58話 諏訪久のいちばん長い日 諏訪久の純情
家令様は続けてこうおっしゃられた。
「有体に言わせてもらえば、君の将来全てを男爵家に委ねる気があるかということだね。そしてその決意に対して男爵家は全身全霊をもって報いる用意がある。君の昨今の行動、実績を鑑みてそれだけの価値を男爵家は認めたということだよ。
相応の守秘義務と自由の拘束、君の人生を、下手をすれば生命をも左右する事象が発生する可能性を覚悟したうえで回答してほしい。
これは、君の親族にも相談することは許されない。君自身の意思で決めてくれ。
中央学校初年生に求める判断ではないということは承知している。だが、この半年間君を見てきた、貴人の行列を遮って出翁礼卿に連れてこられたあの日から今日に至るまでの君の精神的成長は著しい。
まるで少年が一気に大人になったように感じられる。君にはもう十分判断する力はあると私は捉えている」
確かに、半年前は虫取りとか魚釣りとか本を読むことに夢中になってたよね。今のこんな状況想像もしなかった…。
イナヅマは“隣接世界人の情報や思考・思想がボクの技能領域に流れ込んできていてキミ自体も知らずのうちに影響を受けているのだ”って言ってた。これも、【editor】のせいなのか?
「諏訪久、現在木ノ楊出流領内で起こっている事象は一刻を争う事態となって来ている。申し訳ないがあまり悠長に構えている時間が無い、一両日中には判断を下さねばならない。そのとき君がどの立場で居るのかによって大きく男爵家の取るべき道が変わってくると考えている」
ボクってそんなに重要人物?!
「すまない、こちらの事情ばかり並べ立ててしまった、君から何か質問はあるかね?」
珍しく慌てた口調で取り繕う家令様、そこまで退っ引きならない事になっているんだ!
「お、お館様はこのことはご存じなのですか?」
これは確認しておかなければ、奥様殺しの件まで含めて危険がピンチすぎる。イヤ、ここで手柄を立てれば首がつながるかもしれない?!
ボクの質問には奥様より御返答いただいた。
「昨日飛ばした早馬の伝令が先ほど到着しました“お前にすべてを委ねる”との回答だったわ」
あー、お館様逆らえないですもんね…奥様には。
続けて奥様は「この件は私も心からお願いしたいと思っているの、娘も少なからず想っている人と結ばれた方が…」
……はい?何をおっしゃっているのですか?奥様。
「お母さま…違…」お嬢様、真っ赤になって奥方様の言葉を遮った。
やだ、お嬢様が本物のお姫様に見える。
「奥様。諏訪久の判断に先入観を与える発言はご遠慮願いたい」
家令様の厳しい一言に
「はぁい…」しぶしぶという体で奥様は引き下がった、拗ねた表情もお嬢様によく似ていらっしゃる。でらかわゆす。
ボクは目を伏せた、頭がいっぱい過ぎて上手く思考が回らない。
諏訪久は男爵家にその生命人生を捧げますか?[はい/いいえ]
羽生さんが起きていたら浮かべたんじゃないかという文字列の窓が想像できる。
なるほど、皆様の正装も風前の灯火なボクの人生と自由に対する最大限の敬意の表れという事なのですね。
こんなしがない庶民の至らぬガキに貴い方々が一杯の誠意をむけてくださる、そんな男爵家の皆様にお応えする言葉は一つしかないじゃないですか。
さあ、一言口に出して唱えよ。
「…げる」
シン と会議室の中が静まり返った
顔をあげ、正面を見据えてはっきりと誓った。
「私、諏訪久は木ノ楊出流男爵家に生命と人生を捧げます」
バン!!
と会議室の扉が開きどやどやと皆さんが入り込んできた。
一瞬、赤い丸兜をかぶり看板を携えたオジサンの姿が空目したが先頭は白熊…じゃなくて袰瓦・有手倉卿、続いて正武先生。あとお屋敷の女中の皆様が何やら茶器一式やら御菓子を乗せた大皿やらを掲げて雪崩込む。
な、な、な、な…。
袰瓦・有手倉卿はボクの両手をぐいと握り締めぶんぶんと上下に振った。
「よく言った小僧!いやさ諏訪久!わしはきっとお前は受けてくれると確信しておったぞ、いやいやめでたい」
な、な、な、な…。
「うむ、某もお主は一介の庶民のままでは終わらぬ者と思って御座った。これからは真に命がけとなる、これまでの倍も修行をせねば生き残れんぞ!」
な、な、な、な…何をおっしゃっているのですか、正武先生…。
ボクが狼狽えていると
「有手倉卿!出翁礼卿!まだ、諏訪久が了承をしただけで内容を伝えておりませぬ!そこいらに腰かけて女中衆の入れたお茶を召しながら黙座されよ!」
家令様が一喝された。
重鎮方々に黙って座ってろとは…家令様ェ。信じられる?この人まだ綬爵前なんだぜ…。
しぶしぶと腰かけて焼き菓子を摘まむ有手倉卿、正武先生は陶製の茶器に角の砂糖を落としている。
一通りの茶宴の支度が済むと女中衆が会議部屋から退出し、空気が落ち着いた辺りで家令様が椅子から立ち上がり口を開いた。
「木ノ楊出流主家の奥様、お嬢様に申し上げます」
一斉に立ち上がる貴族家一同。
え、え、え、え?莉夢も立つ?何!ボクも立つ?
「今日の良き日我らが主家に新たなる血族を迎え入れることが叶いましたことを寿ぎます」
ぐはふっ!
紅茶を吹き出すところだった。
優雅に手を振り奥様、お嬢様に向け頭を下げる家令様。
それに続く有手倉卿、出翁礼卿。
えええええ、貴族様の腰折礼!
淑女の最敬礼で答える奥様とお嬢様。
庶民如きが目にする機会が一生ないはずの式典用の正式なヤツ。
「本日、我が男爵家に新たなる血脈を迎えることが叶うにあたり、王国とご先祖代々の思し召しの賜物と思ひ、感謝申し上げ本日の慶事を喜びたまへや」
奥様の言葉に軽く頭を垂れ返答とする面々。
ちょっちょっちょっちょっ!展開が異常すぎて理解が追い付かない。
「諏訪久・木ノ楊出流殿、貴君はたった今から男爵家の一員として取り扱われることとあいなった」




