22話 新しい朝が来た
「お嬢!…さま…」
ガバリと起き上がる、施療院の寝台の上。
小刀を携えたお嬢様。
「おはよう、人妻殺し君」
「えっ?!」
寝台の傍らで椅子に腰かけるお嬢様。右手に小刀、左手に真っ赤な林檎、唇を尖らせ、背中に直立不動の執事版莉夢が控えていた。
シャリシャリと林檎の皮をむくお嬢様。
「お、お嬢様…ちっさ…莉夢…でっか…えっ?えっ?」
一瞬、林檎をむく手が止まり、チロリとボクをねめつけると林檎に目を落とし再びシャリシャリと皮をむき始める。やばい、お嬢様、物凄く機嫌が悪い?
「……七日ぶりに意識が戻ったらいきなりお母さまを口説きだし再び昏倒、昼頃目を覚ましたと思えば主をちっさいだのでっかいだの…普通の従者だったらクビになってもおかしくないのではなくて?従者諏訪久」
シャリシャリ
「いえ、あの、気が付いたら目の前に大人になられた司祭衣姿のお嬢様がいらして、女中服の子供の莉夢と…」
シャリ…
「それ、アタシじゃなくてお母さまだから、莉夢が女中服?莉夢にあう女中服がないから執事服をお仕着せてるんじゃない、幻覚でも見てたんじゃないの?」
お嬢様、刃物で人を刺し…指してはいけません。
「お、奥様…」
木ノ楊出流男爵夫人。遠目にしかお目にかかったことはないけれど、メチャクチャおきれいな方だと聞いている。あの方なればさもありなん。お嬢様、大人になられたらあのように可憐に…???…いやいや、たまさか。
「…なんか微妙に腹立つんだけど気のせい?ちなみにお母さま、結婚前は冒険者登録されていて【小鬼】とか【大躯】とかもブッ殺…討伐しているのでそのつもりで。
あと、起き抜けの中学生に手を握られて”きれいだ…”とか”お嬢様”とか言われちったっつって”極上だぜ!”ってるんたったしてるから。その旨委細漏らさずお父様にチクッ…報告するので覚悟しておくように」
お嬢様。それ、死亡確定ってやつじゃ…。
縋るように莉夢を見るけれど”すっ”と視線を外された。
剝き終わった林檎を手に持ったまま器用に小刀で縦に割るお嬢様。
「諏訪久、いい知らせと悪い知らせがあるわ、どっちから聞きたい?」
これ以上悪い知らせがあるのでしょうか。
「…悪い方からお願いします」
四等分した林檎のうち一つをパクリと食みシャクシャクと噛み砕く、ごくりと飲み込む。
「…うっま…」
お嬢様…?
「今日の午後の診察で施療院の退院許可が出たら明日から三日間自宅療養なさい。そのあと領内審判に掛けられるわ…シャクシャク」
「領内審判!」
それって所謂裁判じゃないですか!領内で捕まった盗賊の首を斬るか腕を斬るかとか、犯罪を犯した領民の首を落とすか罰金で済ますかとか…何か斬り落とされる未来しか見えないのですが。
「ごくり、【小鬼】戦のときにアタシも訊きたいことがあるって言ったけど、アンタのその異常な探知能力と知識はどこからきているの?見習い契約の時アタシになんて挨拶したっけ?シャクシャク」
お嬢様、食べるかしゃべるかどちらかにしませんか。
「ええと…たしか「こんごともよろしく」」「じゃなくて」「えっと…「はい、私の主君」?」
「それ!私の主君なんて言い回し、それこそ千年前の宮廷貴族が使っていたような言葉よ、図書館辺りにあった古典でも読んで覚えたのかと思ってたけど、そんな貴重な書物が田舎の中学校図書館にあるはずがないし司書に確認したけどその類の本は置いてないって言ってたわ」
あちゃ~…この辺り…イナヅマか羽生さんの知識の混入でしょうか…
『多分、君の考えているので正解』…居たのね、イナヅマ(羽生さん)。
「そこら辺…回答できるようにしっかり考えておきなさい」
…なんだ、いつものお嬢様じゃないか…。
「いい方の話だけれど…」
林檎の四分の一を持ち、すっと片手を上げるお嬢様。丁度、莉夢の口元の辺り。
「食べて、莉夢」
一瞬の躊躇の後、パクリと咥え上を向きながらシャクシャクと林檎をかみ砕き口内に収めていく筆頭従者殿。手ぇ使おうよ、手ぇ。
「狩り物競争は当面延期…会場の森の魔物が活性化している疑いがあるので大規模な調査を行って安全を確認してからということになったわ。尊多商会側は決行意見だったらしいけど、何かインチキの尻尾捕まえたとかで証拠ちらつかせたら代理交渉人は皆黙ったって」
アタシの読み通り!とドヤ顔のお嬢様。
「それでも一人、ゴネてる商会関係者がいたけど別室で麗芙鄭とO・HA・NA・SHIしたら直ぐ賛同してくれたって、帰りに門守の場瑠部がズボンを貸したとかなんとかは別の話ね、多分」
だ、男爵家ェ…。
「ここからが”いい話”ね、」
「アンタが上慎から毟り取った権利あったじゃない、何でもアタシの望みを一つかなえるってヤツ。商会側から金銭で賄えるモノで金貨一枚程度にしてくれって制限付けられたみたいなのよ、折角〇〇の毛まで毟ってやろうかと思ってたのに…」
「それがいいこと…ムグ、シャク」お嬢様、林檎を無理やり押し込まないでください…。
「主の話は遮っちゃダメよ、金貨一枚程度じゃ大した事出来ないからその権利、アンタに下賜するわ」
「シャク(はい)?…」
「【小鬼】の件でもガンバったし、結果的に生きて帰れたのにはアンタのお陰な分も大きいからね。
単独【大躯】討伐者かつ戦略的撤退戦最後尾者に主からの褒美よ、よくやったわ諏訪久」
あのお嬢様から直に褒められて嬉しいやら恥ずかしいやら、顔が熱い。
「あの、莉夢のお陰で助かった部分もあるので…ごめん莉夢。お父さんの杖、壊してしまった、でもおかげで生きて帰れた」莉夢に向かって頭を下げる。
「諏訪久の助けになったというのなら父も本望だろう、再び相まみえる事が叶って私も嬉しい」莉夢は軽く微笑んだ。
「莉夢は私の半身扱いだから細かい褒美はいいの、素直に貰っておきなさい」
「ありがとうございます」
「勿体ないお言葉です、お嬢様」
ボクと莉夢は同時に返事をした。
「他に聞いておきたいことは?」
お嬢様は林檎の最後の欠片を僕に手渡してきた。
「…お嬢様、傷は大丈夫なんですか?」唇を見ても少なくとも外から傷は判らない。
予想外の質問だったのか少しの間だったけど、見つめあう瞳。
「…アンタねぇ、他人の事より自分の心配なさい」
「他人じゃありません、ボクの主です」
「あー…うー」赤くなって頭をかくお嬢様。
「怪我はもうほとんど治ったわ、お母さまの【治癒】を使ってもらったから多分後も残らない…アンタも今朝まで毎朝【治癒】を受けていたのよ、娘を逃がすために殿を買って出た人をどうしても治したいって」
よかった、あの黒い魔力。とても禍々しくて何か害があるんじゃないかと思ったけど。
「…聞かないの?あの玻璃珠玉のこととか…」
「聞いたら、教えていただけるのですか?」
「……」
お嬢様は、ぽつり、ぽつりと語ってくれた。
貴族として生まれながらも貴族の絶対条件ともいえる魔法行使に使える魔力が極端に少ない体質であったこと。
まともに使える魔法が最も魔力消費の少ない【光矢】しかなかったこと。
王都には魔石を加工していざというときの予備魔力として使うことのできる魔道具製造技術があること。
その魔道具は使用魔力の十数倍の充填が必要となること。
そして、お嬢様用魔道具の充填手として常人の数十倍もの魔力を持つことが確認された莉夢が従者として異例の抜擢をされたこと。
「ってこと…がっかりした?」
多分、一番つらいことを話してくれたのだと思う。
「あー…日頃偉そうにふるまってる貴族様が実は魔力不足で魔法も碌に行使できない《屑星》なんだもんね…」
無理に笑う、自虐の笑み。らしくないぞ、お嬢様。
「…がっかりも何も、ボクは魔法が使えるからっていう理由でお嬢様に仕えた訳じゃないですよ」
「そうよね、アンタには別の目的があるんだもんね」
「そうです、何としても吏員になって将来安定した生活を…ってそうじゃないでしょう!」
「安定した…生活…?」ぼそりと莉夢が呟き、首をかしげる。
吏員見習いになったけど森の中歩き回ったり、沼地で命綱付けて蛙狩りしたり、【小鬼】【大躯】相手に斬った張ったの大立ち回り…って絶対違うよね……多分。
でも…
「お嬢様からクビを言い渡されるまで、従者頑張りますので、これからもよろしくお願いします」
寝台の上で両手をついて頭を下げた。
母ちゃんゴメン、安定した生活も目指したいけど、今はこの人たちと一緒に行きたいと思います。危険が危ないこともあるかもしれないけれど、許してください。
頭を上げるとお嬢様は扉の方を向いて立っていた。背中が僅かに、震えて、いる?
「しょ…しょうがないわねぇ!もうしばらく面倒見てあげるわ!だから領内審判、きっちり突破しなさい!」
震える声で言い残し、そのまま扉から出て往くお嬢様と莉夢。
お嬢様からいただいた林檎はちょっぴり甘酸っぱかった。
お分かりいただけただろうか(ΦwΦ)
あれ?こんなんか矛盾してない?と思われた方、正解です。
さらっと未発表の設定出てます。
ただ本編とはあまり関係ないので回収するかどうかは今後の展開次第です。




