凍らす声に切りつけられる。ひぃぃい!
「貴方…貴族の女に恥をかかせるという事がどういうことか判っているのかしら?」
ギギギと軋む首を向けると、天使の様な奥様の笑顔。でもその天使は永氷地獄からの御使いだった。
家令様が苦虫を嚙み潰したような顔で仰る。
「現在の王国法では爵位継承無しの養子縁組では準貴族扱いにしかならんのだよ。
以前庶民を片っ端から養子や猶子にしては持参金を巻き上げていた莫迦貴族が居てな、死後に継承やら相続で王国まで巻き込んで揉めに揉めた。
以来、正規の貴族籍は義理であっても何らかの血族関係を持つものかその予定があるものに限られることとなった。
無論、許嫁関係が解消されれば君の身分は庶民に戻るが貴族籍には元貴族としての記録が残るからね、その後も貴族の守秘義務は適用されるから覚悟はしておいてくれ…というか、君は本当に美都莉愛の許嫁役が嫌なのかい?まさか同性の方に興味があるとか…」
右手で左の二の腕を掴み僅かに震える様に身を引く家令様。いやいやいやいや!確かに家令様を上司としてお慕い申し上げておりますが!決してそういった意味ではございません!
「いやそのちが…お嬢様のお気持ちはどうなるのです!ボクは…嫌われていない…かな?とは思いますけれど、お嬢様から授かるのは恋とか愛とかそういうんじゃないんじゃないかと思うんデス…けど」ちろりとお嬢様を見やる。
あれ?顔を伏せて真っ赤になっていらっしゃる?えっ?もしかしてだけど…もしかしてだけど…。
「そう…よね?そりゃ…諏訪久には友情というか親近感というか微妙に頼れるかなぁって気持ちはあるし、何処かの知らない莫迦貴族や守銭奴庶民の元へ政略降嫁されるくらいなら絶対諏訪久の方がいいとは思うけど…」
どっきゅーん!!そこまで言っていただけただけで感無量でございます。地獄までお付き合いする覚悟完了致しましたっ。微妙じゃなくドンと頼られますよう精進いたしますっ!
「だけど!どうしても旦那様になって貰いたいとかそういうんじゃないんだってば!
だって!新興準男爵家の姻戚あたりにがちゃがちゃと口を挟まれる程度で領民の生活が揺らぐようなこの木ノ楊出流領を守るためにはもっと上級の貴族家に嫁いで、外から守ってもらわなきゃ無理じゃない!どうせ結婚しなきゃならないなら思いっきり私を高く売り付けて領民の安寧を計りたいのよ!」
うん、判っていましたけど、ボク泣いてもいいですか?
やっと腑に落ちました。冒険者修行も、弓も、魔法も、自分を高く売るためあんなに根を詰めて、ああっ!ボクの莫迦莫迦莫迦!そんなボクたち領民の為に自分の全てを掛けようとしてくれていたお嬢様に一瞬でも邪念を抱くなんて万死に値する!これからは命を懸けてご奉公しどこまでもお守りする所存!
さて、居並ぶ親族貴族の方々もお嬢様のこのお気持ちは始めて耳にしたようでボクと莉夢を除いた皆さま全員が唖然とされておりました。
やがて
「そうか…すまない、美都莉愛。君の頑張りがどこから来ているのかとは思っていたが。よもやそこまで考えていたとは思いもよらなかった」家令様がポツリとお話しになられた。
「すまなかった諏訪久、我々が先走ってしまった事を御詫びしよう。だが、これだけは判ってほしい。我々は美都莉愛には幸せになってほしいと常に願っている」
奥様と有手倉卿に頭を下げられてしまった。
そ、そんなもったない。頭を下げ返しながら。
「では…ボクが御一族に数えれられるのは白紙に…ボクは準の貴族様であっても…」色々ちょん切られなければ十分デス。
「それはダメだ、準貴族なぞ庶民と一緒だ、それでは他の貴族からの横やりに十分対応できん。公式な発表は控えることとするが書類上は男爵家一族に入ってもらう形となる」家令様は即否定なされた。続けて
「莉夢の様にな」
え、莉夢。男爵家なの?




