43話 倉利州騎士爵のこと
蛙沼からの帰りに採取した獲物を加工し終えるまでに数日を要した。
一部は呉服屋のご隠居さんと薬師さんの元へも納品し、薬師さんにはその加工をもお願いしていたからだ。
雨田村駐屯地の守衛さんに初捉・倉利州騎士爵令息への面会を申し出ると
「耀導徒第二の皆さんですね?いつでもお通しするよう倉利州卿から託かっております」すげぇ、まさかの顔パスだった。
口頭で案内を受け倉利州先輩のご自宅へ向かう、駐屯地内の皆様もこちらに男爵令嬢が混ざっていることが知れ渡っているのかどなたも対応は至極丁寧だ。
ご自宅と言ってもここ駐屯地にあるのは仮の宿舎、倉利州騎士爵家は王都に本宅を持っており御当主羅比斗・倉利州卿は木ノ楊出流領へはあくまで出向でいらしているに過ぎないのだ。その嫡子初捉・倉利州様は王国直属騎士の仕事を学ぶため御父上に帯同されている。
王国直属の騎士は殆どが領地を持たず王都もしくは各地方都市へ本宅を賜り、俸禄を受け生活されている。
木ノ楊出流男爵家も王国に仕える貴族ではあるもののこちらは特定領地を任されその土地からの上りが給金となる。もちろん一定割合の上納金を納めなければならないのはどこの組織も一緒だと思う。
本当ならば、原則無条件に爵位をその子孫が受け継げるのは男爵から上位の貴族だけで騎士爵、準男爵家については一代限りの綬爵とされているはずなのだけれど、現代においては綬爵者が真面目に勤務し嫡子に問題が無く一定の貢献が認められれば普通に綬爵相続されている様子。
無理やりにでも嫡子に手柄を立てさせなければお家が存続できないという時代もあったというけれど、今は綬爵者の出向に帯同しそれを支えるといった程度でも十分な貢献とされる場合が多く、駐屯地等へ出向されている騎士爵、準男爵家の方々はたいがいその嫡子を従者として帯同されているのが普通なのだ。
倉利州先輩もその理由で御父上の従者として共に駐屯されているのだと思う。
駐屯地の方から教えていただいた倉利州騎士爵の仮住まいは簡素な一軒家といった風情で駐屯地奥の一角にあった。兵士の皆様は皆長屋住まいなのでこれだけでも十分特別扱いされている。
仮の宿舎ということで使用人もおらず先ぶれもままならない、この場合戦地での作法を適用して約束無しでいきなり訪ねても基本失礼に当たらないとされている、どの道倉利州卿ではなく先輩宛の面会だしね。
お嬢様が先輩宅の呼び鈴に触れようとしたとき、中から声が聞こえた。
「父上!またその様に御酒を召されて、医者から肝の臓を痛めているので御酒は控える様にと…」
「すまんすまん初捉今日は非番だからな、少々般若湯をきこしめしただけだ、許せ」
ボク達三人は顔を見合わせ、頷き合うと呼び鈴を鳴らした。
「?はいはい、どちら様…」扉を開けた先輩は少し驚いた顔を見せた
「すみません、初捉様に折いってお話がございまして罷り越しました、ご容赦を」
「いえいえ、戦場の倣いとはいえ大変お見苦しいところをお見せし恐縮です」
お嬢様と先輩の略式の貴族やり取り一式が展開される。
「どうした?初捉、客人か?」
奥から聞こえる御父上の声に
「学校の後輩たちが遊びに来てくれましたので、酒保へ案内してきます」そう倉利州先輩は告げる。
「おお、そうか学友は大切にな」お父上もお優しい方だ。
そのままボク達を促して駐屯地内を案内してくれた。
酒保といってもお酒ばかりを扱っているわけではなく駐屯地内専用の慰安施設や売店全般が設置されている区画の事を指す、軍の補給部隊が経営しているため儲け度外視のお値打ち価格で日用雑貨品が手に入る。
おおよそ領内商店価格の三分の一と言ったところだろうか、もちろん駐屯地内での消費に限り、持ち出しての商売などは固く禁じられている。
が、領内ではなかなか手に入らない都市部の製品などがあったりするのでまぁ駐屯地在住の友人が居る方などゴニョゴニョゴニョなのだがそこは大人の世界、ボク等は関知しないのでそのつもりで。
酒保内の喫茶室でお茶を注文し僕ら四人は一つの卓に腰かけた。現金は使えないので先輩の伝票署名での支払いだ、ごっつあんです。
何度も言うけど庶民が同じ卓につくだけで怒り出す貴い方もいらっしゃるからね?先輩が特別なだけで勘違いしたらいけませんよ。
「さて、折り入っての話とは何だろう?」先輩の問いに
「諏訪久例のものを…」お嬢様の指示によりボクは自分の背嚢から小壺を取り出し卓上に置いた。
「これは?」
「肝の臓に効く漢方を薬師に願い調合していただきました、材料は全て我が男爵家の森で採取したものです、知り合いの薬師に現物支給で発注しましたので調薬代もかかっておりません、ご笑納いただければと存じます」
お嬢様の弁に先輩は驚いた顔を見せた。
「なせ…これを?」
珍しく莉夢が口を開いた。
「先日、文和での模擬戦後にお声がけの折り、お父上より肝の臓の病い特有の香りを微かに感じ取りました。…わが父も肝の臓の病により世を去りました、父の技をお認め下さった方に微力ながらも一助叶わぬものかと我が主に訴えたところ…」ちらりとお嬢様の方を見る
「我ら耀導徒第二日頃初捉様のご厚情に報いたいと思っておりますれば、金銭で贖う無粋な真似はお好みに非ずと存じ、せめて我が従者にお声がけ頂いた御父上にご健勝をと祈念し準備致しました」
すっと先輩の手元に薬の小壺を押し出すお嬢様。
何時も笑顔の倉利州先輩の表情にもこの時ばかりはどこか微笑みに疲れた影が差し。
「美都莉愛嬢、莉夢君諏訪久君、誠に忝い。ご厚情痛み入ります」その場で、軽く頭を下げた。
だめですよぅ先輩、お嬢さまにならともかく庶民に簡単に頭下げちゃあ。
「身内の事を君たちに語るのも如何様かとも思えるが、ここまで心に掛けてもらっておきながら薬だけ頂だいて何もなしという訳にもいかないね」
先輩はぽつりと話し始めた。
「ご明察の通り、父は酒精により肝の臓を痛めている、医者からも諫められているのだが、なかなか酒精からはなれられない様子で」
『アルコール性肝障害だな…』うん、イナヅマ今は黙って。
「木ノ楊出流家ご令嬢の耳に入れるのは憚られる話ではあるのだが、父はここ木ノ楊出流への出向を左遷ととらえてしまっている様なのだ、元々国を想い人一倍研鑽を積んできただけに自分の努力は国には認められなかったと。むろん日々の警備鍛錬に手を抜いているわけではないのだが…」
「…その話は存じております、千年前の約束ですね…」
本日は0:00にも通常通り公開する予定です。




