4話 家令様に怒られる?
家令様は玄関広間脇の小部屋で小さな机に向かい何か書き仕事をなさっていた。
二人の気配にお顔をおあげになりおじさんを手招いた。
おじさんは手振りで待つように示し家令様の耳打ちを聞き。何やら返事を頷いて部屋を出ていく。
「家令殿の質問に正直に答えるんだぞ」と念を押して行った。
一人にしないで心細い……。
「さて少年、今は公式の場ではないから細かい礼儀とかは気にしなくていいよ、君の名前を教えてくれるかい?」
家令様の柔らかいけれどしっかりと届く声が聞こえ心臓がバクバク暴れまくっている。
本当は貴いお方とは直接話しちゃあダメだとか先に話し始めちゃダメだとか色々と村の初学校で先生に教わったハズだけど全部ブットビマシタ。
なるべくハキハキと応える。
「ハイ! 中央学校初年、名来流村の修理職人、比樽の息子諏訪久です」
家令様は優しい目で笑みを浮かべた。
「ああ、諏訪久は比樽の子なんだね。お父さんにはよく武具や魔道具の修理を頼んでいる、腕の良い職人だね」
ニコニコと笑顔な家令様。
「君の様子からして初学校の先生の言うことはきちんと理解できているみたいだね、そんな君が理由も無く貴人の列を遮るなんて不敬はしないと思うんだが、どうかな?」
そう断言された。
うん、やっぱりボク。この方の下で働きたいと思う。
チョット目頭が熱くなってきた、親父なら何も聞かずにゲンコツだよ。
「ボロを着た子供が居たんです、その……僕よりずっと小さい」
「ほう、流民かな? 子供が居たんだね?」
「はい、その子が急に道へ飛び出して。荷物を積んだ馬がビックリしてしまって、そこへ若様がいらして」
あのときを思い出しながら続ける。
「若様、今日は大事な行列をお守りするお役目だったので、大変お怒りになられてその子に向けて【火球】を」
「ホウ。子供相手に【火球】を起動してしまったんだねぇ?」
「はい、その子が焼かれちゃうって思って。
若様はいつも『小さい子は守ってあげなさい』って言ってて、だから……気づいたら、若様の前に居たんです」
なんでそんなことをしたのか正直自分でもわからない。
でも、きっと若様は子供を炎の塊えで焼こうだなんて思ってなかったと思うんだ。絶対に。
「そしたら若様、途中で魔法を消してくれました。僕はさっきのおじさんに助けて貰って、そのときはボロ布の子は居なくなってて。多分逃げたんだと思います」
真っ直ぐに家令様を見つめた。
家令様はしばらく思案気な素振りで。
「なるほど、良く分かったよ。小さい子を助けようとしたんだね、怖かったのによく頑張ったね」
お褒めの言葉をいただいた。
「あ、ありがとうございます! あのっ、家令様。ひとつお聞きしてよろしいでしゃうか?」
噛んだ。でも怒りもせずに家令様は。
「なんだい? 答えられることなら構わないよ」
って仰った。
「あのっ、僕は成人したら吏員になって、家令様にお仕えしたいです、学校でどんな勉強をしたらなれるでしょうかっ」
言えたぁ。ずっと聞きたかったコト。
ホントは下々から質問なんて不敬なんだろうけど、ボクコドモだし話の流れと勢いで聞いてしまったよ。
「うん、吏員になりたいんだね。だとしたらまずはご飯をたくさん食べていっぱい遊んで力と体力を付ける事かな。
あとは算術と識字。できたら国史と領史も読んでおくといいよ。
中央学校の図書館には色々な本があるからね、なるべくたくさんの本を読んで教養を高めておいてくれると何かと助かるね」
そして、ゆっくりとこう続けた。
「諏訪久、君は洗礼の儀のとき恩恵技能を授かった子だね?でも使い方がわからない恩恵技能だったんだよね」
家令様、知ってたんだ。
中央学校入学の前の洗礼の儀。
これを受ける前の子供はまだ神仏のものだから無理な仕事はさせてはいけないし各村の初等学校にも通わせなきゃならない。
洗礼の儀を受けて初めて領民の一員と認めて貰えるんだ。
正式な成人の儀は中央学校卒業の後だけど、洗礼の儀が過ぎれば大人になる準備期間として自分で決めたり、やれるコトが増えたりなんかもする。
僕は洗礼の儀のとき村で唯一恩恵技能を授かった子供だったんだ。
恩恵技能がある人は《星》とも呼ばれ『神仏の加護を授かっている』と言われてる。
このとき授かった恩恵技能が”魔法”であれば即、吏員に採用されるし、貴族から養子の声がかかるくらい凄いことなんだそうだ。
だけど…。
「使えないままの《屑星》では、流石にそれだけで採用という訳にはいかない…頑張って恩恵技能の使い方を見つけよう、内容によっては吏員見習いとしての採用も検討できる」
あああ、凄い、凄い! すごい! スゴイ!!!
吏員見習いだって?! それって中学卒業すれば吏員になれるってことなんじゃないのか?! もちろん勉強もするんだけど。
「恩恵技能のことで何かわかったらまたおいで、門守には伝えておくから」
「ハッ、ハイッ!」
その後おじさんが帰ってきたので家令様に何度もお礼を言ってからおじさんと一緒に部屋を出た。
女中さんが用意してくれたズボンと下着を借りて。ご褒美のお菓子まで頂いて。
親父のことなんてすっかり忘れて家に帰った。――――もちろんゲンコツはチャラにはならなかった。
◇
◇
諏訪久は何度も頭を下げて退室していった。
とりあえず貴族に対する反骨の類は感じられなかった。
しかも吏員志望だったとは僥倖な。
だが事は慎重に進めなければなるまい。
領内に置いて久々に庶民から出た希少な《星》候補である、名来流村の神官から報告を受けた時にはお館様と共に小躍りしたものだ。
それだけに周囲、上位の貴族たちの引き抜きを警戒しなければ。
本来青田買いでも良いのだがうかつにやりすぎて国や県に『お召し上げ』となっては本末転倒。
そして、これまでに一度も確認されたことのない、読み|方すらわからない|恩恵技能まさに特異技能。
「願わくばそこそこの技能であって当領内で活躍してもらえればありがたいんだが」
木ノ楊出流男爵家 家令麗芙鄭・有手倉はひとりごちた。
それにしても。
魔法発動を詠唱中途で破棄ですか、今年県立魔導学校へ入学されたばかりの若にはまだそんな高等操作は無理じゃないかな?
「まさかねぇ」
先ほどまで頬を紅潮させ就職活動を行っていた少年の顔が脳裏に浮かぶ。
麗芙鄭は天井に向けて言った。
「出翁礼卿に伝えてくれ、『引き続き《星》の監視を頼む』と」