37話 黒衣の未亡人
おまたせしました。
「やめ!」
審判さんの声がかかる。
ポカーンとする野次馬。
にぃんまりとお嬢様満面の悪魔顔。
さもありなんとしたり顔のボク。諏訪久。
キョトンとした顔の不羅毘。
さっさと自分の開始線まで戻り、天秤棒よろしく長杖を担ぐ莉夢。
そうそう、はじめて喰らったら何が起きたか判らないよねぇ?判る、判るよ不羅毘、今の気持ち。
足元に落ちて転がる細剣を見つめ次第に判ってくる状況。
まるで強力なおっさんに手から得物を毟り取られた感覚でしょ?信じられる?これ、長杖で絡め落とされたんだぜ?
「審判!」すかさず手を上げる不羅毘。おいおい、これで実力差判んなかったら只の〇〇だろ?
「汗で手が滑りました、滑り止めの使用を申請します」
往生際の悪い。
はたして二戦目、不羅毘の中ではこれが初戦かもしれない。
入念に滑り止めの粉を手にまぶした不羅毘はさっきより慎重に間合いに入る。
ぺしぃ!
音と共に地面に叩きつけられる細剣
ざわ…と野次馬たちが騒めき始める。
「…”黒衣の未亡人”じゃないか?」呟く声があった。
「馬鹿、”黒衣の未亡人”はもっと西方の話だろ?それに子供も連れていないぞ」
「でもさぁ、黒い肌に金髪、喧嘩売って来た相手の得物を全部杖で叩き落とすって完全に黒衣の未亡人の逸話そのものじゃないか」
莉夢さん、あなたもしかして二つ名持ちでしゅか?
「審判…」二度目の物言いに審判のお姉さんの目線が冷たい。
「……」
「やはり得物の長さが違いすぎるんです、実力を試すには平等な条件でないと…」
審判姉ぇさんはじっと不羅毘を見つめ深くため息をつく、やがて莉夢へと振り返り。
「まったく公平な条件ではないと思いますが、如何いたしますか?莉夢さん」
「別に、死合うのでなければどんな条件でも構わない、しかし退屈な相手と何度も試合うのも億劫なのでな、そろそろ終わりにしてもらいたい」
莉夢は長杖をボクに向けて放り投げると、貸し出し用の武器棚へ向かい不羅毘のものと同じ細剣を掴む。開始線へ立ち左手で逆手持ちに構えた。
「ふっ…」不羅毘の鼻から失笑が漏れた。
「細剣を逆手?貴女何も知らないのね、細剣というのはそもそも…」
「両者構え!」
不羅毘の御託を断ち切るように審判姉ぇさんの声が上がる。心なしか今までで一番冷たい響きがボクの耳には届いた。
「この試合、戦闘不能になった方を負けと判定します!はじめっ!」
無造作に間合いを詰める莉夢。
「素人がっ!」それなりに美しい顔なのに醜くゆがんだ笑顔が細剣を繰り出す。お嬢様は悪魔の笑みでも美しいままなんだぞ?
突き出された鉄製の剣先止めは莉夢の顔面、黄金色に輝く眼球に向かって真っすぐ突き進んだがその鈍色の光を瞳に映す前に前進することをやめた。
いちびってるから早すぎるタイミングで仕掛けちゃうんだよね。あと一寸(三センチメートル)程も溜めていれば莉夢に届いていたかもね、眼突き?届く距離なら莉夢は別の対応をするよ。
顔面手前で止まった剣を前腕外側に沿わせた細剣の剣身にぶち当てて払い除け弾き飛ばす莉夢。
剣柄を離し右手で不羅毘の右手首を掴むやそのまま頭上に絞り上げ、同時に身体を反転させ不羅毘の前身へ背中をぶち当てる、引きあげ背に載せられた体勢の不羅毘の重心を莉夢の腰骨の上で支え"くい"と弾き上げる、伸びきっていた不羅毘の身体は”ちょい”と莉夢の足がその最後の支えである足の爪先を刈るやふわと宙に浮く。
同念、一気に上半身を折りたたみ”くんっ”と腰を跳ね上げる莉夢の激しい舞踊に翻弄されるように舞い上がる不羅毘。
そのまま斜め横に崩れ落ち無手の組打ちに突入。馬乗りになったまま不羅毘の上半身を逆海老に仰け反らせ左全腕で首を抱き込むと右手で左前腕を掴み引き搾る。”ゴぎごギボぎッ”と背骨の関節が鳴る音が空耳した。あれ以来体の柔軟性がマシマシで感謝しています、今では。
「あうっ…いァあァぁ~っ…」不羅毘のエロっぽい悲鳴が辺りに響き渡る。
なんたるちあ壮絶なる光景に息をのみ、シンと静まり返りたる冒険者組合練習場一角の一同。
皆、我を忘れて見入っていた。
そう、ボク以外はね。
その締め技、息できなくなるし後ろに手が回らないからその体勢に入ったら詰みなんだよね。
でも、背負いから投げずに転がして組打ちに入るあたりボクとの模擬戦より随分と優しすぎヤァしませんかい?莉夢=サン。あ、受け身知らなけりゃ死んじゃうか?
「戦闘不能の様だが?」ぐいと上半身を反らせ問う莉夢。
「ひ、きょう、もの、けん、で、たた、かえ」この期に及んで…敵ながら天晴れと称えるべきか。
チロリと審判のお姉さんへ視線を投げる莉夢。お姉さんは目を閉じ軽くため息を吐くと首を横に振った。
「わた、しは、まだ、たた、かえ、る…」絞り出す不羅毘。
「なら仕方ないな」
莉夢は不羅毘の後ろから首に巻き付けた腕を引き絞る。
「けぐっ゛!」
程なくして不羅毘は決して乙女の発してはいけない音を口から吐き出し、白目を剝くとその場で意識を手放した。
おまたせしました。
今回筆が暴走し、かなり先まで書き進めましたがとりあえずキリの良い八話分更新予定です。