3話 お屋敷にご案内
「家令殿! 家令殿はござらぬか」
助けてくれたおじさんに連れられて向かったのはご領主様のお屋敷。
やっぱりメッチャ怒られるんだろうなぁ。
クソ親父にしこたまゲンコツ貰う未来しか思い浮かばない。
おじさんはお屋敷の人みたいだ。門守さんは顔パスだったし。
「私は家令殿を探してくる、坊主は手水でも借りて顔とソレも洗っておいたほうがいいぞ」
軽く顔を顰めながら、おじさんは濡れたズボンに顎をしゃくった。
ハイ、スイマセンでした。
若様の魔法【火球】間近で見たらやっぱり物凄い迫力だった。
自分に向けられたのでなければ最高に幸せだったんだろうけれど気がついたら漏らしていた、最悪だ。
おじさんがアソコから担ぎ出してくれて安心したら涙がドバドバ溢れて来たし、顔はグチャグチャになっているかも。
お屋敷の前庭にある手水舎のところでおじさんと分かれ、水樋から溢れる水を両手で受けてがぶりと飲む。チベタくておいしい。
続けて顔中を洗い流す、気持ちいいイイ。
ハイ、思った以上にグチャグチャでした。
ついでに手鼻もかんでおこう。
そっと周りをうかがいながら手水舎の陰へ廻り込んでズボンに手をかける、お屋敷には何人も働いている人がいて、急に庭に出てくることもあるかもしれない。
子供だって下着脱いでる姿見られたらやっぱり恥ずかしいのだ。
洗って手でギュウギュウ絞ったけどまだ水が染み染みで不快なズボンを気にしながら庭園に植えられた草木を観ているとお屋敷の方から人の声がする。
「おーい、坊主ぅ 家令殿がおよびだ」
きた、このまま帰って良いよなんて甘い事には当然ならなかった。
先日の町の中央学校の入学式。
領主様代理でご挨拶を賜った時の優しげな家令様のお顔が眼に浮かぶ。
おじさんに手招かれ使用人用の小さい方の扉から初めてお屋敷の中へ入った。
そこは玄関広間だった。ただしウチの家一軒丸ごと入るぐらいに広い。
そしてソレは。
噂のソレはその一番奥の壁際近くに鎮座し祀られていた。
目を見張る。
豪華な装飾の巨大な蓮の花を模した台座の上で、脚を組み、両の腕を軽く拡げながら虚空を見据える。
黄昏色の全身鎧。
ここ島之国の初代国王である”勇者様の魔動騎”だ。
領主様のご先祖が千年前。魔王討伐の戦で手柄を立て勇者様から賜ったという。
おじさんに呼ばれ一緒に”勇者様の魔動騎”へ拝礼する。
凄い! 中学(中央学校)の同級生では数人だけ、親が領主様のお屋敷で働いている人ぐらいしか拝礼したことがないという伝説の魔導騎さま。
今日この目で見る事が出来るなんて……。
やっぱりいいことしてよかったぁ、ありがとう神様。
なんて感謝したその途端だった。
またあの感覚に襲われたんだ。
若様がその手の平に【火球】を生み出した時と同じ、あの。
勇者様の鎧。その右肩口の何もない空中に青色の四角い飾り窓が開いた。
飾り窓の中を走る白く光る図形紋様は”走馬灯の記憶”の中で見たアレと同じ?
「はへぅ」
思わず変な声出た。
逃げようと踵を返、そうとして足がもつれてコケた。
青い窓が追い駆けて来るような気がして後ろ手でブンブン空中を振り払って。
フィッ。と突然圧が消えた。
「坊主」
声に、振り向くとおじさんが困った顔でこちらを見ている。
「何やってるんだ? 家令殿の元へ向かうぞ」
!?おじさん、今の飾り窓が見えてないの?!
体中がじっとりと汗ばみ、眼はうるうると涙目になっている。ううぅ。
ノロノロと立ち上がり身体についた埃を払う。
綺麗に手入れされた床には塵一つ落ちていないけれど、貴い方とお会いするときは身だしなみに気をつけなさいって母ちゃんに口を酸っぱくして言われてるし。
それに、もし家令様とお話する機会があったら聞いてみたいことがあったんだ。
怖い想いもしたけどイイこともある。
『禍福はあなざえるわなのごとし』って学校で読んだ本にも書いてあったし。
チラチラと横目で勇者様の鎧を見ながら、おじさんに連れられ続きの間に向かった。
黄昏色の鎧は入ってきた時と同じに静かに虚空を見つめ佇んでいた。