42話 献香
本日公開二話目となります。前話未読の方は一話前へどうぞ。
「諏訪久結構体力付いたわよね~、アタシの従者としては当然だけど」
再びぼくたちは森の中にいる。
感覚では結構ゆったり加減の進み具合なんだけど、初めて蛙狩りに出た時より格段に速い。
あー、ボクも体力莫迦になりつつあるのですね?
先程聞いた話では森中の魔物調査が終了するまで蛙の沼までの進行は家令様に止められていたとか、調査完了前での沼行き解禁の条件が”赤銅証を交付される(程の強さを身に着ける)こと”だったのだそうで、そういうことは早く言ってください、この間思わずなぜそんなに”生き急ぐ”のか聞いちゃったじゃないですか。
そのときはなんとなくはぐらかされたけれど少しは気になってるんですよ。
丘での休憩もそこそこに小川を渡る。この上流であの死闘を繰り広げたんだと思うと背中に武者震いが走る。そのうち”謎の超絶魔法”でボクが焼き払ったという現場にも行ってみたいものだ。
そんなに減ってもいないけれど世の中何が起こるか分からないので水の補充だけはしておく。
そして、もうしばらく進んだところでお嬢様はその歩みを止めた。
「?」
「…」
「諏訪久…」お嬢様が一本の木を指差す。
「…あっ!」
思い出した、あの時。
苦無が当たった樹だ。
振り返る、そうだ、あそこに人が倒れて…何匹もの【小鬼】が寄ってたかって馬乗りに…。そんな最中に多分最後の力で投げた苦無が僕らに危険を教えてくれた。
それが無く、気付かずにのんびり歩いていたら…挟み撃ちに。
「あそこよね、影守が倒れていたの」お嬢様は指差す。声はどこか無機質で、これまで聞いたことの無い荘厳な気配を漂わせていた。
下生えを踏み分け、その場所へ向かう。
おそらくは、苦無の知らせをくれたお嬢様の影の守人の最期の場所であったろうそこには、一株の山百合が植えられていた。
お嬢様は、その山百合の手前で懐から町の雑貨屋で買い求めた一片の香を取り出すや火口の火を移した。
辺りに立ち込める香の香りがここが魔物の森であることを一瞬忘れさせる。
両の膝を地につけて、山百合に香を供え手を合わせ黙祷するお嬢様。
ボクも莉夢もお嬢様の背後に並び手を合わせる。
『私も、冥福を祈らせてもらおう…』イナヅマ…。
「影守!何処に有りやっ!」お嬢さまの凛とした声が響き渡る。
木漏れ日の中、暫くの間を置いてガサリと音を立て少し離れた樹の上から降り立つ人影、草木に溶け込む色彩模様の装束、片膝をついて頭を垂れた。たしか、倒れていた人も同じ装束を纏っていたはず。
「日々の影働きご苦労。委細訪ねたい、影守は常に二人以上で行動するな?あの日我を助くため命を落とした者がもう一人おろう。その場に案内せいっ!」
すっくと立ちあがったお嬢様の張り声に影守さんはびくりと震えたけれど
「はっ!」影守さんは深く頷首し、ボク達を先導して森の中を歩き始めた。
暫く歩き、倒れた木々の間に植わるやはり白い山百合の花。
そこでもお嬢様は香を焚き、命を賭してボク達を救ってくれた恩人に感謝を捧げ、その冥福を祈った。
「…うっ…」
感情を殺していたはずの影守さんから嗚咽の声が漏れた。
「…知り合い で、あろうな…」ぽそり、と、お嬢様の優し気な声に、つい感情を零してしまった影守さんは、その場で膝をつき地に身を伏せるや「あ、兄にございましたっ…」と、泣き崩れてしまった。
「…そうか、済まなんだな… だが、其方の兄に貰ったこの命、必ずや領民の安寧のため役立てて見しょうぞ」震える声で目に一杯潤みを溜めて、それでもなお力強く、お嬢様は言い切った。
「あ、兄にぃ…姫さまが…褒めてくれたよ…」 暫くの間、森の中に嗚咽と香の香が漂っていた。
この日は沼には寄らずそのまま帰路に就いた。
道すがらお嬢様は教えてくれた。
幼い時分、お転婆で川に落ち流されたお嬢様を助けるため、川へ飛び込み命を落とした侍女が居たのだという。
そのとき幼いながらもずっと考えていたのだそうだ。
そして今回、お嬢様に危険を知らせる為二人の影守が命を落とした。
「莉夢、諏訪久、彼ら何故大切な命を懸けてまで私を守り、自らの命を落としたのだろうな?」
もう、判って聞いているのでしょう?
「…お嬢様でなければできない何かの為なんじゃないですか?」
くるりと踵を返し、後ろ向きに歩きながらお嬢様は
「諏訪久は何時もアタシが欲しい答えをくれるよなぁ…」
キラキラと、夕日を背後に満足気に笑うお嬢様。
はぁ…安定した生活を目指していたはずなのに…ネ。
◇◇◇
美都莉愛・木ノ楊出流は後年、爵位を賜り王国きっての女傑として王国史にその名を刻むこととなる。
その彼女自身の紋章に描かれた三本の線の意味を知るものは少ない。
明日も昼夜二話分公開予定です。




