52話 悪手
「魔物じゃぁぁぁぁあ!であえぇーでぁえぇぇぃー!」
お嬢様の激!が屋敷中に轟き渡る、よしこれで時間を稼げばなんとかなる。
ボクはポチャの身柄を調度品の文卓の下に押し込み。
莉夢の方に翻す。お嬢様を守りながらじゃ流石の莉夢でも防戦一方だ、守備は任せるとしてボクが攻めるか、攪乱して莉夢が付け入れる隙を作る必要がある。
生憎、全ての武装は解除してしまっている。普通お屋敷の中まで帯剣しないから!さっきまで振っていた木剣も九厘達の所だ。
くそ、こいつら玄関広間から出したらお屋敷の誰かがヤラれるかもしれないじゃないか!
走りながら首から下げていた汗拭き手拭いをぐるぐると左拳に巻き付ける。
最悪の場合、左手一本捨てる。
でも
只ではヤラない。
gurrrrrr...
一匹の【魔狼】を三人の冒険者が囲み何とか牽制してくれている。
ボクは莉夢の援護に邁進。その前に、できるかどうか!
複写再現【治癒】× 五割 ×二(人)
倒れた二人の冒険者の出血は取敢えず止まったような気がする。
完全に治しちゃうとボクの 複写再現がバレるかもなので魔力を半分だけにさせて貰ったよゴメンネ。
『…諏訪久、君はまさか…今”可変域”を変更したのか…』
『ぱらめた?ゴメン、忙しいから後でね』
『…教えていないのに、自力でたどり着いたのか…興味深い』
うーん…イナヅマ、なんだか隠している事まだまだ一杯ありますよね?あなた。
gurrrrrrr...
莉夢に向けて唸り威嚇する【魔狼】の背後、ギリ視角と死角の境目辺りに位置取り徒手空拳で構える。
莉夢先生の生き残り戦闘術講座には素手で野犬と相対する方法まで含まれている。
対野犬の究極奥義は”柑橘類の厚皮を仕入れておいて鼻先で絞る”だったりするのだが今はそんな準備はしていない。
視界の隅にチラチラ入るボクが気になって仕方ないだろう?わざとそういう場所に居るからね。
細かく牽制を入れて揺さぶりをかける、お嬢様の防壁として構える莉夢が大きく移動しないことに気が付いたのか攻撃の主体を徐々にボクの方に切り替えてくる。よぉーしよしよしよし、いい子だ。
【魔狼】の意識が僕の方へ向くと莉夢は長杖を擦り出して牽制する。そしてストレスをかけ続けられて限界が来た時に襲い掛かってくるのは当然弱い方、つまりボクだ。
計画通り。
【魔狼】と言っても所詮獣、獲物に覆いかぶさり押し倒して喉笛を噛み裂く。
喉に届かなければどこにでも噛みつき身体を捻り回して肉を噛み千切り失血死を誘う。
習性は一緒だ。ありがとう書庫の魔物図鑑。
飛び掛かって来る【魔狼】迫る牙。
【鎮静】そして【障壁】+極薄。
スッと恐怖が消え。冷静に状況を掌握。いけるッ!
心臓の辺りから左肩を突き破り平紐がクルクルと左腕に巻き付いて行く心象。
【障壁】を巻き付けた左腕を真正面から【魔狼】の口腔に真っすぐ叩きこむ。 ※大変危険です真似してはいけません。
Giyueeeeee!!!!!
【魔狼】の赤い目が”信じられない!”とでも言いたげに見開かれている。
莉夢直伝(口伝)野犬殺し。
いかに後悔しようが飛び掛かってきた慣性で急には止まらない。自分の体重の分だけ加速した勢いがまっすぐ伸ばしたボクの拳を胃袋を通り抜け内臓の奥深くへと導く。
〇×▼※◇#!!!!
噛みに来た本人…本狼がパニクッてどうするか。
両前脚でボクの身体を押しのけて抜こうとするがそうはイカのなんとやら。
右腕を巻き付けて頭部固定。
身体を捩じり回転させ腕ごと嚙み千切りに来た、させねぇーよ?でっかい図体に両脚を巻き付けて”だいしゅき抱擁”
弟を守るためとはいえ【障壁】無しでよくこの体勢に持ち込んだなぁ莉夢。
体内深くに打ち込んだボクの左腕という名の杭を、肘を支点にグニグニとメタクチャに捏ね振り回す。うら!うらうら!うらぁ!ぐっちゃんこー!
暴れ狂う【魔狼】。口元からごぽごぼと体液が溢れ出す、獣臭ェ、魔物も涙目なるんだ二ェ。
転がり回る【魔狼】の勢いで背中も後頭部もアチャラコッチャラにぶつけ回るが牙で腕嚙み千切られるよりは痛くないはず。
やがて、ぐっちゃんぐっちゃんと体内を搔き回していた腕が”コツリ”と硬いものに当たる。
それをわし掴み、手首を捻り回してぐりぐびぐきりと果実の様に捥ぐ。
瞬間、【魔狼】の全身を”ビクビクリ”と痙攣が走り。ガクリとその場で脱力した。
「莫っ!」
お嬢様が莉夢の陰から飛び出してしまった。
ボクの左腕に縋りつき【魔狼】の死骸の牙口に肩口まで埋まった腕を引っ張り出してくれる。
「頭おかしいんじゃない!?」取り乱しながら【魔狼】の吐瀉物と体液に塗れた腕を素手で摩り外傷を確認してくれている。ああ、御手が汚れてしまいます。
「もう一匹居るんです!」左手に握って居た【魔狼】の魔石を手渡し、立ち上がろうとしたボクを体重をかけて押しとどめるお嬢様。
「莫迦者!大切なお前の身体を粗末に扱うな!」
深い外傷のない事を確認し終えたのか憤怒の表情なお嬢様に叱られた。お美しいけど怖い、コリャ本気で怒ってらしゃる。スミマセンでした。
「莉夢に教えて貰ったんですよ、対野犬の闘い方」
縋るように向けた視線の先で莉夢は珍しく眉間に皺をよせて。
「流石に今のは無い。私は弟を守るために致し方なくそうなったのだ、たまたまその野犬に家畜を襲われ難儀していた酪農家が討伐の礼代わりに暫く納屋を貸してくれたからよかったものの、発熱して三日寝こみ傷が癒え旅に出られる様になるまでに一月かかった。あれは悪手だ」
そんなぁ…でもやっぱり最適解なんじゃないですか、大切な人を守るための。
「運よく怪我が無くてよかったけどもうやらないでよ、とりあえずアレを何とかしてあげて」
お嬢様は冒険者三人と【魔狼】の膠着状態現場を指した。
うん、一匹確実に抑えてくれていただけでずいぶん助かった。お嬢様の守備は莉夢に任せられる。
さて、もう一匹どう料理する?




