21話 夢の中へ
夢の中へ
行ってみたいと思ったことはありませんか?
多分ボクは今
*ゆめのなかにいる*
もしくは、
ボクはもう死んでいる。
だって、ここは
見渡す限りに空に聳える黒鉄の摩天楼。
専用(!)の道に連なる魔導箱馬車、一人ないしは数人の貴いお方々が玻璃の壁にに囲まれ鎮座ましましている。
足の代わりに輪っかを付けた魔道馬にまたがる、丸い兜の騎士様方も箱馬車の前後で警護されている。
馬車道脇の人専用の道を行く方々は皆官吏のお仕着せを纏いわき目も降らずご公務に勤しんでおられる様子。
ボクももっと子供の時代、王都に住んでいたことがあるのだけれどその時の記憶は曖昧で、書物や人に聞いた話から推測しても、王都に摩天楼は王城とその周辺にしかないはず。
もしここが、いいこといっぱいすると死んだあとに往けるかも知れないよと司祭様が教えてくれた天の国なのだとしたら、国王様ご領主様の元、民度の高い街なのだと判る。
そうなのだとしたらボクはこの国で、今後は流民として生きていくことになるのだろうか。
寄辺の無い生活に耐えられるんだろうか?
巨大な玻璃の板を壁面にふんだんにあしらった箱形のお城達に圧倒されながら辺りをさ迷い歩く。
「やぁっとみつけたよ。諏訪クン、元気そうでなにより」
はい?
振り向けば、ちょっと着崩した官吏服に長めの黒髪の…なんというか、のっぺりした顔の若い男の人。
あ、思えば。道行く人も皆のっぺりした顔。
この国の人は皆んなこんな顔?
「嫌だなあ、忘れちゃった?生死を共にした仲だと言うのに」
いたずらっ子の様にほほ笑むのっぺりさん。
「…イナヅマ?」
「そうだねぇ…正確にはイナヅマの中の人?」
中の人?
「イナズマの元になったっていう学者さん…てこと?」
何々?どうなってんの?意味わかんない。
「こんな歩道端で立ち話もなんだね。河岸を変えようかね?久くん」
ひさしくん?
ボクはイナヅマの中の人に促され一緒に歩き始める。
「君の名前をこの世界流の読み方で言うとこんな発音、”諏訪久”」
「スワヒサシ」
何か耳新しい様な懐かしい様な不思議な感覚。
「イナヅマの中の人の名前は?」
「…イナヅマと分離した状態の僕の名は正確には原初の一というんだけど。でも完全複製された僕としては元人格の”羽生そよぎ”自身だと思ってしまっているんだよね…この人格の本当の持ち主は千年も前に死んでしまっているのだけれどね」
「ハブソヨギ、面白い響きの名前だね」
「ハブ”が家名で”そよぎ”が名前ね」
ピクリと頬がひきつった
「…貴族様でしたか、失礼いたしました」
緊張した面持ちで恐る恐るイナ…ハブさんの顔を見上げ見ると、少し困ったような顔で笑っていた。
「いや庶民だよ、僕の居た世界では庶民にも家名がある、むしろ貴族は…あんまりいない、封建制じゃなくて民主主義…って始めるときりがないから後で追々話してあげるよ」
ホッとして、とりとめのない会話を続けながらとあるお城の大きな玻璃の魔導扉を潜る。
なんとびっくり。お城の中に商店街がある!
確かに魔物除けには効果的何だろうけど何と壮大なことか…木ノ楊出流領では魔物の襲来に備え砦の中に学校や神殿、診療所に食糧庫に共同調理場が作られてるけど、商店が丸ごとお城の中にあるなんて…よほど力のあるご領主様なのだと思う。
その商店街の一角。四人掛けの卓がいくつも置いてある店の一番奥。
卓付属の椅子の片方が壁際で布張椅子になっている席に陣取った。
ハブさんに勧められて布張椅子に座るけど、大丈夫?布張椅子って貴族様の腰かけるものではないの?ふんわり布張椅子に緊張しながら座る。卓上の板が玻璃製なことに気が付いた…壊したら一家全員首が飛びますよネ?
ハブさんが二言三言囁くと空中に紋様が浮かび上がり何処からか声が流れる。
店の奥から虫の羽音?と共にこれもまた玻璃製の二つの円柱が浮かびながら近づいて来る…
幾枚もの回転する羽を持った虫でも鳥でもない何かが卓上に置いて行った二つの円柱の正体は果たして玻璃の杯であり中身は四角い氷が浮いた水。
無造作に水入りの玻璃杯を口元へ運びかけたハブさんは、ボクの視線に気が付くと。
「お冷だよ、飲んでも大丈夫」と言って軽くほほ笑む。
高価な器で飲むのは緊張したけど水は冷たくておいしかった。
「さて、君に伝えたい事があるんだけれど、初めても良いかな?」
ボクは頷いた。
「多分、君には理解し切れない部分もあると思うが、悩まずそういうものだと飲み込んで貰いたい。
まず、今僕たちがいるこの世界についてだが…ここは君の技能【editor】の記憶領域の中だ。これほどの広大な記憶領域を持つ技能があるとは…実に興味深い」
はい?いきなり意味不明なんですけど。ボクの表情を呼んだのか言葉を選びながら説明してくれた。
「そうだな…君の夢の中だと思ってくれてもいい」
ふふっふぅ。
「今君は、ここではない別の世界の情報を元に技能記憶領域の中に再構築された仮想世界を体験しているんだよ、僕はそこにちょっとお邪魔させてもらっている虫と言ったところか」
もうすでにハブさんが何を言っているのか解りません。
「だいたい僕と違和感無しで話ができる時点でこの可能性に気付くべきだったんだ。君には知る由もない概念、思いつけるはずもない言葉、君の世界に存在しない語彙を君はなんの違和感もなく受け入れ理解していた、知らずのうちに別世界の情報に侵食されていたということなら理解できる」
…違和感?最近事件が立て続けに起きているんでそんなものかとも思っていたのだけれど、振り返ってみれば、なぜあんなことができたのか思いついたのかうまく説明できない事がたしかにある様に思う。
「…」
ビクッ!店の奥から何やら近づいて来るものがある。
思わず腰を上げかけ、ハブさんに制される。それは、人の形をしながら人に非ず。なんとも不可思議な人の姿を模した出来損ないの案山子が足も動かさず進み来る様だった。
玻璃の卓の脇で止まった案山子は優雅な仕草で卓上に一枚の白磁の皿と二つの背高い玻璃の筒を置き何かつぶやいて去って行った。
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(ごゆっくりおくつろぎください)
魔物の言葉に聞こえたのは気のせいか?迷宮に現れるという【業礼無】という魔物を本で読んだけれどあんな感じなのではないか?
ふんわりと漂ってきた甘く香ばしい香りに誘われ、置かれた皿を見れば丸く薄茶色に焼き上げられた薄パンを二枚に重ね、乗っているのは半分溶けかかった四角い薄黄色の乳脂?得も言われない香りを醸しだしている。
「ぐぅ」とおなかが鳴いた。
「そちらのシロップをかけて召し上がれ」
にこにこしながらハブさんが示す先にはこれまた白磁の華奢な小壺。その触れれば折れそうな持ち手をつまみ、とろりとした琥珀色の液体をそっと乳脂の上から注ぐ。
「楓の樹液を煮詰めたものだよ、とっても甘いんだ」
「ごくり」喉が鳴る。ハブさん指導のもと食刀と食刺を駆使して最初の一口を「ぱくり」
鼻腔を抜け、口内中を駆け巡る”しあわせ”
あ、甘んマぁあ~~ぃ!!ふかふかふわふわ!!乳脂と樹液の甘塩ょっぱさがじゅゎあぁ~って。
「お気に召して何より」
ほほ笑みながらハブさんは玻璃杯に挿した藁管から濃茶色の飲物を含んだ。喉元の動きに合わせ玻璃杯の内側にいくつかの気泡がたつ。
「…千年振りにコーラを味わえるとは思わなかった」呟くハブさん。
「そちらのソーダフロートも試してみたまえ、絶品だよ」ボクの傍らの玻璃杯を示す。
”そぉだぁふろぉと”はたして絶品でした。特に玻璃杯の上の白くて冷たくて甘いトロォリと澄んだ緑の爽やかな”しゅわしゅわ”との間に僅かについた”しゃりしゃり”がたまらない。
”そぉだぁふろぉと”!
「…ゆっくりと平らげたら帰ろうか。君の目覚めを待っている人達が居るからね」にこやかに告げるハブさん。
「帰れるの!」思わず腰を上げる。
「ああ、なかなか君が目覚めないからね、迎えに来たんだよ魔導器官を直結しておいて助かった」
帰れる…
あんな、何にもない…むしろ不満だらけだったあの村へ帰れると判ったとたん、不意に涙がこぼれた。
目線を外しながらハブさんが言う。
「今回、君を経由して最新情報をかなり入手できた…次は、負けんよ」
「あいつはどうなったの?」思い切って聞いてみる。
「何も覚えていないのかい?」
「…どうしてもあいつだけは倒したいと思って…頭の中がグルグルして…気が付いたらここの街に居ました」
「だいじょうぶ、奴は倒したよ。君の身体は施療院で昏睡状態だが傷は殆ど回復している。
僕も反省している。魔物体の基本動作で闘っていると思ったら”中の奴”がいきなり直接操作し始めたからね。連続攻撃には対応しきれなかったんだ。魔力を節約するために【障壁】を最小限しか展開していなかったのがまずかった。初撃は応対できたが二撃目の足蹴は防ぎきれなかった。
…ああ、折れてしまったがあの杖、莉夢に感謝しておくといい、アレが砕けて多少でも威力が軽減されていなかったら即死だった。死んでいたら【極大治癒】も意味がなかったからね」
「ちなみにどうやって倒したのか…」恐る恐る。
「やはり知りたいかね?」
はい、強く頷いた。
「存在しないはずの魔法で魔石まで焼き尽くしたんだ、君が」
はい?耳が遠くなったのかしらん。
「いくつかの魔法を複合している様にも見えたが、あきらかに君の持つ魔力を超える威力があった。作動原理も不明。
覚えていないとすれば…気軽に再現できるとは思わない方が良さそうだ」
思案気なハブさん。
…起きてからじゃないと判らないけど、あの”ボクの窓”の頁を捲ったら…。
その後、とりとめのない話を続けて行くうちに両腕からホカホカと暖かいほわほわがしみ込んできて、お腹がほんわかしてくる。眠い、猛烈に眠くなってきた。
「おやすみ、諏訪久だいじょうぶ、目が覚めたらあちらの世界でまた会おう…」
…遠くでハブさんの声がしている。
暖かい。手。少し握る、と。握り返してくる?ほわほわ。
薄く目を開くと。
「きれい…」思わず口ずさむ。
目の前には、女神の如き、長い赤金の髪。司祭様の衣を纏った大人になったボクの主、お嬢様?
「…お嬢様、おはようございます…」朧な意識で絞り出す。
「やだわ…この子ったら…」ほのかにほほを染める。大人な声のお嬢様も素敵です。
ほわほわはお嬢様の御手だったのですね。
「お、おくさま…」幼い声の…莉夢?
寝台の傍らで椅子に腰かけるお嬢様の隣に、金色のクリクリの眼を見開いている莉夢、は…ボクの妹ぐらいに縮んでしまって、あまつさえ女中服に身を包み、大人なお嬢様に縋り付いている。
あれ?何だかおかしいな?まだ意識に紗がかかったまま、うつつの世界へ、落ちていく。
遠く聞こえる、イナヅマの声。
おかえり、諏訪久。
―――――ただいま。




