39話 片手半剣
お嬢様はほろほろと微笑みながら莉夢に言った。
「怪我の無いようにね?」
どちらにでしょうか?お嬢様。
主の許可を得るならば莉夢に否やはない。
輜重隊の前面に開けた、おそらくは両軍の皆様が昼食の配給を受ける時に並ぶであろう、踏みしだかれた草原に広くまぁるく冒険者達が陣を囲む。
その中心には木製の片手半剣を担ぐ倉利州先輩。
一足一刀の間をおいて相対し長杖をぶら下げる莉夢。
審判は昨日から引き続き斌傳姐さんが引き受けてくれた。
「「よろしくお願いします」」互いに頭を下げ合う。
姐さんの開始の掛け声とともに試合が始まった。
早々に片手半剣を両手握りで右肩に深く担ぎあげる倉利州先輩。
この構え方は一見雑に見えるけど実は既に剣を振り上げた体勢になっているのと同じことなんだ、間合いに入った瞬間剣の乗った肩をかちあげ全身の発条をも使った前屈と共に電光石火振り降ろされるであろうその剣がもしも木剣でなければ、頭から真っ二つにされること間違いなし。
まぁまともに当たれば木剣でも頭蓋が砕けると思うけど。少なくとも得物の巻き落としだのの実力に相当の格差が無ければできない技など繰り出せる状態ではないのは確定的に明らかなんだが。
こうなると質量に劣る長杖は若干不利だ、真正面から当たれば力負けして弾かれるから右か左か少し側面から入り片手半剣をいなしながら攻撃を繰り出さなければならない。有利なはずの射程の長さもこれでは効果半減だ。
ゆらり、ゆらりと揺らぎながらゆっくり右に回り込もうとしている莉夢。それに合わせ常に距離と向きを微調整し同じ位置関係を保つ倉利州先輩、正武先生以外でこんなに莉夢が慎重になっている姿を見るのは初めてだ。
この場合先に仕掛けた方が負ける率が高い。先輩が先に振ればその軌道をすり抜け返す杖で首元辺りに一撃が入る。
莉夢が先に責めれば後の先で重い木剣に杖の軌道を弾かれつつ腕なり頭なりに一撃が入る。五割五分対四割五分ぐらいの割で莉夢が不利とみた。
あっ、先輩もしかして莉夢の杖に対抗する戦法を練っていましたね!?
相互に攻守機を伺い膠着状態が続く、二人が一周半程も回ったときだった。
すっ。と莉夢は杖の持ち位置を滑らせた。これまで長剣の様に杖の端一尺半程度の所を握っていたものがほぼ杖の中央の位置へ。
唐突に無防備になったように見えた莉夢に対し攻めを一瞬躊躇したのか、持ち替えの瞬間に打ち込まなかった事一点を持って先輩の有利は消滅した。いや、普通そんなの無理だけど。
一端仕切り直す為に大きく後退すれば…いや無理に後退すれば体制の崩れたところにすかさず追撃を繰り出してきたはずなので、やはりこの一手に限っては莉夢に剣を振らされた倉利州先輩の負けと言えよう。
退がれば迫り来るであろう追撃を潰すには物理的に剣を振って遮ることが最適解ではあるものの、結果的には先輩が先に攻めさせられた状態。遅すぎる間でも振り下ろさざるおえなかった片手半剣の側面を短く構えた杖の端で軽く突き剣先を逸らす。
剣の軌道を搔い潜り。攻めの間をこじ開けた莉夢は胸前で握りを支点にくるりと杖を半回転させ、杖の元を先として先輩の水月に向け真っすぐに突き出した。
ガシィ!
その杖の先端を先輩の左手は掴みに行きやがった!
ボクが変幻自在な杖の先端自体を何とかしようと思いついたのは莉夢と模擬戦を始めてから一月も経ってからだった。…まだ捕まえられてはいないけど。
それを、昨日の今日で”ガシィ!”って…くぅぅ、その才能が羨ましい。
片手半剣なんて柔軟に扱える得物を好むぐらいだから優し気な顔して先輩、実は結構な曲者なのでは?
案の定、突き出される莉夢の杖先をとらえながら自らも軽く跳ね、杖に体重を預けながらその突進力を殺しつつ右足で片手半剣の中央付近を蹴り上げる。
片手半剣はその剣身の半ばから鍔元には刃がついていない、そこを掴んで短剣のような取り扱いもできる刀剣界の曲者的存在なのだ。
莉夢の杖に乗ってそこを蹴り上げれば即ち、剣先が莉夢の左斜下側から襲いかかることとなる。
受けようにも杖の先を先輩に押さえされ自由に動かせない。莉夢絶体絶命!
と、思いきや掴まれた瞬間莉夢も跳んでいた。杖を引っ張る力に合わせ先輩の腹にひねり気味に跳び蹴りを捩じり込ませていた。一見、先輩は莉夢の爪先を自分の力で引き込み腹に突き立てた状態だ。セップク!
莉夢の体ごと捻りたくられた杖を流石に左手の握力だけで堅守はできず、杖先は遂に先輩の手からもぎ取られた、その自由になった杖先で跳ね上がる片手半剣の剣先を押さえ跳び蹴りの反動でくるりと宙を舞い、前転を繰り返し距離を取る。
莉夢の体重殆どを載せた跳び蹴りを浴びせられ、支えるべき足の一本を剣の跳ね上げに使ってしまった先輩は後転に近い形で転がるしか手がなかった。飛び蹴りの威力を殺す意味もあったろう。
二人が距離を取ったところで審判の「やめ!」の声がかかった!
開始線に戻って呼吸を整える二人。
ボクも息するのを忘れて見入っていた。隣のお嬢様も大きく肩で深呼吸を二度三度。興奮しているのか仄かに頬が赤い。どきどき。
あ、先輩皮の手袋に滑り止めつけてる、杖対策バッチリじゃないですか!
冒険者の円陣の外側にはもう輜重隊や両軍の面々も集まりだしていた、休憩にでも入ったのか。
審判は一度二人を中央に集め二言三言話している、継続の意思を確認している様だ、二人ともやる気満々だ。
二人の呼吸が落ち着いたころを見計らい審判の掛け声により第二回戦が始まった。
先輩は今度も最初に大きく打って出た。
剣先を莉夢に向け大きく振り被る、上段からの突き、右旋回での横からの斬りどちらからでも攻められる体勢。攻めが七分の守り三分な構えと言ったところか。
そのまま左側にゆっくりと足を運ぶ、さっきとは反対方向に回転が始まる。定石とは逆だ、この構えでは自由度が低い左側面は弱点となるはず。が、なるほど”左から攻めてきなさいよ、また掴んでやるから”ってことですか?捕まえられる可能性を示して一種の防御となす。先程の”掴み”は相手の心理に迷いを産ませるための呼び水の意味もあったんだ。
右利きの先輩は左手を盾代わりに杖の攻め手を妨害することに使っているのか。相手が刃のついていない杖だからこそ有効な闘い方、完全に対杖戦にメタ張ってんじゃないスか!
なるほど片手でも両手でも使える片手半剣はこの自由度が厄介なんだな、使い手次第で攻め手変幻自在とな。ズルいぞ片手半剣。
片手半剣とは皆大好きバスタード・ソードの別称です。




