38話 行軍
ついに不羅毘は集合場所に現れなかった。
昨日、冒険者組合演習場での模擬戦で気を失い戦闘不能判定された不羅毘は、敗北を宣告された後”喝”を入れられ蘇生したものの恥知らずにもまともな剣戟が無かったことを理由に三戦目も判定無効を主張したけれど、その所業は遂にお姉ぇさんの逆鱗に触れた。
「理由の如何を問わず敵前で二度剣をとり落とし、気を失った者が生きている道理はない!貴女は既に死んでいる!」
不羅毘の鼻っ面を指差し、物凄い勢いで宣言してさっさと去って行ったおねぇさんの後ろ姿に野次馬の歓声が送られていた。
「よっ!!斌傳さん!」「斌傳ーッ!俺だーッ!結婚してくれー!」「BBA結婚してくれ!」
最後の台詞を言った人の安否は確認していない。
一応、昨日の模擬戦、最初のお約束では”後日支障をきたさないように”と歌ってはいた。
多分、仕事には支障はきたしてはいないと思うけど、主に女性として何らかの支障はきたしたかもしれない。
これはもしかしてボクらの反則負けだったんだろうか?
欠席を知らされていなかった”翠の牧場”副代表はダラダラと冷や汗を垂らし蒼白な面持ちで全方位土下座を繰り返し倉利州様に違約金全額負担の約束をしていたが。雨田隊は金には代えられない信頼を損なってしまう失態となってしまった。
そんなとき。
「こんな事だろうと思ったわ…もしこんなBBAでもよろしかったら今回の依頼、飛び込みで受けさせてください」
ペコリと頭を下げる。少し古ぼけた皮鎧を着た二級冒険者斌傳さん奇跡の復活劇であった。同時に最後の台詞を言った人の否を確信した。
地獄に仏とはまさにこのこと、雨田隊は契約違反を免れその面目を保つことができたのだ。
朝、雨田村駐屯地から出発した国軍部隊は街道沿いに行軍し、点在する香具根村、っご村等の開拓小村を過ぎると領関を通り抜け無人地帯へと入る。
領境はまだ先だが実質ここまでが木ノ楊出流領としての支配力が及ぶおおよその限界と言っていいだろう。
この先は男爵様の森と同じく人と獣の混じる区域と成り果てる、山犬や熊、猪、【魔狼】や【小鬼】、魔物獣の目撃報告なら月数回、被害報告も年に数回程寄せられる。回数は少ないが自分ばかりは大丈夫と高を括ってその数回の犠牲者となるのも莫迦らしい。旅をするものは自力で闘いうるか護衛を雇うか護衛付きの定期馬車に乗るかして移動するのが常識だ。
盗賊の徘徊?魔物獣の跋扈する中で碌に食料の調達もままならないままこの区域に定住できるなら大したものだ、間違いなく領軍の遊撃隊として採用されるだろう、その罪が贖えうるものであるならばだが。
有能な者で利益に繋がるのであれば貴族様は意外に柔軟な姿勢を見せてくれるものだ。
領軍部隊の最後尾、輜重輸卒と彼らの率いる幌馬車隊を守るのが今回の我々冒険者合同部隊への依頼。
実際の行軍であれば歩兵から選抜された輜重兵が行うことなのだが今回はその部分は冒険者へと外注されている。
その依頼の元受けとなっている雨田隊の面々からひしひしと緊張感が伝わってくる。
ボク達耀導徒第二はその雨田隊の守備範囲に編入され左翼の一部を補う配置となっている。
嬉しい誤算だったのは受付ねぇさんコト斌傳さんの指揮能力が卓越していた事。
受付嬢なだけあって今回参加冒険者全員の顔を知っており、かつ得意技能やら基本的な性格を一通り覚えているのだからたいしたものだ。
冒険者活動に空白期間があるため安全策を取り輜重隊の炊き出し用具糧秣満載の幌馬車に乗せて貰っているものの”翠の牧場”含め後方部隊すべてを纏め指揮している。
伝令役として”翠の牧場”が駆け回っているというのはまぁ、致し方のないことだろう。
お嬢様も莉夢も雨田隊より指示を受け、いつもと勝手が違う分緊張している様子なものの【小鬼】に追い回された時みたいな切羽詰まった空気は感じられない。
ボク?ボクも少しだけ緊張しているもののほぼ平常心を保てていると思う。
やっぱり既に魔物と一戦交えている事からの心の余裕なのだろうか、フフフのフ。
イナヅマ直伝複写再現【捜索】を使い、近隣に魔物の類がほぼ居ないと判っているというのももちろんある。
この【捜索】、魔素の濃度を感知するものみたいで魔物には反応するけれど獣はうまく感知できない様子。
それと水平方向の精度はあるものの縦軸方向へは敢えて意識をしないと正確な索敵は中々厳しい、崖の上の【小鬼】の探知が遅れたのも何となく判る気がする。
街道の領境を過ぎ、更に暫く進むにつれ深く街道に被さっていた深い森の木々が段々と疎らになり隣領文和の領関を越える。
暫く行軍を続け村々を過ぎるたび街道沿いに連なる人々の喝さいを浴びる。道端には屋台まで出ている。隣領駐屯の国軍が演習のため領内にやってくる、たったこれだけの事でも娯楽の少ない領民にとっては十分な催しになるのだろう。
文和の中心街の手前の広く開けた草原が本日の演習会場となる。
会場には既に文和の領軍が整列し、到着した国軍部隊に向け歓迎の意を表していた。
暫く歓迎の儀式が続き国軍本体は領軍との合同演習に入る、主に魔物大量発生時の共闘連携を意識した演習だ。
合同演習は木ノ楊出流でも頻繁に行われており、領軍側の演習場でやる時はやはり屋台が出る程に娯楽化されてはいる。
輜重隊は儀式の間も休むことなく文和領軍の輜重部隊の隣に組み立て式の炊事場を設営し昼食の仕込みに入る。
荷下ろしや水汲みに雨田隊以下冒険者連合もてんやわんやだ、輜重隊の警護に国軍を使わないのはこれがあるからなのではないか?と疑いたくなる。
何しろ全軍に振る舞う献立を昼までに作り上げなければならないのだ。実際は国軍輜重隊の作った献立を文和領軍が食し文和領軍輜重部隊の献立を国軍部隊が試すという何気に味比べ勝負の空気もあったりなかったり、互いに訓練にも変化を加えて兵士の皆さんが鬱屈しない様工夫をしているのだろうなぁ。
炊事場設営の手伝いが終わるとやっと冒険者連合の休憩時間になる、休みなく調理に邁進している輜重輸卒の皆様には申し訳ないけどね。お昼はもちろん両軍の献立を堪能させていただく所存。
木陰に座り込み黒砂糖と岩塩を口に含みつつ水分を補給する。軍の皆さんも行軍中やっているがこうやるとなかなか疲れにくくなるのだ。
お嬢様は早速雨田隊他の冒険者集団の面々と言葉を交わし情報収集及び友好冒険者集団の確立に余念がない。三級に昇格した後のことを考えれば今から知己になっておくのは非常に有効だ。多分倉利州先輩も今回ボク等の為に声をかけてくれたというのが多分にあるのだろうなぁ。まったく頭が上がらないや。
とか考えているとその倉利州先輩がこちらに向かってこられる姿が見えた。
皆の様子を確認しに来たというのもあるだろうけれど、お嬢様と二言三言交わし、続けてボクの隣で共に腰を上げた莉夢に声をかけた。
「疲れているところを悪いね莉夢君、もし良かったら一手ご教示いただけないだろうか?昨日の模擬戦を見ていてね、どうしても君に手合わせ願いたくなった」
先輩も意外と脳筋な様で…