27話 日々是精進(後編)
流石に夕御飯はお嬢様、奥様のお二人で貴族のお食事をお召しあがりになる。
と言ってもお嬢様の食事作法の練習及び僕達の給仕の練習の意味合いが強い、従者は主の給仕をしなければならない場面もあるのでそのため練習は欠かせないのです。
奥様付の女性従者、吋和年先生がボク達の指導に当たってくださっている。
先生は隣領文和から奥さまのお嫁入りの際付き従っていらした方で奥様の幼馴染でもあるそうな。
今は御代町内にご家庭を持ち、お屋敷へは通いでいらしている。
若様、お嬢様の従者教育も一手に引き受けておられるとのこと。
ボク等が密かに”影の家令様”と呼んでいることは絶対に内緒だ。
奥様とお嬢様のお食事が終わった後やっとボクと莉夢の夕食なのだけれど、実はお二人と同じ献立で食事作法を学びながらの晩御飯となる。羽生さんに食刀と食刺の使い方を教えてもらっておいて助かった。
で、ボク等の給仕は女中服なお嬢様が行う。なんでかって?男爵程度の下級貴族子女の出世街道と言えば上級貴族の従者とかお世話係とか家庭教師から入ることが多いので、いつお声掛りがあっても良いように練習をしておくのだそうで。
ボク達も貴い方々が何を食していらっしゃるのか知っておく必要があるし、時には説明出来なければならないし、ご相伴に預かる場面があれば主に恥をかかせる訳にはいかないということで食事も従者修行の内ということらしい。
繊細な前菜やら川魚の乳脂香草揚焼き何かも確かに美味しいのだけれど、食べた気持ちにならないというのが正直なところ。お嬢様も内心、朝の領兵さん達とガツガツ頂く食事や昼間学校で食べる給食の方が美味しく感じてるんだろうな。
その作り笑顔をみれば判りますって。
夕食後、お腹が落ち着いたらもう外は暗くなり始めているので件の屋内演習場にてお嬢様の弓の練習。
魔導照明?もうとっくに克服しています、ドヤッ!
魔法起動の予兆を感知したときに”窓”を開くか開かないか無意識に選択出来るようになりました。やったね!
特に同種の複数魔導具の同時起動なんかは独特のむず痒さがあって即防御対象。
意識すればあえて一つだけ開くというのもできたりします、ふふん、ふふん♪
やっぱり恩恵技能も鍛えればそれだけ伸びるし使い方次第なんだな。
それよりも壮絶なのがお嬢様の弓。
【小鬼】戦で尋常な腕前ではないことは気付いていたけれどそんなもんじゃなかった。
少し高めかな?という程の位置に矢筒を背負い軽々十二連射。
矢筒が空にならなければ無限に射続けられるんじゃないのかしら?背中から弓へ水が流れるごときに番える矢捌きというのか弓使いというのか。
しかもそれを前後左右縦横無尽に早足で歩きながら行い、すべて的に当てている。
少し持つのが大変そうだけど三本の矢を一度に番え三連射というのもできる。まだ手が小さいのか小指と薬指で掴んだ三本目の命中率はやや落ちるが大人になって小指の力が強く成れば安定するだろう。
干した蔓草葛を丸く結わえて作った的を莉夢が空中へ高く、低く、時には二つ同時に放り投げる。それをやはり動き回りながら射抜く。動く的だから瞬時に現在位置と速度を見極め未来位置を予測して撃つのだけれど、いやはや、超人だ。
ボクですか?モチロン練習矢と蔓玉の回収と補充担当ですよ。演習場の端から逆の端まで移動しながら練習を行う二人を躱し、お嬢様の射線上に入らない様、お二人の進路の邪魔にならない様回り込み走り回りながら回収、壊れた矢は除いてお嬢様の矢筒に、玉は莉夢の腰篭に。
結構頭も使うのです九厘達ではここまで上手くできないのデス。ドヤッ!
『…』
ハイ、ソコ黙ッテ。ワカッテマスカラ。ワカッテヤッテイマスカラ。
正直体力的にはこれが一日で一番キツいお仕事です。拾い集める時間が短縮できるから練習がはかどるとお嬢様にはお喜び頂いております。アリガトウゴザイマス。
一時(約一時間)程みっちり練習したら最後に遠射で〆ます。
もちろんお嬢様の恩恵技能【光矢】の出番です。演習場の端から逆の端に盛り上げた土山の前に置いた的に向けて。弓を引き絞り。
「光よ…」
【光矢】出現から小四半時(約十分強)。
弓を引き絞ったまま、ゆっくりと呼吸を続けるお嬢様の額から珠の様に汗がはたはたと零れ落ちる。野戦時、膠着状態になったとき、敵方の弓手が力尽き矢を放ってしまったのを時機に突撃を開始する例が多いので堪え性のある弓手が好まれるとの由。
「導きたまえや!」
放たれた光は通常の矢と同じく緩く螺旋の軌道を描き土くれの山に着矢すると大人の背丈ほどもある塊を爆散させる。
【小鬼】を吹き飛ばし、【大躯】の頭部を貫通する必殺の矢!飛び散った土を再びかき集めて盛り上げる苦労なんて何の事はないぞ、くすん。
それを二山、都合二回行う。むろん従者二人組もボーっと見ている訳でなく射線外に落ちている矢を回収し手入れと演習場の整備を行う。
二発目の矢が放たれると莉夢の出番だ。魔力枯渇寸前で土の床にひっくり返っているお嬢様を担ぎあげ
「あとは頼んだ、おやすみ諏訪久」そう告げると先に演習場を後にする。
これからほぼ前後不覚のお嬢様のお口に魔力回復を早めると言われている薬草の擦り汁を流し込み、風呂で女中さん数人がかりで磨き上げられ、莉夢が寝台へ放り込むまでがお嬢様の一日となる。
魔力枯渇ギリギリまで魔力を使い続けていると魔力総量が増えるという俗説があるらしく最初は二射目が放てなかったお嬢様も最近ギリ撃てるようになり即気絶もしなくて済むようになったのだそうだ。
イナヅマに確認したけれど『魔力総量は基本的には魔導器官の魔力充填領域の大きさに依存するので生まれつきが殆ど、鍛えて領域が拡張するというのはあったとしても微々たるもので、本人の体調による放出限界率の変動の方がはるかに影響が大きい』のだそうだ。
『但し何度も魔法を行使することにより効果的な魔力運用を身体が覚え消費効率が向上するのと、大気中の魔素を体内魔素に転換する器官は鍛錬次第で変換速度の向上が期待できることから結果として見かけ上の魔力量が増えた様に見えるのではないか』と結論付けていた。
土山をひとつ積んではお母ちゃんのため。二つ積んでは妹のためと再び築き上げ、壊れた矢を自分で修理できる分、矢師へ任せる分と分別していると「お風呂開きましたよ」と女中さんが声をかけてくれる。
村の共同風呂なら何度も入っているけれどお屋敷の広いお風呂に一人で入るのは気持ちいい。
露天風呂の様に湯につかる訳では無いけれど、裸で熱い湯気の中に身を置き汗が流れ出たところを石鹸の泡を付けてこすり洗髪の実のしぼり汁で髪を洗う、お湯を湯桶から汲み湯桶の中で水と合わせ適度な温度にして頭から被り汚れを流す。最後に水を何度か被り完全に汚れを流したら完了。
後の人のために石の床を水で軽く流しさっさと仕舞う。
お嬢様付従者ということで順番をお嬢様の直後にしてもらっている様なのであまりゆっくり入っていても申し訳ない。
え?ボクの直前にお嬢様と莉夢が入っている?
……喝ぁツ!!妄想退散!!!
『ふむ、やはり湯と石鹸泡で磨くと輝きが違うな…』お屋敷の守護神黄金虫様にはご意見無用と教わったので無視しておく。虫だけに。
風呂上がりに冷たい水を木杯一杯飲み干してから寝るのが最近のお気に入りだ。
『飲み干す時は片手を腰に…』お屋敷の守護神様、以下同文。
共同風呂みたいに家から離れていないので体ホカホカの間に寝台に潜れるのは幸せだ。
こんな感じて男爵家におけるボクの一日は終わって逝くのです。
魔導照明を消して横になり目を瞑る、一日の事を思い出しながら、色々な思考に想いを馳せる。
…お嬢様の【光矢】って…なんで弓で射らなきゃならないんだろう…魔法なんだから自分で勝手に飛んでいかないのかなぁ……今度……お嬢…様に……聞いて………ぐぅ…。
魔法云々の前に、矢が弓無しで自由に飛ぶという発想自体がこの世界の人間にとっては異端な概念であり、この世界ではたどり着かないはずの知見を知らぬ間に身に着けてしまっていたことの意味を、このときはまだあまり深くは考えてはいなかった。
こんな感じで彼らの一日は過ぎてゆきます。
次回、修行パートです。




