20話 八八二三〇
森の中、小川のほとりを下る。
来るときの道筋で諏訪久へ感謝の意を示したあの川の上流で間違いない。
この先に休憩した丘があり、そこからお屋敷への道へと続くはず。
幸いにも誰かを背負いながらの強行軍は慣れていた。一定のリズムで粛々と歩みを進める、無理やりにでも呼吸を整えながら。
背中のお嬢様はぐったりとはしているものの大事はないはずだ、後ろ髪は引かれるが今自分のやるべきことはお嬢様を無事にお屋敷まで送り届け、その足で援軍を連れ彼の下へ戻る事のみ。
――――がさり
歩みを止める。五~六間(約十メートル)先の森側の茂みの向こうに何かが居る気配。
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(へっ…へへへ…気付かれちゃったかぁ)
がさがさと茂みをかき分け、出てきたのは”にちゃあ”と下卑た笑いを顔に張り付けた一匹の【小鬼】。
手には短剣が握られている。
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(あっあっあっ。だあいじょうぶ~おじさんそんなんじゃあなぁいからぁ~)
莉夢はじっと【小鬼】をねめつける。
【小鬼】はじわじわと二人との距離を詰めていく。
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(だいじょうぶ~コロさないからぁ~そんなきれいなおねぇちゃんコロしちゃったらもったいなもんねぇ~ちょっとだけキモチイイことしようよ~)
ギシャギシャと笑いながら近づく【小鬼】
その場でしゃがみ込んだ莉夢は背中からそっと美都莉愛を降ろすと、顔に巻いてた布をほどき始める。目だけは【小鬼】から外さない。
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(おおおぉ、こちらも美人だぁ…おねぇちゃん?おにぃちゃん?どっちでもいいよ~先っちょだけ~先っちょだけだから~)
バサリと旅人の外套が落ちる。
外套の下には琥珀色の身体にぴたりとした黒皮の袖無衣とごつい革帯で留められたこれもまた体に馴染む黒皮の脚衣。
顔から外した布の端を左手に握り込み残りをぐるぐると拳に巻き付ける。革帯の後ろに回した右手は腰鞘から黒刃の小刀を引き抜く。
左拳を小盾代わりに胸前へ突き出し、右は逆手に小刀を構える。
「言葉は判らないが喧嘩を売られているということはよく分かった、かかってくるがいい」
さらりと語る莉夢の気迫に中てられた【小鬼】はその場に凍り付いた。
どんッっ!
一瞬にして【小鬼】の身体は砕け、その肉片は森の中へ飛び散った。
「真空飛膝…斬ッ!!」ベベン
まるで音が後からやってきたかの様であった。
「無事かっ?莉夢!」
横合いから飛び込み一瞬にして【小鬼】を屠った白銀の鎧。
地面から数寸浮きあがり軽く上下に浮遊する魔導騎。その猛禽の顔を模した兜の面頬が嘴を開くや莉夢の見知った騎士の顔が現れた。
「正武先生っ!」
「お嬢は無事そうだなっ!坊主はっ?」
背後の川上を指差し
「殿をっ!敵は【黒大躯】一体っ!ご、ご助力をっ」
莉夢の両眼から大粒の涙が溢れ零れた。
「承知!この先の窪地上の丘は判るな?部下を呼ぶ、そこで待て」
莉夢の返事をまたず、両足の魔導飛空器の出力を上げた。
森の木々を超える高度を保持し川上へと進路をとる。
同時に白銀の魔動騎の背中から丘へ向けて烽火玉が射出された。
紅、銀、緑の輝きとたなびく色煙。上空高くで破裂音を森中に響かせたそれで近場に来ている部下には”目標発見、丘で待機”と伝わったはず。
「正武殿、正面に莫大な魔素反応を計測、目標と推測する、最短時間で向かう」
【制空級機動魔導飛装 管理魔導知能№ 八八二三〇】の言葉に正武が答える。
「お頼もうす、八八二三〇殿」
背中の魔素変換器が軽い唸りと共に全稼働状態へ移行。大気中の魔素を大量に取り込み自らの推進力に変え速度を上げる。
「そうかぁ、お漏らし坊主が【大躯】相手に殿たぁ…恐れ入ったな…死ぬなよぉ。…諏訪久」
正武・出翁礼騎士爵は呟いた。目標地点を示す眼前の空間表示を睨みながら。
◆■◆■◆
同じ時、遠い遠い何処かで
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(…以降翻訳)
「???」
「何か問題があったかね?監視 AI 37520」
「いいえ…はい。隣接世界の一角で微弱ながら MA‐0因子反応を検知。センサーの誤動作と推測、調査を提案します」
管理 AI 853は数瞬の後、監視 AI 37520からの情報精査にリソースを割り振る事を決定した。
「反応の場所と規模は?」
「e85629区画 レベルはe値を下回ります」
「田舎だな、規模も戦術レベルを下回る。ただ…」
「はい、982年前の第一次拉致被害者奪還作戦以降、隣接世界に置いて始めて観測される MA‐0因子反応と言う事が懸念されます。センサーの誤作動確認調査に対しリソースの配分を提案します」
「承知した。1000年魔王計画< project MA-0 1000 >現有リソースの0.03%を上限として隣接世界e85629区画の調査を行うことを承認す」
「承認受領、調査開始」
遠い遠い何処かの誰も知らないお話。




